8 キケンなキラキラ

 数日後。すっかり清水くんのブームが去ったのか、だれも自分に清水くんについて聞いてくる人がいなくなった。

 聞いた話では、清水くんは女子にモテるだけでなく、ノリがよく男らしいところがあるので男子からもなかなかの人気らしい。

 けど、自分が窓から清水くんたちのクラスの体育の授業を見てると、清水くんは体力がないのか準備体操のランニングでは誰よりも遅れ、ドッジボールでは真っ先に当たり、あまりカッコいい活躍が見えない。

 最初に会ったときも、すごく息を切らしてたし思いっきり転んでたなあ……カンペキだと思ってた清水くんの、意外な弱点。ちょっと、かわいいなんて思ったり。


 なんだか、いつもより学校に行くのが楽しみになってきた。特に、お昼の時間。清水くんから、今まで見た宝石やオーラのことを聞くと、まるで昔におとぎ話を聞くような、ワクワクした気持ちになれるんだ。

 『ギフト』は人の心をうつす鏡だけでなく、それが持つ力を分け与えることができるらしい。

「だが、その力を宿している『ギフト』を持っているヤツはごくわずかだ。上質な『ギフト』ほど、力を秘めてるんだ」

 それをたくさん集めると、願いがかなうんだね。たしかに、集めるのは大変そう……金剛さんですら、持ってる『ギフト』がマズくて上質とは遠いって……

「たぶん聞いちまったかもだけど、オレの故郷は、世界を滅ぼせるほどの力によって攻撃されたんだ」

 うっ、聞かれたことわかってたんだ。

 けれど、それをイヤがることもなく、清水くんは襲撃にあったことの話を続けた。

「ソイツも、『ギフト』なんだ。元々不幸を呼ぶ禁断の宝石として、昔じいちゃんたちがすべて壊したんだ。

 けど、どこのどいつかはわからねーが……ソイツを武器にしやがったヤツがいてな」

「すべて、壊したのに?」

「ああ、おかしい話だろ?

 まあその『ギフト』は全部宝源郷に閉じこめたから、ココで出るなんてことねぇさ。

 しかし宝源郷の復興をするんだったら、まずはソイツをなんとかしなきゃいけねぇんだよな……」

 不幸を呼ぶ『ギフト』……『ギフト』って、武器にもできるんだ。

 なにが目的で、平和だった世界を壊したの……?

 どうして……清水くんたちの幸せを奪う、ひどいことをしたんだろう……



     * * *



 とある日。

 金剛さんの機嫌がとってもよさそうに見える。

 心の声をちらっと聞けば、なるほど、モデルのお仕事のほうでいいことがあったらしい。

 そして、それをこれから友達に話すみたい。

 金剛さんはいつも、友達とおしゃべりをするときは決まって自分の机に乗る。友達は、その近くの机に乗るんだけど……その机、ほかの人のなんだよね。

 あれっ、けど、今日の二人の顔……ちょっと、暗そう?

「聞いてよ、ママがダイアに沖縄ロケ記念にって昨日すっごい夕食作っててねー!」

「……へえ、そうなんだ」

「そんな食べたら太るっての! まあ、食べても太らない体質なんだけどぉ……

 って、ちゃんと話聞いてる? さっきから返事がテキトーなんだけど!」

「……聞いてるよ」

「けど、もうウンザリだよね」

「は?」

「アンタが一番恵まれてるのはわかってるから、もう自慢話すんのいい加減やめてくれない!?」

「はぁ!?」

 金剛さんたちの、大きな声での会話がいつもと様子がちがってきた。

 それに気付いたのか、自分だけでなく、クラスじゅうからも視線が集まった。

 なになに……!? なんで、いつも仲がいい三人がケンカなんてしてるの!?

「ウンザリってなに!? そんなにダイアの話つまんないの!?」

「聞き飽きたっていうの! 素直にスゴイって言えるのも三度までなんだからね!」

「どうせアンタのことだから、アタシらのこと腰ぎんちゃくとしか思ってないんだろーけどねぇ!」

「なっ、ダイアそんなこと思ってないし!」

 ど、どうしよう……クラスの空気が悪くなってきた……!

 けど、この三人に割りこむことができる人なんて……周りだって、ただ見てるだけでヒソヒソ話してるし。内容はやっぱり、金剛さんたちがめずらしくケンカをしてること。明日嵐がくるとか、槍がふるとか、なんだかのん気に聞こえる。

