6 清水くんの世界

 学園の1階にある、中等部と高等部のだれもが使える、数少ない交流の場。

 自分は一度も来たことがないけど、教室3つぶんもあけられ、キレイに並べられている丸テーブルには、少なくとも2人以上が使われていて、楽しそうに食事をしている。食べているのは、お皿やプレートに色鮮やかに飾られた料理。ハンバーグ定食に、カレーライス、きつねうどん。

 お弁当食べたけど、どれもおいしそうだなあ……

 ごはんを食べるには、壁際にある券売機で注文して、厨房と繋がってるカウンターにいる調理師の人に券売機から出た券をわたす。トレーと、お箸やスプーンなどを自分でとり、ごはんができるまで並んで待つ。お昼休みが始まって結構時間が経ったからか、並んでる人数は少ない。きっと数分前だったら長蛇の列だったかも。だって、テーブル席はすでに生徒たちで埋まってるもん。

 自分はいつもお弁当だったから、食堂がこんなふうになってたの、知らなかった。

 本当なら、だれかと一緒に行きたかったって、思ってたけど……

「よかった、まだ作ってくれるんだな。

 オレ日替わり定食にしよっと。パッタイってなんだ?」

 清水くんはルンルンと券を買い、調理師にポンと渡す。調理師のおばさんは「あら、イケメンねえ」とニコニコ。

 清水くん、おばさんも一目惚れしちゃうくらいのモテ度……!

「どうも。でもお姉さんも、毎日ここで働いてるんですよね。オレ、お姉さんの働き者の手、カッコよくて好きですよ」

「まあ、お上手! エビ増やしちゃおうかしら」

 清水くん、相変わらず歯が浮きそうなセリフが上手! 聞いた自分も真っ赤になっちゃう。

「そこの小鉢、好きなの取っていってね。特別に2個あげるわ」

「あはは、どうも! お姉さんってば優しい」

 おばさんの指のさした先には、清水くんのそばにあるトレーが置かれていた。

 そこの上には小さなお椀のようなものが並べられていて、それぞれひじきや、ポテトサラダ、コールスローサラダ、そしてフルーツポンチがふた口ほどのサイズだけ乗っている。自由に選べるのかな。

 すごいなあ、清水くん。初めて会う、年上の人にも気さくだ。正直ちょっと、うらやましい。

 相手がなにを考えてるのか、怖くないのかな。って思ったけど、清水くんはイケメンだから、悪く思われるような人じゃない、よね。

 自分は、ジミだし、やっぱり人に自分のことを話すのは怖い……

 はあ、人への恐怖がなくなったと思ったのに。結局、なにも変わらないままだ。どうしたら、清水くんのようにはっきり言える人になるんだろう。

 おばさんに言った言葉だって、心を読んでもお世辞じゃないんだもん。清水くんの心に、裏と表はないのかな。

 注文が落ち着いてスムーズに進むのはいいけど、テーブルはすでに埋まってる。

 どこかで食べられる場所、ないかな。

「真珠、どれがオススメ?」

 自分もここに来るの、はじめてだからオススメなんていわれても……

 清水くん、どれが好きなんだろう。できれば清水くんが好きなものを選びたいな……

「うーん、じゃあ真珠の好きなヤツは?」

「え、自分の?」

「迷ってるからどれもオススメなのかなと思ってさ」

 ぜ、ぜんぜんそうとは思ってないっ!

 並びながらトレーとスプーンをとり、小鉢のミニメニューを選ぶ清水くん。おばさんも、清水くんのイケメンな顔を拝みたいのか、調理は他の人にまかせてずっと見てる。

 顔を見ちゃったから、自然と心の声が聞こえてくる。


(こんなにイケメンな子、この学園にいたかしら~。

 このうしろにいる子も……いたかしら? 学園全員の生徒や先生の顔、覚えてるかと思ってたんだけど)


