10 黒水晶のワナ
ゆらゆら、と、からだが浮いてるような気がする。
海の、なか……? この感覚、ひさしぶりかも。
ぼやぼや、と、だれかの声が聞こえる。海のなかなのに、ほかにもだれかいるの……?
(ダイアが世界一になったら、おムコにきていいわよ?)
(言ったね、じゃあボクだって世界一の選手になったら、おヨメにきなよ)
(じゃあどっちも世界一になったらケッコンしよっ!
約束だからねっ、藍也!)
金剛さんと……蒼井くんの声……?
二人とも、仲がよさそう。さっきとは大違い。
金剛さんが蒼井くんに言ったことって、こういうことなのかな。
だから、あんなに悲しそうにしてたんだ……
悲しいよね、約束してた相手が、あんな態度とってたら。
……自分も、急に態度を変えられて、人からムシされたら、学校に行きたくないって思いたくなるもん。
(あたしがフラれたのは、内海さんのせいだよ……)
ああ、そうだ。自分は、友達を幸せにすることなんて、できない……
やっぱり、いまはそうじゃなくても、いつか清水くんを不幸にしちゃうかもしれない。
わん……もう、清水くんを傷つけたく、ないのに……
(オレじゃねえだろ。
一番傷つきたくねえのは、お前自身じゃねぇか)
暗い目をした清水くんが、わんにそう言い放った。
なにも、言い返せない。
今まで友達を作らなかったのも、他人よりも、自分自身が傷つくのがイヤだったからだ。
いつも、こわい、こわい、って、人の輪に入ろうとしなかったのも、人より、自分を悲しませることを、二度としたくなかったからだ……
(そういうのが、一番メーワクなんだ)
迷惑。
むかし、浴びるように聞いた言葉が、頭にひびいた。
……自分……こんなに人に迷惑をかけてるなら、生きてるイミ、ない、よね……
からだが、だんだん、底へとしずんでいく。
もう、だれの声も、聞こえないみたいに……
『つらかったんだな、その力を持ってて。大丈夫だ、オレは絶対に、お前の味方だ』
清水、くんの、声……清水くんのだけ、聞こえる……
そうだ……
清水くん、わんの能力のことを話したら、そう言ってくれたよね……
……清水くんは、苦しい目にあったから、わんと友達になりたいって、心から思ったんだ。
仲間って、友達って、助け合うものだって、教えてくれた……
いつもひとりだったから、人に関わったらいけないって思ってたから、言えなかった……
わんの、ほしいものは……!
「清水くん……たすけて……!」
「真珠!!」
ザバンと、海から引き上げられたような気がした。
けど、体は濡れてないし、目の前にあるのは海じゃない。
「オイ、このまま目ェ覚めねぇってんなら今からダジャレ百連発……」
「清水、くん……?」
「真珠!? いま、オレの名前を!?」
あわわわ、体ガクガクゆらさないで!
び、ビックリしたー……
「正気に戻ったんだな!?」
「そ、そう、みたい……!?」
正気って……わん、なにがあったの……?
「おぼえてねぇのか……
おまえ、金剛たちのようになってたんだぜ? 症状はちがってたが、とにかくネガティブなカンジで……体育座りで泣きながら、自分の能力のこと、嘆いてたんだぜ」
「わんが……」
金剛さんたちに起きてること、自分にも起きたんだ……
ということは、わんも、死んじゃうかもしれなかったってこと!?
「いたっ……」
そういえば、足に黒水晶がかすれたんだった……
右足のスネの裏を見てみると、斜め方向の切り傷が一か所、血をわずかににじませて浮かんでる。
たった少しだけの傷なのに……こんなにつらいことを思い出させるんだ……
ひとりぼっちのはずなのに、かつての友達から、清水くんから、たくさん心にささることを言われて……
また、居場所がなくなるっていう恐怖がよみがえった。
人の理性を崩壊させ、生きる気力を吸い取る……清水くんは、黒水晶の『ギフト』をそう言ってた。
生きる力を吸い取るって、悪夢を見せることだったんだ!
ホントだ。目に涙の跡がついてる。
『ギフト』も……パールが、さっき見たより弱々しく光ってる。
「よかった……お前の『ギフト』も黒水晶になっちまったモンだから、もう助からねぇと思ってな……ホント、よかったぜ……」
清水くんは、わんの肩に手をかけ顔をうずめて、自分の肩をふるわせた。
泣いてる、の……? わんが、戻らなくなると思って?