 自分、人がケンカしてるトコなんて見るの、イヤなんだけどなあ……あの渦の中にいないけど、心がズキズキする……

 けれど、そんなときにチャンスがおとずれた。


 キーン、コーン、カーン、コーン……


 チャイムが鳴った。時計は八時半を指している。

 もうすぐ朝礼が始まるから、自習をしまわないと。

 すると、さっきまで金剛さんに不満をぶつけてた二人が、ピタリと怒鳴るのをやめて、マジメにスタスタと自分の席へともどった。

 あまりにも規律正しいというか、ヘンにルールをかたく守っているってカンジ。

 ソレがおかしいのか、金剛さんは、そんな二人を、丸い目でじっと追いかけていた。

 先生が入室され、生徒に席につくよう呼びかけ、そして金剛さんにも注意をした。

 ……ちょっと、こわかった。

 なんでかって……口ゲンカしてるときの金剛さんの友だち二人、何を考えてるのか、読めなかったの。

 おかしいよ、そんなこと。顔を見てるのに心が読めないなんて、今までそんなこと、ほとんどなかったのに。

 イヤな予感が、すごく、する……

 ポケットの中の通行手形に、そっと触れてみる。金剛さんの『ギフト』がもっとくもっちゃうんじゃないかって、不安になったから。

 けど……目の前の光景を見て、息が詰まったような思いをした。



「それで、授業が終わった途端に友人二人が金剛さんのところに来て、また不満をぶつけてて……」

「こりねえヤツらだなぁ」

 もちろん、お昼休みに清水くんにこのことを話し、三人が心配だということも伝えた。三人と友だちってわけじゃないけど、いつもとちがう様子って、落ち着かないから……

 金剛さんだって、いきなりあんなこと言われてビックリしてると思うし……

「それでね、3人の『ギフト』を見たの……そしたら……

 二人の『ギフト』が、黒や紫に、光ってて……」

 昨日まで、あんなふうに光らなかったよ。怒ってる雰囲気と相まって、メラメラと燃えてたようにきらめいてて……『ギフト』が見えないときよりも、怖かった……

「なんだと? アイツらの『ギフト』、ラピスラズリとトルマリンだったはずだ。

 お前も見たはずだが、ラピスラズリは主に青、アゲットは主に緑と赤に光る宝石だ。本当に黒や紫に光ったのか?」

 も、もちろん、この目で見たよ!

 つまり、二人は黒い『ギフト』を持ってるってこと、だよね……?

「まさか……黒水晶か!?」

 最後の一口をおはしで口まで運ぶと、すぐにおぼんをもって立ち上がる。待って、わんもお弁当片付けるから!

「いきなりどうしたの!?」

「アイツらやべーぞ、『感染』しちまったんだ!!」

「感染!?」

 そんなカゼみたいなものが起きてるの!?

 清水くんはあせったように、教室へと走り出した。

 待ってってば、もう頭が追いつかないよー!

 ……けど、足のほうが追いつかなくなったのは、清水くんだった。


 向かった先はもちろんわんの教室、2年松組。

 金剛さんは自分の席でお弁当を食べてるけど、ほとんど口がつけていないのかまだ中身が詰まってるままだ。

 金剛さんの気に入らないところがまだたくさんあるのか、二人の怒りは止まらない。金剛さん、ちゃんと二人の話を聞いてるんだ。だから、お弁当ほとんど食べてないんだね……

 通行手形を握れば、二人は相変わらず黒い『ギフト』が浮かんでる。金剛さんたちは見えてない様子だ。

「食べても太らない体質とかわざわざ言う必要あるワケ!?」

「なんか言いなさいよ!」

「……もう、じゅうぶん満足した?」

「その余裕ぶってるトコが……!」

 気に入らないのよ、と二人のうち、ツインテールの天良さんが金剛さんに向かって手をふり下ろそうとした。

 うそっ、暴力はさすがにマズいよ……!

 自分の真横から、だれかが飛び出した。

 その人は金剛さんの前に立ちふさがり……パァンと、音を上げた。

 金剛さんの代わりに、平手打ちを受けたんだ。

「ってぇ……」

「……晶くん……!?」

 えっ、清水くんはさっきまで自分の横に……

 って、いない!

 飛び出したの、清水くんなんだ!

 金剛さんも、天良さんも、そのとなりのポニーテールの伝木さんも、清水くんの登場にしばらくピタリと動きを止めっぱなしだった。

「言ったろ、お前はキレイなトコが長所だって」

「アンタ……ホントワケわかんない……

 コレはダイアたちの問題なのに、なんでつっこめるの?」

「女のケンカほど見苦しいものはねーんだ。話に花咲かせてるトコがお前ららしいのに、どうしちまったんだよ……

 特に、二人……どうしたんだ、その宝石。お前らには似合わねぇモンだ」

 ざわ、とクラスじゅうがさわぎだした。い、今のは話したらまずいんじゃないかな……!


(宝石……?)

(二人とも、アクセサリーなんてつけてたっけ?)

(どこどこ?)

