11 蒼井くんの本音
「金剛ーっパールを受けてくれー!」
しかし金剛さんは一言もしゃべらず、廊下を駆け抜けていく。
「金剛ーっ!」
「…………………」
「こんごうーっ!」
「…………………」
「こんっ……ごう……ぜぇ、ぜぇ……」
だんだん速くなってきた金剛さんのスピードについていけず、ついに清水くんがひざに手をついて息を整えはじめた。
「しんじゅ……あとはたのむ……」
「えええっなにすればいいの!?」
「とにかく……アイツにお前の『ギフト』を、包ませるんだ……」
グッドラック、と親指を立てられても……!
ホントにわんの『ギフト』が効くのー!?
わったーの教室へ走ってみると、やはり金剛さんがそこにいた。
けど、金剛さんよりおかしい光景が目の前にあって。
ヒッ、と小さく声を上げる。
金剛さんと、天良さんと伝木さんだけが立ち上がっていて、ほかの2年松組の人たちはみんな……
「みんな……なんで倒れてるの……!?」
つくえに、顔を伏せていてピクリとも動かなかった。
まさか、二人の黒水晶がクラス全体に行きわたった、とか!?
ホントに、感染してる……!
そうだ、金剛さん、黒水晶の『ギフト』になってるけど、二人は……
その二人を見ても、やっぱり考えが読み取れない。金剛さんも、顔を見てもさっきよりひどくノイズがかかってる。
天良さんと伝木さんは手のひらを金剛さんに見せ……黒水晶を、金剛さんに向けて飛ばした。まるで、矢のように。
「あぶないっ!」
けれどさっきのように上手くかわした。
争ってる……このままじゃ、3人が危ないよ!
けど……金剛さん、目から涙がこぼれてる。
悲しいんだ、二人からあんなふうに思われて。
そして、蒼井くんにも冷たくされて……
いま、ひとりぼっちだって、暗い海の中でただよってるんだ。
思い出すんだ、わんだってさっきまでそうだった。
でも、清水くんが助けてくれた。どうやって助けた?
清水くんが、わんの名前を何度も呼んでくれたから。
ひとりじゃないって、教えてくれたから──
「金剛さんっ!」
金剛さんの手をつかみ、教室から飛び出した。
宝石で傷付つかなきゃ大丈夫なハズ……でもだんだん増えてきて、またさわっちゃいそう!
でも、二人から逃げるにはこうするしかなくて……!
それに、会わせたい人がいるの……!
金剛さんを引っ張る腕が痛い。彼女のまわりにあるトゲトゲしい黒水晶がかすれてるんだ。腕は金剛さん以上に傷だらけだ。
けど、どうか、間に合って……
あの人のいる、クラスまで……!
バン、と梅組の教室のドアを開ける。
「蒼井くん!!」
彼女を救えるのは、蒼井くんしかいない!
窓際いちばん後ろの席に、異様なオーラがただよう。『ギフト』が冷たいから?
それはまるで、ギプスで固定されている包帯からけむりのようにあふれているような……
「金剛さんを助けて!」
こちらをチラリと見ても、興味なさそうに表情を動かさない。
彼女をどう思ってるのか、どうしてこういう時に限って彼の考えが読めないの……!
「どうして」
「え、えっと、金剛さんは蒼井くんが必要で……」
「必要? こんなボクが?」
『こんな』……? 蒼井くんって、意外と謙虚な人なんだ。
それって、その腕と関係あるの?
「ボクはもう、この人にふさわしい人間じゃないんだ」
「どうして!? 金剛さんはそんなこと言ってないよ!?」
「この人が言わなくても、だ」
すると、蒼井くんは席から立ち上がった。
なにをするのか、ドキリとして、半歩だけ後ずさりした。
けれど、蒼井くんはこちらに来ようともせず、首を通していた三角巾を外した。
左のひじの下をおおうギプスがあらわになると、右手の人差し指と親指を立てて、こちらに向けだした。
な、なに……!? なんのつもりなの!?
