第3話 死者の遺言

「……は?」

「シンジロウさんから、頼まれてたんですよ。自分が死んだら伝えてくれってね」

「誰にー?」

「あのときの集いの参加者に。……あ、そこ詰めてください」

 サトシは椅子の端に腰をおろすと、封筒の中身を広げ始めた。

「おい、何勝手に」

「時間も限られてますし、巻いていきましょうよ。リョウコさんを狙ってカメラマン、このあたりうろついてますから」

 全員がそっとあたりを見回した。

 店の外では、何台かの車が停車している。

 リョウコが身を固くした。

 大女優の娘、リコとして芸能界でもトップの人気を誇っていたリョウコは、引退時、揉めに揉めた。

 誰にも引退の理由を公表しなかったこと、人気絶頂のため事務所や家族が頑として首を縦に振らなかったことが原因だった。

 現在はシンジロウの両親が保証人となり独り暮らしをしているが、週刊誌の記者に追いかけられる日々が続いている。

「……じゃあ、早めにお願いしようかな。サトシくん、シンジロウくんは、なんて?」

「ミニラーメン1つ」

 ノブオが先を促すと、サトシは手持ちぶさたな店員に注文を行った。

「…………」

 こほんという咳払い。

「シンジロウさんは、まず、こう言っています。……養子は断ってほしいと」

 サトシが見渡すと、セイゴ、タカヒロ、ノブオが目を見開いていた。

「え、養子?どういうこと?シンちゃんと兄弟になるってこと?」

 マイの素直な疑問を、男性陣は誰も茶化さなかった。

「……ご両親から冗談混じりに言われただけで」

「ほ、本気には、してないよ。そりゃあ、そう言われて、こんな親だったらいいなあってちょっとは、思ったけど」

「アイツのかわりに息子になるなんざ、誰も幸せになれないだろ。俺たちは、助けてもらった。あとはてめえの足で生きていく。それがいい」

 揺るぎのない答えに、テーブルの意思は一致した。

「杞憂だったようですね。シンジロウさんも、同じようなことを言っていました」

 遠慮がちにミニラーメンが置かれていく。

「じゃあなんで、アイツは、んなことわざわざ言ったんだ」

「シンジロウさんのご家族の問題です。シンジロウさんは一人っ子ですが、実はお兄さんがいました。死産だったようです。その後シンジロウさんが生まれました。残念ながら亡くなってしまいましたがね」

「ご両親が喪失感から代わりの息子を求めるって思ったのかな」

「恐らくは。みなさん及びご両親のことを考えて、養子の打診があっても断ってほしいとのことでした」

「さっきも言っただろう。いくらなんでもその話は誰も受けねえ。……で?話はそれだけか?」

「いえ、もう1つ。自分の義理の弟か、妹を気にかけてほしいと」

「え、何、隠し子?」

「……いたんですか?」

 リョウコがミニおにぎりを取り落とす。

 シンジロウの両親は円満な関係を築いていたのに。

 全員が顔を見合わせた。

「いえ、いません。恐らくみなさんの想像とは違いますよ。……シンジロウさんのご両親は、犯罪被害に巻き込まれた子供を引き取ろうと考えていたようです。実際にそういった団体から打診もあると」

「そしてシンジロウくんは、僕たちが養子の話を断ると、ご両親がそういった団体から子供を引きとる、そう考えた。そして僕らにお願いしようとした、ってところかな」

「だとしてもワケがわかんねえ。なんで俺たちなんだ」

「え、シンちゃん友達いないからじゃない?」

 ストレートな爆弾発言に被せられるのは、サトシがラーメンをすする音だけだ。

「あ、健康な友達が、いないのは本人も言ってたから、動ける知り合いっていうのは、僕たちになるんだと思うよ……」

「……じゃあ、シンジロウくんはなんで僕たちに頼みたかったの?いくらなんでも、ふわっとしすぎなんだよね」

 サトシがラーメンを食べきった。水を飲み、口をふき、鞄にいれていた封筒を手に取った。

「これは、僕のエゴだ」

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