2 フシギな転校生

「ねえ、清水くんとはどんな関係なの?」

 次の日の朝礼前。いつも通りひとりぼっちの一日が、始まると思ってた。

 しかしわんの席の前にドンと立ったのは、クラスの女王、金剛こんごうさん。そんなすごい人ががめずらしく自分に話しかけてきた。転校初日以来、かな。

 とある雑誌の読者モデルもやってるから、普段からの見た目もすっごくハデ。学園が、中等部生でもメイクをしていいって許可してるから、ここはメイクをしてる子が多い。

 わんは、水泳部だからあんまりできないし……そもそも、メイクが似合う顔じゃないから、粉の一つもつけてない。

 くるくるに巻いた長い髪、ふわっと甘くにおう香水、きれいに書かれた眉毛のライン、つけまつげ、桃色のチーク、不自然に明るいファンデーションとハッキリとした色の口紅がなぜか似合う金剛さんは、ジミ~な自分をじりじりと見つめてきた。

 こわい……ヘビに睨まれたカエル、いや、マングースに睨まれたハブのようなカンジだ。

 もしかしたら、昨日清水くんと一緒にお昼を食べたかった子の誰かが、金剛さんに言ったのかな。全員の可能性もあるかな……金剛さんは男子より女子にモテる、女子の間でカリスマ的存在だから。

 やっぱり、清水くんイケメンだから、こんなジミ~なわんにとられて、いい気してないんだ。あああ、清水くんとの関係はあれきりで終わると思ってたのに……!

 ご、ごめんなさい……その件については……

「ご、ごめ……」

「まさか幼なじみとか!? 転校先での運命の再会的な!? だったら障害多いかもだけど少女マンガっぽくない!? 内海さんって意外と少女マンガなステータスもってたんだね!? マジヤバい見直した! ゴイスーじゃん!!」

 ま、まって、早口すぎてわからないことになってる……!

 ぜんぜん、幼なじみとかじゃないし、自分が少女マンガの人みたいとは思ったことないし……

 こんな時に、本音はどう思ってるのか、つい確かめたくなってしまうけど、言葉と違っていて、ひどいことを心の中にしまってて……自分が、それを無理やり見たら、わんだけじゃなくて、相手も傷つく。

 心が読めるってことは、間違ったことじゃないのかな。人のためにならないんだもん。

「自分は、そんなの、ぜんぜ……」

「けーど! 美男には美女って相場が決まってるから! せめて清水くんにふさわしいようにした方がいいよ、だれかに奪われる前に!

 まずは目線を上げることから始めなきゃだね!」

 やめて、あごをつかんで顔を上げさせないで……!

 金剛さんの心が、見えちゃう!


(うっわ……)


 顔を振り払った。……これ以上、聞くのが怖かったから。

乃愛だいあ、内海さんからかうとかめずらしーじゃん」

「へ? からかってないけど? ただ……

 清水くん狙うんだったらまずダイアよりカワいくならなきゃ、ってアドバイスしといたの!」

「アドバイスって! 乃愛だいあよりカワいくなるとか一生ムリじゃん!」

 あはは、と近くにいた金剛さんの友達が高らかに笑う。

 わかってる、そんなこと。心の声を聞くより、心が痛くなる。

 わん、清水くんとそんな関係になるつもりじゃないんだけどな……ホントになりゆきでああなって……

 コレが清水くん本人に届いたら、迷惑になっちゃうよ。わんはそんなこと、望んでないのに……

 ヘンに思われるのは、わんだけでいいのに……


「すいませーん! 内海ってこのクラスにいます?」

 廊下から、聞き覚えのある声が聞こえた。絶対、自分のクラスの人たちに向けて言ったんだ。

 これ以上、さっきのような思いをしたくない。とっさに自分の机の中に入ってる教科書を取り出し、読んでるフリをして顔を隠した。

 金剛さんがドアにいる人物を、そしてわんを見る。しまった、また金剛さんに変なこと思われる……!

「おっいた! やっぱ輝いてるよなぁ、お前」

 ぎゃーっ、なんでバレたの!?