右の人差し指の先に、蒼井くんのサファイアがとまる。
バン、とまるで鉄砲を撃つように、右のひじを曲げた。
サファイアが勢いよく放たれる。
向かった先はわん……の、数センチ横。髪をかすめて、背後まで飛んだ。
「みつけた……」
「いた……」
天良さんと伝木さんがすぐそこまでせまってきた。
黒水晶を飛ばしに手を伸ばすと、蒼井くんがわんと金剛さんの前に飛び出した。
まるで、身を呈して守るように。
サファイアのオーラをたくさん集めて、盾のようなものを作るけど、二人の黒水晶がダーツの矢をバシバシと放つみたいに集中してくる。
その盾は黒水晶を吸いこむように消していくけど、攻撃の勢いは止まらない。
わんも、金剛さんを守るようにかばう。
真っ黒なオーラから嵐が生まれたように、強い風が二人の手から吹いていく。
その風圧がすごくて、思わず顔をふさいだ。
チッ、と蒼井くんの舌打ちが聞こえた。同時に、何かが落ちるような音もした。なに、ドン、って音……?
顔を上げた先には……わんの目には、衝撃的なものがうつっていた。息がひゅっと詰まる。
えっ…………
蒼井くんのギプスが、なくなっている。
二の腕はあるけど、肘の部分で途切れている。
えっ、えっ、どういうこと、なの、肘から先はどうしたの……!?
「ぜえ、ぜえ……
なんだ、この騒ぎは……」
遅れて清水くんが梅組に来た。
やっぱり清水くんも、教室のすみで自分の左腕を拾い上げた蒼井くんを見つけて、「うおっ!?」と声を上げた。
「蒼井、お前……」
「オイ蒼井、どうしたんだその腕は!? それに何が起きてるんだ、どうして風が起きてるんだ!?」
教室にいた児玉くんが蒼井くんのもとに近付く。そうだ、ここのクラスなんだっけ。
児玉くんをにらむけど、蒼井くんのことがちっとも怖くないのかかまわず彼に話しかける。
「これでわかったでしょ。
ボクはすでにこの人とは関係のない人間だって思いなよ」
けれど、金剛さんの意識はまだ闇のなか。蒼井くんの姿を見てから、ずっと、「藍也、藍也、」ってつぶやいてる。
どうしても、蒼井くんに会いたいんだ。
「そんなの……本人に聞かないと、わからないよ!!」
「帰って。もう、彼女はボクと関わってはいけない」
関わっては、いけない……
それは、わんも思ったことがある。人にはない力を持ってるから。人に、迷惑をかけないようにしたいから。
蒼井くんも、同じなんだ。左腕がないから、人になにか思われるのがイヤで……
その近寄りがたいオーラが『ギフト』と連動するように、彼から冷たい空気が流れているみたい。
「蒼井、いつからその腕になったんだ。せめてそれだけは教えてくれ」
しつこい、と清水くんをにらんだけど、「……入学前の春休み」と、ポツリと答えた。
「宝石が見えたのも、そのとき」
左腕を失ったのと引き換えに、『ギフト』が見えるようになった……?
事故で頭を強く打ったら数学の天才になった、って話は聞いたことあるけど、そういうこともあるの!?
(つまり、蒼井はマジで元々この世界に住んでた! そのほうが、金剛の幼なじみだってことと辻褄があうもんな……
この世界にも、生まれた後から見えるようになるヤツもいるのか……)
清水くんは蒼井くんの言葉に驚きを隠せなかった。
もう、わんはなにがなんだか……!
「もう、こんなボクはフィールドに立てない。彼女との夢がなくなったのも同然だ」
じゃあ、このギプスって、腕があるように見せかけるために巻いてたんだ……
ふさわしくないっていうのは、もう夢が叶わなくなったと思ったから?
「それで諦めるほうが、もっと夢から遠ざかっちゃうよ……!
金剛さん、今でも蒼井くんのことが心配だったんだよ、ぜったい蒼井くんとまた、仲良くしたいんだよっ!」
ほら、と、蒼井くんの名前を呼び続ける金剛さんを差し出した。
同時に、わんの頭がグラッとゆれる……!
さっきと、同じ感覚だ。また、わんも、あの海の中に沈んじゃう……
「蒼井くん……金剛さんを助けられるのは……蒼井くん、だけ、なの……」
(内海さん、ウチの考えてること読むのやめてくんない?
