3 言えなかったヒミツ

「マジで、悪かったな」

 連れられた先は、昨日と同じ、あの非常階段、まったく同じ段。

 そこのホコリをはらってから自分を座らせ、隣に座った清水くん。自分はそのまま、ダンゴムシみたいに体を丸めて顔をひざの間にうずめた。

 清水くんはぜんぜん、悪くない。

 わんがこんな、人にはない力さえ持っていなければ、ぼっち飯もなにもなかった。ただ……

 これで、さらに自分と清水くんの関係が誤解されて彼に迷惑がかかるんじゃないかっていうのが、わんの一番の心配。

「お前の『ギフト』がヒビ割れてる原因って、恋に関するトラウマがあるからか?」

 ちがう、と首を横にふる。恋なんて今までしたことないもん。

 あれ? ヒビ割れてるって直接言われたっけ? 言われたのか心の中の言葉なのか、忘れちゃった。

「……人と関わるのが、こわいのか」

 うっ……図星をあてられた。

 けど、その理由は言うに言えない。だってすでに、自分の力で清水くんの心を何度か読んでしまってるから。

 『ギフト』の仕組みはよくわからないけど……もし、それが自分の心とリンクしているのなら、ヒビ割れてる原因は、心が読める自分の力に関係してる、のかな。

 人から発するオーラって、人の性格があらわれたものだって、聞いたことあるから。


 両親はむかし、『ユタ』っていう沖縄の霊媒師に、自分の能力のことを相談した。

 ユタは、「いつか運命の人と出会えるから、それまで待ってなさい」と答えただけで、どうにもならなかった。

 両親は、「まあ、なんくるないさ」と……つまり本州の言葉で「なんとかなるよ」と、お気楽にわんのことを見ていた。わんはこんなに苦しい思いをしているのに。だから、相談しようにもできない。

 いまだに、いいことなんて起きてない。

 運命の人と出会ったら、どうなるんだろう。

 他人の不愉快な気持ちが頭に入ってきて、そしてこの力のことがバレて、言葉で直接言われて、心がボロボロになるのを、運命の人っていうのに出会うまで、がまんするしかないのかな。

 その痛みが、『ギフト』の傷として、できてるのかな。

 一度傷がついてしまったら……ずっとなおらず、二度とキレイな姿には戻らない。

 ホンモノの宝石みたいだね。

「オレさ、この世界に来て間もないから、来るまで『ギフト』は当たり前なモンだと思ってたんだ」

「その『ギフト』って、なんなの?」

「そうそう、この世界じゃあソレがフツーなんだよな。まっ、教えたほうがいいかもな。

 『ギフト』……この地球には存在しない別次元の世界・宝源郷では当たり前にあり、心を持つ者全てが宿している、人の才能や、心を、宝石状のオーラで現したものだ」

「才能や、心……」

「だから、自分は輝いてると思えば『ギフト』はキラキラ輝くし、自信がなかったり、なにか問題を抱えていれば色がくすんだり、研磨不足でくもってたりする。傷ついてたり、ヒビ割れてるのは、言葉通り心に傷が刻まれているとそうなるからだ。

 宝石は心……心の持ちようで、人は輝く。

 この世界のヤツには見えねぇしさわれねぇみてぇだけど、このオーラが人を人でいさせるんだ。ある意味、体の一部ってことだな」

 体の、一部……今まで自覚したことなかったけど、人に備わってるものなんだ。

 清水くん、またさっきのようにピンポン玉くらいの大きさの空気をつまんで、わんの前に差し出すけど……やっぱり、何もないように見える。申し訳なさそうに首を横に振ると、やっぱ見えねぇか、と彼はふしぎそうに首をかしげた。

「けど、集めるためにここに来たんだよね。どうしても、この学園じゃないとダメなの?」

「ああ、なぜかっつーとな」

 清水くんは、ポケットからなにかを取り出しては太陽に照らしだした。

 水泳ゴーグルの片方部分くらいの大きさで、透明なようでところどころが鏡みたいに光り輝いている。透明な石、ううん、しっかり磨かれた宝石、かな。

「キレイ……」

「宝源郷の通行手形だ。けど、今はその機能を失ってる」

「使えないの?」

「最後の力を使い果たして、オレたち家族をこの世界に飛ばしてくれたんだ。だから今は、いわゆる電池切れ……充電しねえと、元の世界に帰れねぇ」

「もしかして、元の世界に何かあったの?」

 すると、清水くんの顔色がふっと暗くなった。言いづらそうに目を伏せるけど、(真珠なら大丈夫か)と迷いを捨てたように、わんに話しづらいであろう事実を話した。

「……襲撃にあって、世界が滅亡したんだ」

「滅亡!?」

 じゃあ、もう故郷がなくなったってこと!?