 ハァ!? と金剛さんは素っ頓狂な声を上げる。ちがう、ちがうの、輝いてるのはわんじゃないの……!

 つられて、ほかの女子もわんに注目しだした。

 おそるべし、イケメン。なんて、他人事に思ってる場合じゃない……!

 ついに清水くんがわんのところに来た。金剛さんを押しのけて。ああっ、クラスの女王になんて扱いを!

 そして、わんの席の前に到着。机に手をつき、じっとわんを覗きこんだ。

「探したんだぜ、おまえのこと」

 衝撃の事実を聞いた、バラエティの観客のように戸惑いの声がわっと上がる。

 どうしよう。すでに、泣きたい……

「いま、いいか?」

 そして、悲鳴とも取れる高い声。なんで、なんで……

 なんで、こんなことになってるんだっけ!?

「って、お前もいいキラキラしてんじゃん!」

 見えると言ったオーラに気付いたのか、清水くんが金剛さんに目を向ける。……けど、その目線は、彼女の顔に向いてないような気がする。

 彼女のまわりにあるであろう、『ギフト』にしか目がいってないような……

 イケメンの清水くんに褒められたからか、そんなことも知らずに、金剛さんはズキュンと射止められ、たちまち彼にメロメロになった。心を読まなくても、目がハートになってるからわかる。

「そりゃあダイアは『メロパイン』でナンバーワンモデルやってるし!? 清水くんって見る目ある~!」

 金剛さんは急接近するように、清水くんの手に自分の手を重ねる。やっぱり、清水くんのこと狙ってるんだ……

 だって、お似合いだもんね。美男には美女が相場。

 しかし、途端に清水くんの顔が怪しんでいそうにムスッとしだした。金剛さんの香水の香りが気になったのかな。


(けどくもってるな……輝きが足りない。ダイヤモンドの宝石言葉は『永遠の絆』『純潔』……なるほど、人間関係に問題があると見た……それか、研磨不足か……)


 清水くんの心の声が聞こえる。

 わんの『ギフト』はヒビ割れてるって言ってたけど、金剛さんのは……くもってる……? 

 見た目はこんなにキラキラしてるのに?

 清水くんの目には何が見えているの?

 どうしてなのか聞きたいけど、今の言葉は口には出してない。まわりに自分の心を読む能力を知られないように、何も聞かなかったことにした。

 ……いつもこうだ。読んでしまわないように、あるいは読んでしまったことを知られないように、いつも人に関わらないようにしてる。

 だから友達はできない、いいや、作らないようにしてるんだ。

 だって、作ったら、いつかその人の本音を聞いてしまうことになるんだよ。この人なら大丈夫だよね、と思っても、いつか自分のこの能力を利用する人がいる。傷つく人がいる。

 ……傷つける人が、あらわれる。

 人の心を読むってことは、コミュケーションが楽になることじゃない。人の心に、土足でふみ入れることなんだ。

 「おじゃまします」も言わずに上がりこむのは、気分のいいことじゃない。

「お前、好きなヤツとかいたりするの?」

 んんんん!? 清水くん!? なんで土足でおじゃまするの!?

 けど金剛さんは、それをなんと受け取ったのか、顔を真っ赤にしたまま素直にその質問に答えた。

 ……あれ? でも、心の中は……清水くんを、思い浮かべてないみたい。

「そ、それはー……そうだ、清水くん! 清水くんってすっごくカッコいいからー、ダイアのものにしちゃいたいなーとか思ってたワケ!」


(好き……か。まあ、いまでもそーかも……)


 金剛さんの心の声。いまでも……?

 つまり、清水くんじゃない別の人に好きな人がいるってこと?

 それをかくさなきゃいけない理由もあるみたい。いったい、なんだろう……

 ……ううん、これ以上踏みこんだら金剛さんに失礼だ。なるべく金剛さんの顔を見ないように、わんは顔をうつむかせた。

「ははっ、ありがとな。お前は世界で一番キレイだから、オレにはもったいないよ」

 キャーッ、と黄色い声が上がった。清水くん、歯が浮いちゃいそうなセリフ、よく言えるなあ……言っても違和感がないくらいのイケメンだから、すごくカッコよく見えるのかも。

 清水くんは女子の注目がある中で、左手の人さし指と親指でピンポン球くらいの大きさのものを、空中からつまみだす。それをいとおしげな目で見つめる姿も絵になる……けど、つまんでいるものは空気。清水くん以外の人には何も見えない。

「やっぱり、キレイだ」

「し、知ってるし!」

 金剛さんは自分のことを言われてると思って、自慢げに言うけど、清水くんの心の中は、


(おお、少しだけど輝きだした!