 うっ……そりゃ、ずっと、非常階段で、ひとりでお弁当食べてたから。

 ここに憧れてたときはあったけど、テーブル席に一人だけ座ってるところなんて見かけないし、やっぱり……

 まわりに、(うわ、この人ひとりで食べてるよ。友達いないのかな)って、思われたくない。

 ……まぎれることなく、事実なんだけど。

「はい、パッタイできました」

「へえ、やきそば?」

「タイ風やきそばね。タイの人はビーフンを使って食べるのが好きみたい」

「ビーフン……この麺っぽいヤツかな。

 この葉っぱも独特な香りしますね」

「パクチーよ、最近流行ってるからよく生徒からパクチーを使った料理が食べたいって要望がくるの」

「要望ってどこに入れられるんですか?」

「あたしに直接言ってくれれば、献立会議で決まるかもしれないわよ」

「マジで!? じゃあオレ混ぜご飯好きだから、いつか作ってほしいっスね」

「わかったわ、次の献立会議で言ってみるわ。どんな具にしようかしら」

「やった! お姉さんならなんでも美味しく作れますって! 楽しみに待ってますね」

 バイバイ、とおばさんに別れを告げて、ポテトサラダと、わんの選んだひじきの小鉢をトレーの端にのせて、列から離れる。

 清水くん、自分らしく話しててすごい。

 つい、ずっと彼のことを見ていた。

 どうして、相手が怖くなくて自分のことを話せるんだろう。心が読めないのに。あの時から、ずっとそう思ってる。

 それに、清水くんだって、わんとは違うけど、人にはない能力を持ってる。元いた世界では当たり前だけど、ここでは人のまわりに宝石が浮かんでるなんて、絵本の世界のお話みたいだもん。

 ほかの人が怖いって思ったこと、なかったのかな。


(なあ真珠、どこか席空いてねえ?)


「せ、せき?」


(人が多いと『ギフト』がまぶしくて、前がよく見えねぇんだ)


 あっ……そうか。自分には普通に見えるけど……

 ポケットにしまってある通行手形にそっと触れてみる。すると目の前がぶわっと、畑に実が一斉に実ったようにきらめきだした。これ全部、『ギフト』なんだ!

 清水くん、いつも平気なように見えるけど、本当はちょっと大変な思いをしてたんだ。

 さっきまでうらやましいと思ってた自分が恥ずかしい。

 それに自分は、こんな数の人の顔を一度に見たら……


(数学の竹中マジ空気読めないよね)

(大原くんと一緒にごはん食べたいのに、結局今日も友達とだ……)

(水平リーベ僕の船……)

(この次の回転はサルコーかルッツか……得点の高さならルッツだけど)


 ぶわ、と突風のようにたくさんの人の考えがわんの頭の中に入りこむ。

 ううっ、頭が割れそう! 人ごみ、苦手!


 清水くんは自分の心に寄りそってくれたのに……自分はまだまだだ……

 よし。自分は人の心が読める。けど、それだけじゃダメなんだ。

 人の心が読めなくても、こんなにも人と心を通わせられる人がいる。それがどうしてなのかはまだわからないけど……

 人と違う自分でも、人の身になって考えることは、自分にもできるはずだ。

 なにをしたら清水くんは嬉しいか、なにをしてもらいたいか……今まで、自分がなにもしなければ相手はしあわせだって勝手に思ってたけど、それは相手を放っておくことになっちゃうんだ。

 そうだ、自分には心を読む能力を持ってる。

 こういうときこそ使わなきゃ!


(あーあ、ねむい……)

(音楽の授業めんどいなあ)

(さーて、食べたし教室もどるか)


 あっ、今の声!

「向こうの席、空いたみたいだよ」

 料理にふれないように、慎重に清水くんのトレーをつまむ。

 目の前がまぶしくてほとんど見えない清水くんを、右奥の、たったいま高等部の先輩が立ち上がったところまで誘導して連れていく。これで、ゆっくりとごはんが食べられるはず。

 なんて、思ってたら。


(コレは……クセのある味だ。コレは……なんか化学的な味がする……

 一体どうしたら飲める味の『ギフト』に出会えるんだ?)


 道行く途中でもすれちがう人たちの『ギフト』を食べてたの!?

 か、勝手に食べちゃっていいの……!? まるで、ポップコーンを食べてるような仕草に見えるけど……


(おっ、スゲェキラキラ発見!)


 えっ、いるの?

 おもわず清水くんのむいてる方向に自分も首をむけた。もう一度、通行手形に触れて、清水くんにはどう見えてるのかを見てみる。

 人が多いぶん、いろんな色の『ギフト』がたくさん、まるで沖縄の海に泳ぐ魚たちのように浮いてる。そのなかで清水くんが見つけたものってなに……?

