9 ナゾのおさななじみ

「なっ、まさか、るりとまりんを助けないと、死ぬっていうの!?」

 金剛さんが震えた声で清水くんに詰め寄る。

 正直に言いづらいから、うなずくのをためらってる。けど、やっぱりそういうこと、だよね……?

 一体どうしてこんなことに! 二人がなにをしたって言うの!

 ……それにしても、ローファー、どうしよう……靴箱にトゲがあると取れないよね……

「き、教室、もどろっか……」

「っ! やっやだなぁ、ダイアこれから打ち合わせあるんだって!」


(あーっなんでウソついちゃったかなーっもう引き返せないじゃん!

 それに……ダイアに、なにかできないワケ……!?)


 金剛さん、二人にあんなこと言われてもホントに心配なんだね……

 二人のあの言葉が本音だとしても、もう一度金剛さんの優しさを思い出してほしいよ。

 だから、あのまま放っておいたらもう二度と彼女の自慢話が聞けなくなっちゃうし……もっと金剛さんが悲しむよ。

 金剛さんのためにも、二人を助けないと!


 っ……! またこのビリビリ!?

 ビリビリのする先は……出入り口!

 そこにいたのは、やっぱり、左腕が骨折したままの……

藍也あいや……!」

 蒼井くんの名前を真っ先に呼んだのは、金剛さんだった。

「なにそこに突っ立ってんの」

 彼はまるで冷たい態度で彼女を見つめる。やっぱり、心の中が見えない。何も考えてない……のかな。

「アンタこそ、これから授業ってときになんでここにいんのよ!」

「病院」

 そうつぶやくと、さっさとわんたちを過ぎ去ろうと歩いた。金剛さんはなにも言い返せないのか、だまって彼のことを見つめていた。

 二人とも、知り合い……なの?

 ふと、金剛さんの靴箱が目に入ったのか、少しの間だけ、そこを見る時間が長かったような気がした。

 えっ……なんで、金剛さんのローファーに、右手を伸ばしてるの!?

 あぶないよ、と声を出そうとした。

 パタン、と、それを地面に置く。まるで、靴箱にトゲもなにもなかったように。

 い、いま、トゲ、蒼井くんがふれたら霧みたいに消えなかった!?

 彼の右手は……ケガ、してない!


(サファイアの宝石言葉は『誠実』……己の信じるものだけ真心を持って向き合うってことだ。つまり、ほかのヤツの『ギフト』の影響を受けず、拒む効果を持ってる。

 けど、今の行動はそれを知ってなきゃできねえヤツだぞ! それにこの輝き……ここに来て初めて見た、こんなに磨かれてるものなのか!?)


 それには清水くんも驚きを隠せなかったのか、蒼井くんの肩をつかんで呼び止めた。


(つめたっ!!

 そういやサファイアって氷みてえに冷てぇんだった!)


 蒼井くんの『ギフト』が腕に当たったのか、すぐに手を離した。清水くんの腕が、低温ヤケドを受けたみたいに白煙を上げてポツポツと赤くなってる。清水くんの水晶の『ギフト』も、いくらか少なくなってる……!

 あまりの冷たさに蒼井くんを丸い目で見つめるけど、金剛さんがいるから話しづらいというように一瞬彼女を見やった。けど、


(ビビってる余裕はねえ……だっておかしいだろ)


 どうしても、蒼井くんのほうを優先させたくて仕方なかった。

「オイ、おまえ蒼井って言ったな!

 なんで、なんで『ギフト』を自覚してる!?」

「ふうん、キミもコレが見えるんだ」

 自分の青い宝石の『ギフト』を指でツンとはじく蒼井くん。自分のをさわっても消えないんだ……

 つまり、蒼井くんにも『ギフト』が見える力がある、ってこと……!?

 もしかして蒼井くんって、宝源郷のひと!?