 これならもらえるかも)


 と、指にはさまってある空気に対してそう考えている。彼の目に、金剛さんは映っていないらしい。金剛さんは『ギフト』が見えてないから、自分のことだと思ってるんだ。

 すると、清水くんはいきなり、まわりの人には見えないものを、パクリとアメ玉をなめるように口の中にふくみだした。えっ、食べるの!?

 なになに、と女子がさらに注目しだす。自分に酔ってる金剛さんも、さすがにそれに気付き、清水くんの行動の理由を聞こうとした。

 けど、口にふくんで3秒もしないうちに……

「ゲホッゲホッ、おえぇ……」

 とせきこみ、口をおさえた! な、なんで!?

 イケメンが台無しになるくらいに顔をゆがませてるっていうか……いま口にしたっぽいもの、なに!? ただせきこんでるようにしか見えないけど……

 清水くんの行動の理由はわからないことだらけというか、さすがにイミ不明で、そしてイケメン顔をくずしたので、女子たちはそれぞれヒソヒソと話しだした……!

「し、清水くん、大丈夫?」

 つい心配になって背中をさすったけど、そうなると今度は金剛さんが「わーっ!」と、なぜかはやし立てるように高い声を上げた。

 まって、そんなつもりじゃないのに! ただ、心配で……

「まっず……」

「え?」


(このダイヤモンドの『ギフト』、食える味じゃねえ……たとえるならサプリメントをかみくだいたような味だ……)


 『ギフト』って食べられるの!? もしそうだとしても、宝石はふつう食べ物じゃないんじゃ……

「マズいってなにが!?」

 そこは金剛さんもつっこんだ。けどもちろん、『ギフト』のことは知らない。

 なんで金剛さんの『ギフト』を食べようとしたの!?

「まあ、そのなんだ、お前はキレイなトコが長所だってことだ……」

「ワケわかんないっ!」

 清水くんのナゾのフォローはむなしく、金剛さんを怒らせる結果となった。自分も清水くんのやってることはわからないけど、決して意味がないことではないことはわかったような気がする。

 集めてるって言ってたし、もしかして、集める場所が、口のなか、とか!?

「で、内海さん、ホントに清水くんとはどんな関係なの?」


(イケメンだけどマジでダイアには合わない! もうちょっとマシな人が来ればよかったのにぃ!!)


 なるほど、もう狙わないから、自分に押しつけようと思ってるんだ。

 自分は清水くんとはそんな関係にするつもりじゃないし、ホントに昨日出会ったばっかりなのに。

 わんがだれかと関係をつくったら、その人に迷惑がかかるのに。いつか清水くんに自分のこの能力を知られたら、「勝手にオレの考えを読んでたのか」って、傷つく。もう、いつ知られるのか時間の問題。

 だから、だれにも知られずに過ごしたい。だれとも関わらずに学園生活を送りたい。そう思ってたのに……

「清水くん、とは……」

「昨日晶くんって呼んでたよね!? 今さら他人ぶったって遅いんだから!」


(アンタのようなヤツが晶くんと付き合えるワケないじゃん!!)


 昨日清水くんを追いかけた一人だ。だって、あの時は、たまたま「晶くん」って聞こえたから……なんて、言い訳しても通じてくれるはずもない。

 どうしよう、泣きたい……もう、だれとも関わりたく、ないのに……

「……真珠、場所移すか」

 清水くんが、俯くわんを立ち上がらせて肩を抱き、どこかに連れ出そうとした。

 だれとも話したくないのに、彼からも逃げられないのは、もうどうしようもできないからだ。

 どうにかして、清水くんとは関係のない人にならなきゃ。それが、清水くんを傷つけないようにする方法だから。

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