 天井の明かりに反射してるからか、宝石がひとつひとつ強い光を放ってるみたい。

「すごいキラキラって、どれ……?」

「アレだアレ、あの赤いキラキラ。たぶんルビーの『ギフト』だ」

 ルビーの、『ギフト』……あっ、左側かな。

 あの人はたしか、同じ学年の、梅組の児玉こだまくんだ。陸上部では高等部の人と引けをとらない実力だって言ってた。

 まだ話したことないけど、とても恵まれた体格で、いつも前だけ見ていそうな鋭い目つきが、とても陸上選手にピッタリなような気がする。

 自分は水泳選手だけど、ちょっと憧れてる、かも。


(そんじゃいただきまーす……)


 予想どおり、清水くんは児玉くんの背後に回り、こっそりと、だれにも見えないものをつまもうとした。本人は同じテーブルにいる友達と話してて気付いてない。

 取っても減るものじゃないからいいんだろうけど、ちょっとヒヤヒヤする……

「ぅあちっ!!」

 もっとヒヤッ!! えっ、熱いの!?

 ガタン、とトレーを大きくゆらす清水くん。パッタイだったからこぼれなかったけど、『ギフト』をつまんだ指先はヤケドしたように真っ赤にはれていた。な、なんで!?


(こ、コイツのルビー超熱ぃ……!)


「大丈夫か!?」

 声を上げたからか、ついに児玉くんが彼に気付いて振り向いた。どうしよう、気付かれたらなんて説明すればいいの……!

 あたふたするけど、清水くんは平気なフリをして右手の指をかくすようにトレーを持つ。

「いやあ、コイツに手ェ突っこんじまって。驚かせて悪かったな」

「つ、突っこんだのか……?」

 パッタイに指をさして言い訳するけど、それにしてもムリヤリすぎる……!

 もちろん児玉くんはふしぎそうな顔をするけど、清水くんの顔を見て、ハッとなにか気付いた。

「お前、例の転校生か! 竹組の友人から聞いたぞ、俺は梅組の児玉紅蓮。部活動はもう決まってるか? もしよかったら陸上部の見学に来てみないか? 今なら初心者でも懇切丁寧に指導してやるぞ!」

 わっ、児玉くん熱い……! 目に炎が燃えてるみたいにせまってくる!

 もしかして児玉くんの『ギフト』が熱い理由って、この熱い性格のせい!?

 こっちにも熱気が伝わってくる……!


(あはは、やっかいなヤツに声かけられちまった)


 清水くんも大変そう。これからお昼食べなきゃいけないからどうにか助けないと。

「悪ぃな、もう入る部活決めてるんだ」

「そうなのか! お前のようなヤツだときっと女子に好かれるだろう、しかし大事なのは己との戦いだ! 毎日汗を流して、昨日の自分に勝てよ!」

 席から立ち上がったと思ったら、バシバシと清水くんの肩を強くたたいた。

 い、痛そう……!

 清水くん、こういう体育会系の人と相性悪そうだなあ……


(選手になるとは決まってねぇって……)


 えっ、選手にならないの? 文化系の部活に入るのかな。

 気になるところだけど、それよりもテーブル……

 って、ああっ! ほかの人が座っちゃった……! 失敗した……ちゃんと見ていれば!

「清水くん……」

「どうした?」

 ごにょごにょ、と耳打ちでそのことを話す。

 やっぱり、がっくりと頭をかかえた。ごめんね、ボーッとしてたから……

 けれど清水くんは首を横にふり、


(しょうがねえ、ほかの席を探すか)


 と目で合図した。えーと、ほかの席……どこか空いてるかな……

 けど、陸上の熱さを語ろうとしていた児玉くんは、そんな清水くんの仕草を見のがさなかったのか、またさらに迫ってきた。

「どうした清水、席を探しているのか? ならここを使えばいい。イスを二脚持ってこれるか?」

「近くから持ってくるぜ」

 ええっ、児玉くんの席で食べるの!? 清水くん、(げっ、マジ!?)って思ってる。やっぱりイヤそう。

 けど、児玉くんの友達は二脚もイスを用意して……それって、自分のぶんもあるって、こと……?

「たしかお前は水泳部の内海だよな? こうして話すのははじめてだな」

「は、はい……」

「なに、同い年だろう、そんなに緊張するな。これからも俺の妹をよろしく頼む」

「ど、どうも……」

 あれ、妹なんていたっけ? 児玉……児玉……

 児玉さんがどんな人なのかを思い出そうとしているうちに、児玉くんの友達がテーブルのそばに二脚のイスを置いた。本当に持ってきたんだ。

 さあ、とイスを指さされ、これでは断れないな、と、清水くんは折れてそのイスに座り、テーブルにパッタイを置き、児玉くんから陸上をするメリットを延々と聞かされながらズルズルとパッタイをすすった。


(落ち着いて、食いたかった……)


 と、心の中でため息をつきながら。

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