「郷にいたヤツらはなんとか異世界に逃げることができ、オレと両親も同じ世界に飛ぶことができたんだ」

 運がよかったと思ったけど、その顔はどこか暗い。やっぱり、故郷がなくなったことがとてもつらいんだ。


(予言をしたじいちゃんを置いちまったことが、心残りだ)


 暗い顔をしてた理由がわかって、なにも言えなくなった。

 それほどおじいさんのことが大切だったんだね……

 触ってみるか? と、通行手形を差し出される。じゃあ、ちょっとだけ……と、両手に乗せてもらう。わっ、本物の宝石みたいに重みがある。慎重に扱わなきゃ、って手に緊張がはしった。

 ……あれ? 気のせいかな。わんの周りに、宝石のようなものが見えるような気がしたんだけど。

「だが、『ギフト』は別の世界にもあるってじいちゃんが言ってたんだ。しかも集めれば、人の願いをかなえてくれるって言い伝えもあった。

 オレもこうして秀でた才能を持ったヤツらが集まる、この宝岩学園で上質な『ギフト』を集めれば……きっと、コイツが直って宝源郷に戻れて、復興させることができるって信じてんだ」

 すごい、なんて立派なんだろう、大きな夢をかかえて学園に来たなんて。自分と比べるのがおそれ多いくらい。

 なんて、思ってたけど……やっぱり、気のせいじゃない。

 清水くんのまわりに、シャボン玉のようなものが浮かんでる……?

「清水くん、この玉って……」

「ん? コレが『ギフト』だが……

 お前見えるのか!?」

 さ、さっきまで見えなかったはずなのに!!

 よく見ると、自分のまわりには、ひよこ豆ほどの大きさの、おだやかにきらめく丸い石がふわふわと浮いていた。

 まさか、コレがわんのパールの『ギフト』!?

「わん、さっきまで見えなかったよ!?」

「マジかよ!? じゃあなんで……

 そうか、ソレにさわったからか!」

  清水くんにひょい、と手形を取り上げられると、パッと幻が消えた。もう一度手に乗せる。わっ、またたくさんの宝石が宙に浮かんでるのが見える!

 なんて、もういろんなことを目にしたから、信じられないなんて言ってられないよ……!

「こんなことになるとは思わなかったが……じゃあソレ、お前にやるよ」

「えっ!?」

 コレ、清水くんの大事なものだよね!?

 こんなすごいの、受け取れないよ……!

「元々、お前には昨日の礼をするつもりで来たんだ。だからソレが礼の品」

「お礼なんていいから! だってあの時、大変そうだったなって思って……」

 そんなことでこんな大事なものをあげようなんて、普通思わないよね……!?

「しかし、そのせいでお前を巻き込むことになったし、オレが別世界から来たことまで話さざるを得なくなった。なんで『ギフト』のことを知ってるのかは敢えて聞かないが」

 ぎくっ……! うっかり聞いちゃったなんて、言えない!

「ま、お前なら口が滑るなんてことはしねぇだろうが、口止め料としてもらってくれよ。それとも、キレイなものはキライか? お前の瞳を映したような美しさなのに」

「上手く言っても受け取らないってば!」

 ……けど、少しでも触れてみれば、やっぱりさっきのようにわんと清水くんの周りにはそれぞれの宝石がキラキラと浮いてて……

「オレの『ギフト』、キレイだろ? なんて言うとナルシみてぇだから、うちの世界じゃ好まれた言い方じゃねぇんだ」

「へ、へぇ……」

「けどコイツを持てば、他のヤツの『ギフト』がなぜか見れる。オレの探してる、純粋でしっかり磨かれた『ギフト』を見つける手がかりになる」

「ま、まって、わん、清水くんと友達になんてなれないから!」

「ええっ!?」


(こ、断った!? 馴れ馴れしくしすぎたか……!?)