暗い場所に一人きりにさせられて、つらかった昔のことを思い出して、苦しかったけど……
でも、金剛さんと蒼井くんの思い出は、まるで楽しそうなものだった、よね……
わんの肩で涙をぬぐい、顔を上げる清水くん。
って、わん、いま抱きしめられたの!?
それに気付くとわんの頭の中が混乱し始めて、清水くんの考えが読みきれなくなる……! ううん、清水くんが考え事を始めたんだ!
頭がいい人ほど考えていることのスピードも速くて、こういうのが『頭の回転が速い』っていうんだろうなぁって思うときがあるんだ。ここの学園って偏差値がちょっと高いらしいけど、清水くんは特に頭がいいのかも。
「じいちゃんからは『黒水晶の『ギフト』を取り込むと理性が崩壊して生きる気力を吸い取られる』とかしか言われてなかったが、実際に見てみると、頭ん中は悪夢を見せられるっぽいな……」
そうなると、金剛さんやあの二人も、いまは悪夢を見てるんだ……
「しっかし、お前も知ってるはずだがなんで黒水晶だけ、『ギフト』がみえねぇヤツにも影響されるんだ?」
たしかに、『ギフト』にさわってヤケドや、低温ヤケドを起こしたのは、清水くんだけだもんね。
ほかの人は『ギフト』が見えないし、当たったとしてもスーッと通り抜けて、なにも感じてないみたいだし。『ギフト』は、見える人にしか感じられないフシギなものなんだ。
どうして金剛さんたちの『ギフト』が黒水晶になったの……? どうして、金剛さんを傷つけるように、あの靴箱に黒水晶の『ギフト』が生えてたの……?
それに、金剛さんと蒼井くんのあの思い出……
うーんっ、考えても考えてもわからないっ!
頭がフットーしそうなのに、清水くんはまだ考えごとをつづけてる。
(オレが真珠の名前を呼び続けてたら、オレが飲み込んだパールの『ギフト』が反応した……
パールの宝石言葉は『健康』『素直』、黒水晶の宝石言葉は『成功』『気分転換』……イヤな思いを忘れようとしたいのか……
いいや、まるで『現実逃避』してるみてえだ。
意識が現実からはなれ、自分の感情があるがままに現れる……
そしてソレを救うのは!)
「いいか、真珠」
「どうしたの、し、清水くん……?」
肩をしっかりと掴んで、逃がさないようにわんの目をまっすぐ見つめる。
救い主、という言葉が頭に入った。
そういえば、出会ったばかりのときも、そんなことをわんに思ってたよね。
……え? まさか……
「この状況を打開する唯一の方法は、お前がカギになるんだ」
う……
ウソ、でしょ……!?
金剛さんは今でもがっくりとうつむいてて、黒水晶のオーラをまとっている。
な、なんで、わんのパールの『ギフト』が金剛さんたちを助けられるの!?
「だが、今のお前の状態じゃ全く力にならねぇ。力を強めるには、そのヒビを埋めること……お前が、『素直』になることでコイツらを助けられる」
「素直って、どうやって!」
「真珠、コイツらをどうしたい? 放ってもいいか? このまま苦しんでも、いいか?」
「そんなことないっ、けど、わんにできることは……」
「けどじゃねぇんだ、自分はこうだから、なんて言い訳してるから自分の思い通りにいかねぇんだ!
自分を信じろ、お前は自分の思ってる以上にでかい力を持ってる! お前のパールの『ギフト』が黒水晶を打ち砕く唯一の手段なんだよ!
確かに純粋な『ギフト』を持つのは難しいことだがな、オレはお前ならアイツらを救えるって信じてる!」
信じられないようで、ウソだとは言い切れない。だって、わんの力を持ってしても、清水くんは真実を言ったまでだから……!
世界を滅ぼした力に対抗できる力が、わんのパールの『ギフト』……けど、純粋なものを持っている人は少ない……
こんなわんでも、金剛さんたちを救えたら!
傷のないパールを一つつまみ、思いを込める。
届け、金剛さんに……!
キーン、コーン、カーン、コーン、と、チャイムが鳴った。
パールに気付いた金剛さんが、ギリギリのところでかわして、早歩きで部室を出た!
「清水くんっ」
「ああ、大発見だ……! アイツ、『ギフト』が見えたんだな!?」
そうでもあるけどっ!
なんだか当てられるのがイヤだって反応みたいだったのが、気になるっていうか……
「なるほど、やっぱりお前のパールを当ててみる価値があるなっ!」
金剛さんを追いかける清水くん。自分の『ギフト』をつかんで、彼女に投げながら追いかけてる。
まって、絵面がマズいことになってるよー!
けど、まわりには『ギフト』が見えないから別にいいのかな……!?
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