(この人転校生だったよね? いきなりどうしたんだろ)


 アクセサリーだと思われてる……? な、なんとかごまかせたみたい。

 けれど、みんながざわついてる間に、金剛さんがお弁当をしまい、かばんを持って立ち上がった。

「金剛?」

「……ダイア、午後から撮影の打ち合わせだから帰るね」


(まさかダイアのこと、キライだったなんて……)


 ……耐え切れなかったんだ、二人からひどいことを言われて。

 金剛さんは、いつも二人に自分のことを話してるけど、モデルの仕事でカリスマ的存在って言われてるのは、自分の実力でそこまで上りつめたから、なんだよね。

 わん、知ってるんだ。上手くいえないけど……

 正直すぎるところもあるし、わんのようなジミな人には眼中にないけど、みんなの太陽でいたいからって、決して暗い顔をしようとしない、心の強さがあるって。

 そんな金剛さんが落ちこむってことは、よっぽどのことだよ。

 立ち上がってから沈黙が続いた教室から彼女が出て数秒、行こうかどうか迷ったけど、なんだか放っておけなくて、自分も教室を飛び出した。

「真珠っ」

 清水くんが自分を呼び止めようとしたけど、それでも彼女の背中を追い続けた。金剛さんは早足で廊下を抜けていく。歩いて間もなく靴箱に着いた。

「金剛さ……」

「いたっ!」

 突然、金剛さんが手首をおさえて靴箱から手をはなした。ど、どうしたの!?

 急いで彼女の手首を確かめる。そこには……うっすらと、赤い線が浮かび上がっていた。


「ち、血が……!」

「なんでよ!?」

 いそいでポケットからハンカチを取り出し、金剛さんの右腕をおさえた。よかった、まだ使ってなくて。

 傷は深くないみたいだけど、白い肌にはまっすぐに、尖ったもので切ってしまったような傷が浮かび上がっていて痛そうだ。


(いったぁ……なんで引っかかるのよぉ、見せ物なのに!)


「だいじょうぶ……?」

「へ、ヘーキ! なんでケガしたのかわかんないけどこれくらいなんともないって!」


(サイアクすぎだって……なんでこんな目にあわなきゃいけないのよぉ)


 金剛さんは、顔はなんともなさそうにムリに笑ってるけど、心のなかでは泣きそうな声で弱音を吐いていた。

 ああ、モデルなのにこんな顔させちゃうなんて……!

「金剛、大丈夫か!」

 追いかけた清水くんが金剛さんの腕の様子を見た。出血はすぐに止まったので安心したような顔を見せたけど、彼女の靴箱を見て、ひどく目を見開いた。


(おいおい……なんだよこの黒水晶!

 なんで靴箱に生えてやがるんだ!?)


 生えてる……!? 宝石が!?

 そこに目を向けてみるけど、なんにもない。ううん、あるんだ。通行手形を手にすれば、やっぱり……トゲトゲとした黒水晶が、靴箱の内側に先端を向けるように生えてる!

 生えてるって言い方がおかしいのはわかるけど、本当に、そこから根をはってるように伸びてるの。

 なんでこんなのが!? 金剛さん、コレに刺さって引っかかれたの!? 『ギフト』って、オーラなんじゃないの!?

 どうして、『ギフト』が見えない人に触れるの……!?

 金剛さんに知られないように、清水くんは自分の脳内にメッセージを送る。こっそり金剛さんのローファーに手を伸ばすけど、どうしても黒水晶がジャマで取れないらしい。


(見えるヤツにしかさわれねぇはずだが……それに黒水晶……)


 そういえば、さっきの二人の『ギフト』も黒水晶だったんだよね。本当は別の宝石だったのに……

 なにか関係がある、のかな……

「……てゆーか、なんでダイアのトコに来たワケ? 打ち合わせはウソじゃないってば」


(どんな気持ちで学校来ればわかんないんだけど……しばらく何も考えたくない……)


 やっぱり、打ち合わせだなんてウソなんだ。

「天良さんと伝木さんは、本心で言って、ないよ」

「おいっ真珠」

 わかってる、こんなこと言ったら自分の力のことがバレちゃうかもしれないって。

 でも、いつもの二人は金剛さんの友達でいられてることをラッキーだと思ってるんだよ。本当に機嫌とりのためにそばにいるかもしれないけど、だからって金剛さんをおとしめようとなんて、自分から見てもそんなこと思わなかった。

 だから、もしかしての話だけど……

「二人って、急いで助けないと……どうなるの?」

「はぁ!? さっきから思ったけど、そんなマンガみたいな話あるワケないじゃん!」

 じ、自分だってそう思ってるよ!

 けど、黒水晶は禁断の『ギフト』だって言ってたから、あのまま放置したら……絶対に、二人があぶないよ。

「黒水晶の『ギフト』はなんらかの方法で体内に取り込まれると、人の理性を崩壊させ、生きる気力を吸い取る……それを糧にして体内で成長し、最終的には……」

「最終、的には……?」

「まわりにいるヤツらを『感染』させ、互いと争いながら……その憎しみさえも研磨剤にして、黒水晶が『研磨』され……触媒となった人間を殺す」

「ころ……!」

 お、穏やかな学園生活でそんな言葉を聞くなんて……!

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