 そうじゃない、そうじゃないの。

 だって、こんな化け物じみたわんと友達になるなんて、清水くんに迷惑をかけちゃうよ。清水くんには、普通でいてほしいの……

 自分のことなんて知らないまま、たくさんの人と仲良くしたほうが、清水くんにとっての幸せだよ。

「その……清水くんの元いた世界に戻るまでしかここにいられないわけ、だし……」

「いつ戻れるかなんてオレにもわかんねえよ……」

 あっ……今の、言っちゃマズかったよね……つらいこと、思い出させちゃった……

 ……でも、わんと関わらないほうが、これからの清水くんのためになる、よ。

 わんに友達なんて……いい人ほど、わんのことは知らないでほしい。傷ついて、ほしくないから。

「とにかく、わんとは友達にならないほうが、いいよ」

「っ……お前、まさか自ら……」

「わんと関わった人はね、みんな不幸になるんだよ。わんのせいで、傷ついた人はたくさんいるんだよ。

 清水くんはもう、わんのことなんか忘れて」

 じゃあね、と立ち上がって、走り出す。

 本音を伝えた、はず。ウソなんて、ついてないはずなのに……

 心が、重たい……


(『ギフト』がもろくなってやがる!

 オイオイ、いきなりこわれそうな勢いじゃねーか!)


 小学校のときの、一番イヤだった記憶がよみがえる。

 貝殻の中にこもりたくなった、自分の失敗――



(2組の知念ちねんくんって無口だし、なに考えてるかわかんないよねー)

(えっ、いつも同じクラスの新城あらしろさんがかわいいって思ってるよね?)

(真珠ちゃん、なんでわかるの!?)

(考えてることって、聞こえない?)

(フツー聞こえないよ、真珠ちゃん聞こえるんだ!?


 なんか……真珠ちゃんといっしょにいると、ヤバいな……)


 あれから、友達はわんをさけて、ほかの子にも話して……わんは、ひとりになった。

 人の心を読むことは、フツーのことじゃない。自分は、人とはちがう。

 仲間はずれにされたような気持ちが、ずっと続いた。沖縄にいても、はなれても。

 転校が決まったときも、クラスの人たちは、心のなかでは、


(ようやく都合悪いヤツがはなれるよ)

(いっつもジメジメしてカンジ悪いから、いなくてせいせいする)


 って、思ってたし。言葉はいくらでもウソをつける。

 人って、人に言えないことは心にしまいたがるんだよね。

 わんは……無意識に、それを開けて見ていたんだ。だれにも知られたくないことを知ってしまう自分は、人に嫌われて当然だ。


(内海さん、なんで平気な顔して学校に来てるの?

 新城さんがアンタにかまってるのは、アンタを利用するためなんだからね?)


 新城さんは、唯一こんな自分に話しかけてくれた幼なじみだ。

 自分の心が読める能力のことを知っても、彼女はさけることも、気持ち悪がることもなかったけど……

 ただ、ひとつだけ気になったことはあった。

 中学に上がったばかりのとき、好きな人ができたので手伝ってほしいって言われたけど、自分は人の心を勝手に読むことに違和感があった。

 けれど新城さんはどうしてもわんの力がほしくて、あきらめようとしなかった。

 それに、必要とされてるのなら……って、断れない自分もいて。

 新城さんと、その好きな人をくっつけようとしたけど、その好きな人はウワサでわんのことを知って、そんなわんと友達の新城さんのことが……気持ち悪いって、思うようになった。

 わんのせいで、こうなったんだ。

 結局、新城さんは好きな人に告白して、そのままフラれた。


(あたしがフラれたのは、内海さんのせいだよ)


 という言葉が、いまでも忘れられない。

 そしてそのあと、わんは本州へと転校した。

 お父さんの仕事の関係で、だけど、わんにとって、逃げるのにちょうどいいタイミングだった。

 ズルい、よね。

 まだ新城さんにはなにも言わずに去ったんだから。


 もう、二度とあの地にはもどれない。

 大好きな沖縄の海も、シーサーも、もうこの目にはうつせない。

 誰も歓迎しない。誰も喜ばない。わんに、陸地の居場所なんてない。

「誰かを傷つけるのなら、ずっと一人でいたい……! 誰の心の声も、聞きたくない!」

 それが、わんの本音。

 一人も傷つかない方法としては、それが一番正しいって、信じてる。

「……そうか」

 ぽつりと、清水くんが低くつぶやいた。彼の足音が聞こえる。うん、わかってくれるのなら、このまま去ってくれるのなら、もうこのまま……


 ポン。


 と、自分の頭になにかが優しく乗る。あたたかい。おそるおそる、かたく閉じた目をすこーしだけ、ゆっくりと開けてみる。


(真珠、オレの声、聞こえるか?)