そーやって人の顔色うかがってるの、チョーうざぁい)
(アタシが考えてること人に言うつもりなんでしょ? ハズいからマジでやめてよ)
うう……昔言われた言葉が、頭に響く……
泣きたくなる、けど……もう少しこらえて、わん……!
視界が真っ暗になる前に、蒼井くんがこちらに近付いてくるのが見えた。
右腕がこちらにのびてくる。
もしかして、助けて、くれるの……?
「君にふれれば、宝石がすべて消える。
この人も例外じゃない」
ポン、と肩に右手を置かれる。
パンッ! と、わんの周りにあった黒水晶が、はじけるように消えたのを感じた。
あれ……力が、入らない……
これって、いまのわんに、命の源である『ギフト』がないから?
「真珠!」
「しみず、くん……」
「『ギフト』は完全に消えたワケじゃねえ、パールの宝石言葉は『健康』『素直』……「治りたい」と思い続ければ、力を取り戻す!」
パールには癒しの効果があるんだったね。
自分に願いだなんて、ぜいたくなものだと思ってたけど……
「なお、りたい……」
「ああ、そうだ。絶対、諦めるな……」
わんの冷たくなりかかった手を、清水くんはしっかりと握る。
ほんとだ……体が、ぽかぽかしてくる……腕の傷も治ってく……!
パールの『ギフト』が増えていくのが見える。自己治癒力もあるんだ、わんの『ギフト』……
「……金剛」
「あい……や……」
「ボクのことなんて、忘れて」
「あいや………」
「そんなにお前のこと抱きしめて、キライになんてなれそうにもないな?
いい加減諦めろよ、お前のほうが」
少しずつ沸き出た力で体を起こし、蒼井くんのほうを見つめた。
清水くんにそう言われ、顔をうつむかせた蒼井くんのオーラが、いつもより弱まって見える。
(君を、不幸にしたくない)
もしかして……これが、蒼井くんの本音?
自分の夢がかなわないことより、金剛さんを傷つけたくないから、彼女をさけたの?
蒼井くん……やっぱり、金剛さんのことが、大好きなんだ。
金剛さんの黒水晶にこめられてたのは、二人の思い出だった。
『ギフト』は、思い出の結晶でもあるんだ。
蒼井くんは自分の夢を諦めたくなかったけど……金剛さんの幸せを、選んだんだね。
「蒼井くん、それは言葉にしたほうがいいよ」
「……君、心でも読めるの?」
「ごめんなさい、勝手に読んじゃって。
けど、夢が叶わないから金剛さんに嫌われるんじゃ、金剛さん、納得しないよ。それに、金剛さんは簡単に人を嫌いになるような人じゃないよ。
ちゃんと……話して、みよう? 人は自分の本音をぶつけ合わないと、分かり合えない、よ」
「……いつもぼっちの君に言われるのは心外だね」
自分は、ぶつけ合う前に、相手の心の内を知ってから逃げてるのはわかってる……
わんも、人を傷つけたくないから避けてるトコは、蒼井くんと同じだな……
けれど蒼井くんは、無言で金剛さんの肩をゆらして、起こしてる。話してみようって思いはあるんだ。
「あい……や……?」
金剛さんの声が、さっきより穏やかそうに聞こえる。よかった、元に戻ったんだ!
金剛さんも、『ギフト』がないから力が出ないんだ。
「藍也、その腕……!」
「……事故でなくなった」
「なんで、言ってくれなかったの……!?」
(君を傷つけたくなかったから、なんて言えるわけないだろ)
「忙しかったから」
蒼井くん、正直じゃないなあ……
「ダイア……さびしかったんだからぁ……」
「なんで泣くの」
「うるさぁい!」
「……なんで、はなれないの。ボクはこんな……」
「そんなの関係ないでしょぉ!
ずっと、ダイアのそばにいてよぉ……わあぁん……!」
「……本当、わけがわからない」
それでも蒼井くんは、泣きながら両手で弱々しく抱きしめる金剛さんを、片手で背中を回して、はなさなかった。
ちょっとだけ、泣いてるように見えた。
金剛さんの『ギフト』に詰まってた思い出が、悲しいものにならなくてよかった……
一瞬だけ蒼井くんの心が読めたのは、他人をこばもうとする思いがなくなったから……かな?
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