 そのわりには、清水くんにさして興味なさそうな顔だ。いつもと変わらない表情だからだけど……

 人の考えが読めるのもイヤだけど、考えが読めないっていうのも……

 ううん、それがフツーのことなんだ。

「ちょっと……さっきのといい、なんの話してるのよ」

 蚊帳の外にいるのがイヤなのか、金剛さんがわんに耳打ちしてきた。

 あはは、えーと……話したいのはやまやまだけど……

 ビックリしてまたワケがわからなくなっちゃうんじゃないかな……

「こんなものが見えてきたと思えば……

 で、消せたらなんなの」

「『ギフト』を操れる人間なんて宝源郷のヤツしかいねーだろ! けどお前のような顔、見たことねぇぞ……!?」

「宝源郷? なにそれ」


(ウソだろ!? つーことは、元々この世界のヤツ!? 

 じゃあなんで『ギフト』が見えたり使えたりするんだ……!)


 蒼井くん、通行手形を持ってる様子もないのに、宝源郷の人みたいなのはなんで……!?

 金剛さんにこれ以上のことは聞かせられないと判断して、清水くんは途中で言いかけて、ぐっと口をつぐんだ。

「ちょっと藍也、なにソレ知らないんだけど!?」

「君には関係のないことでしょ」

 蒼井くんにそう冷たく言われた金剛さんは、大きく目を見開いて驚いた。しだいに顔をうつむかせて、また悲しい顔を見せた。


(昔はもっと優しかったのに……なんでそうなったのよ藍也……)


 やっぱり……金剛さんと蒼井くんって、昔から関係があったんだ。昔の蒼井くんのことを知ってるんだ。

 いまの金剛さん、冷たい雨にうたれて、自分を見失ってるみたいにショックを受けてる。どうして蒼井くんが変わってしまったのか、知らないみたい。

 本人の心の中をのぞいて、過去をのぞくことができたら……

 けど、本人がそうさせたくないという思いが強いのか、まるでラジオの電波がうまく受信できてないような雑音が耳にギンギンひびく。

 この、触れたら傷つきそうなオーラはなんなの……!?

 蒼井くんはそのままだまって、教室へと向かった。

 それを、金剛さんは悲しげな目で見つめるしかなかった。

「……じゃあ、ダイア、帰るから……」

「ま、まって」

 やっぱり放っておけなくって、思わず金剛さんの左腕をつかんだ。

 右腕の血はとまったけど、そのままにするのもダメだもん。

「あの、ケガ、手当て……」


(なんでそんなに、必死になってるのよ)


 だって、いま金剛さんをひとりにしておけないと思った、から……

 それに……なんだか、金剛さんの心の中に、モヤモヤがあるような気がする、から。


 こっそり水泳部の部室に入り、そこにあった救急箱を借りて、金剛さんの右腕の傷を消毒して包帯をまきつける。

 モデルなのに、こんな目にあわせてしまったことがつらくて、今度はこっちの心がキュッとしまった。

「ありがと、内海ちゃん」

「保健のセンセーには、こんなキズどうやってできたのか説明しても信じてくれねえと思ったからこっちを選んだのか」

 うん、だから部室にしたんだ。ここなら座ってゆっくり休めるし。結局、授業サボることになっちゃったけど……

「で、蒼井とはどんな関係なんだ。藍也なんて、名前で呼んじまって」

 清水くんは単刀直入に、蒼井くんのことを聞きだした。

 言いづらいことなのか、やっぱり金剛さんは言うのをためらうように唇をキュッと噛みしめた。


(もう……なかったことにも、なったよね……どうせふざけたつもりだと思ってるんだし)


 ふざけた、つもり……?

 なんだか、ワケアリみたいに見える、けど……

 もっと聞けないかな。……よし、コレくらいの質問なら、まだ大丈夫なはず……

「幼なじみ、とか?」

「えっ……まあ、そんなカンジ。幼稚園から一緒だったの」

 やった、話が進んだ。心の声をヒントにすれば、金剛さんの『ギフト』のくもりの原因を探すことができるかもしれない。

 金剛さんの『ギフト』のダイヤモンドの宝石言葉は『人間関係』『純潔』……くもってるのは、人間関係に問題があるかもしれないって、清水くんがいってた。

 もしかしたら、金剛さんと蒼井くんの関係になにかあった、とか……?