 目の前には、清水くんの、やさしい笑顔。やさしい声。やさしい手。

 なにをされたのかわからず、ポカンとしてしまった。

 いま、わんに話しかけるように、考えてることを言葉にした、よね……?

「いいか、パールの宝石言葉は『健康』『素直』だ。

 おまえの、もっと素直な声を聞きたい」


(いまのお前は心が弱ってる。このまま塞いでると、お前の『ギフト』が壊れるぞ。

 もう、あの光景は見たくないんだ)


 あの、光景……?

 わんがこうしてるだけで、世界がどうなるっていうの。

「つらい過去が、あったんだよな」

 清水くんはそのまま、わんの頭を優しくなでた。

 怖く、ないの? 気持ち悪く、ないの?

 わんのこの力は、たくさんの人を困らせて、不愉快に思わせて、傷つけたんだよ。

 一番許せないのは、コントロールができてない自分なんだよ。

「こんな自分と、友達になっちゃダメだよっ」

「いや、オレはなりてぇな」

「だって、わんは……」

「心を読むことができるから、オレを助けてくれたんだろ。こんなオレを、信じてくれたんだろ。

 オレ、すっごく嬉しかったんだ。信じてくれるヤツがいるってだけで、学校に行くのが楽しくなってきた」

 いいの、こんな自分で?

 なにも思わないんだ、気持ち悪いとか、人らしくない、とか。

 清水くんは「気持ち悪くない」とか言ってないのに、このあたたかい手が、自分のすべてを許してくれたと思えた。

 言う勇気があれば、きっと、だれかがわかってくれる。言わなきゃ、はじまらない。伝えることで、届く。

 だから、普通の人は心が読めない。でも、読めたとしても、自分の気持ちを伝えるのは、言葉にしないとなんだ。

「清水くんっ……わんは……

 友達が、ほしかったけど……傷つけたくなくって……」

「つらかったんだな、その力を持ってて。大丈夫だ、オレは絶対に、お前の味方だ」

 男の子らしい手で、頭を撫で、背中をさすった。

 強すぎない力で触れられて、戸惑いもあるけど……どこか、安心する気持ちが、久しぶりに生まれてた。

「ぐすっ……ありが、とう……」

 人の手って、こんなにあたたかいんだ。どうして、忘れてたんだろう。

 なんでも言い合える関係ができた。そう思うと、心がスッと、重りを外されたように軽くなった。

 目の前が、もっと明るく見えた。

「おっ、真珠の『ギフト』が光った!」

「わんのパールが……」

「ああ、オーラが新しく生まれて出来たてのパールがお前の周りに浮いてる! まだ小せえがみんなキラキラ輝いてるぜ、今まであった傷ついたパールがかすむくらいに!

 特にコレなんか、完ペキキレイに丸まってる。なあ、この『ギフト』、もらってもいいか?」

 え、ええっ……もらうってことは、もしかして、さっきのように食べるってことなの……!?

 だって、目の前は全然、何もないし、清水くんがつまんでるのはただの空気だし……まるでBB弾の大きさがこれくらい、と伝えてるみたいに。

 清水くんがもう一度わんの手に通行手形を乗せた。わっ、やっぱり見える。本当にパールをつまんでる。

 じゃあいただきます、とBB弾くらいの大きさのパールをポンと口の中に運ぶ。噛む必要はないのかそのまま飲み込んだ。

「……いま食べてるの、おいしい?」

「いや、なんも味しねえ。けどコレでいいんだ、食える味なら」

 い、いいんだ……

「ただし、通行手形に送れる力としてはまだ微弱だ。やっぱデカい力になるには、デカく上質な『ギフト』でないと。パワーと大きさは比例するんだ」

 さっき飲み込んだパールはすごく小さかったもんね……このビー玉くらいの『ギフト』は傷だらけだから、きっと口に入れたらマズすぎて飲み込めないのかも。

 わんがもっと大きな『ギフト』を持てたら……

「……そう落ち込むなよ、上質な『ギフト』を持ってるヤツのほうがレアだぜ? オレはソイツを探しにココに来たんだから。

 もっとくわしくこの話がしてぇけど、もうすぐ朝礼始まるから昼の時間にな。よかったらイイ場所教えてくれよ、こんな季節だから日の当たる場所で食いてえな」

 王子様のような甘いマスクだけど、言葉づかいが男らしい清水くん。こんなにも、人と仲良くなりたいと思ったのはいつぶりだろう。

 目の前が明るく見えるのは、『ギフト』が日の光にあたって反射してるからかな。なんだか、心がうきうきした。

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