「昔の蒼井くんってどんな人だったの?」

 優しかったっていうのは知ってるけど、わんたちには言ってないから知らないフリをしないと。

「……優しかったよ。今のアイツからじゃ想像できないくらい、表情豊かでさ……

 サッカーが、うまかったの。小学校のときはジュニアクラブのキャプテン務めてて……」

 話すごとに、机にのせてた腕を震わせた。

 金剛さん、とてもつらそう。


(なかったこ……なんて……したく、ない……あき…めたくないよ、ダイアは……!)


 あれ……? だんだん、金剛さんの心の声が、ざらついてきたような……

「けど、中学の入学式になったらね……あんなカンジに、なったの……」

「春休みの間になにかあったのか?」

「ううん、なにも聞いてない……!

 アイツに聞いてもムシするし、サッカーの推薦でココに入ったはずなのに部には参加してないみたいだし……

 アイツ、このままずっとひとりでいるつもりなのかな……ダイアが藍也の大事なコト知らないなんて、そんなのヤダ……!」


(おい真珠、ヤベェぞ)


 突然、清水くんがわんの肩をつかみだした。

 通行手形へと手を突っ込む。金剛さんの『ギフト』だけじゃない……瞳まで、まるで黒水晶のように真っ黒になってる!


(やくそく……た…ね……? ダ……と、……タが、………ちに…たら……こん……て……わ…れ…たの?)


 おかしい……! 金剛さんの心の声に、さらに雑音が入ってる! 蒼井くんまでとはいかないけど、まるでソレみたいに!

 そういえば天良さんと伝木さんも、こんなふうに心が読めなくなったよね……

 それに、彼女のまわりには黒や紫に輝く宝石にまみれてる!

 さっきまで、ダイヤモンドの『ギフト』があったはずなのに……!

 この宝石……靴箱に生えてたものだ! ううん、あの二人にもあった!

 まさか、金剛さんにも……!? なんで!?

「藍也……ダイアのこと、キライになったのかな……」

 ぽつりと、泣きだしそうな声でつぶやく。

 あの二人も、この『ギフト』になってから様子がおかしくなったんだよね……

 ネガティブになってから、生命エネルギーが吸われて死んじゃう、三人が……!!

「金剛さんっ」

「るりと、まりんにも……あんなに思われて……」

 金剛さん、わんの声が届いてないみたい。

 自分のこと、見えてないのかな……!

「おいおい、そんなんじゃ沖縄でロケに行けねーぞ。オレの声が聞こえるか?」

「ダイア……もう笑えないよ……もう、夢なんて叶わないよ……」

 清水くんのジョークも聞こえない。金剛さんの夢って……もしかして、人のため、なのかな……

 それも、自分を好きでいてくれる、身近な人の……


(……ん…なさい……いこに……るから……

 き…いに……ない……で……)


 じょじょに聞こえなくなる金剛さんの心の声に耳をかたむける。

 ごめんなさいって、あやまってるの……?

 ポロリ、と金剛さんの大きな瞳から、大きな涙がこぼれた。その顔を両手で覆うと、うう、と声がこぼれた。

「……おい、よけろ!」

 突然、清水くんがわんの手をひっぱり、席から離した!

 金剛さんの『ギフト』がもくもくとふえてふえて、四方に広がりだすのが見えた。

 ウニのようにトゲまみれなソレに触っただけでもケガしそう……!

「机の下に隠れろ!」

 すぐそばにあった机に潜った清水くん。い、急がなきゃ!

 いたっ……!

 チクリ、と足に痛みがはしった。

 わんも潜れたけど、わずかにかすれたみたいなのか、ジンジンと痛む。

「大丈夫か?」

「うん、だいじょ……」

 心配をかけたくないと思い、とっさにウソをつこうとした。

 けど、だんだん、意識が、遠く、なって……

「真珠? オイ、真珠!」

 右足……熱い、な……

 なのに、なんで気だるく、なるんだろう……

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