演劇とペスト四

 僕たちは時計塔の前にいた。


「ここがその少女がいたスポットか、たしかに怪しいな」


 仁雄がそう言いながら時計塔の周りを探索する。

 美浦は手掛かりを思い出したと言って神殿に向かった。後で合流するそうだ。


「美浦の手掛かりを待つのもいいが、もう一度登ってみるか? 上にまだいるとも思えないけれど」

「なら俺が登るぜ、山ちゃんは下で待っててよ。挟み撃ちってわけさ」

「うーん、まあやってみようか」


 仁雄は張り切って塔の中に入って行った。僕は例の窓の下に待機する。

 一体あの少女は何者なのか。一つ言えるのは影の住人が住む世界で少女は影ではなかった。これがどんな意味を持つのだろうか。


「山ちゃーん!」


 上から仁雄の声が聞こえる。


「誰も居なかった! ちょっと調べたら下に降りるから!」

「了解、無理はするなよー!」


 ガサッ


 後ろに気配を感じ振り返る。そこにあの少女が立っていた。


「お兄ちゃん達まだいたの? もう無駄だから帰ればいいのに」


 少女の姿に見覚えがあった。髪は長く、それに幼いがリリイに似ている。

 大きな目、はっきりとした顔立ち。


「君はリリイちゃん?」


 僕が問いかけると、パッと街へ駆け出して行った。

 なんで逃げるんだ。しかししょうがない、慌てて追いかける。


 少女の背中を追う。突然商店の角を曲がる少女。僕も同じように角を曲がる。


 ドンっ


「いったーい!」


 ぶつかったのは美浦だった。


「あんた何こんな所走ってんのよ。だいたい角なんだから気をつけなさいよ!」

「ごめん、ちょっと少女が走って逃げて。見なかった?」

「見てないわよ。あんた遊ばれてるんじゃないの?」


 尤もだ。突然出たり消えたり、走ったり曲がったり。からかわれているのかもしれない。


「ぶつかって悪かったよ。仁雄が塔に登って待っているんだ。塔に戻ろう」

「次見つけたら、後先考えて行動しなさいよね、もう」

「ああ、それで手掛かりってのはなんなんだ?」

「これよ」


 美浦が出したのは歯車だった。


「時計塔には沢山の歯車が吊るされていたんでしょ? もしかしたらこの歯車使えるかもしれないと思ってね」

「神殿にあった歯車?」

「そう。最初来た時は影しかいなかったから借りることも出来なかってけど、今なら言葉も通じるし借りれたわ」

「そんな簡単に借りれるもんなんだな」

「私にかかればね」


 確かにこういったアイテムが虚構の世界で役割を果たす事は多い。流石に勘がいい美浦ならではの手掛かりだ。


 塔の下では仁雄が待っていた。ちょうど降りて来たところのようだ。


「おっ、美浦もちょうど戻ってきたのか。それじゃミーティングしようぜ」


 仁雄にも収穫がありそうだ。

 美浦の歯車の件と僕が再び出会った少女について話し終える。仁雄は頷き、塔について話し出した。


「まあとりあえずもう一度登らなきゃならないな。美浦の持ってきたその歯車を使えそうな場所があったんだ。やっぱりこの塔がこの世界の時間を司っているみたいだな」

「やっぱりってなんだよ。そんな前振りあったか?」

「俺が最初に会った爺さんが時間を知りたかったらこの塔に行けって言っていてな、そこは時間を支配しているって」

「なにそれ、初耳よ」

「いや、情報が多すぎだから話す事にも漏れは生じるってもんよ」

「つまり次の一手は塔の中でこの歯車を使うってことだな」


 ようやく何かの終わりが見えてきた。僕たちは塔を登り最上階に来ていた。


「仁雄、どこでその歯車使うんだ?」


 部屋の中には歯車をはめる場所も、置くような場所も見当たらない。


「歯車なんだから時計の中なんじゃないかしら」

「時計の中?」

「その通りだぜ美浦、この上。ほら! そこから上にあがればこの時計台のカラクリがあるんだ」


 仁雄の示す天井には穴が開いており上に登れるようになっていた。


「それじゃ早速登って歯車嵌めてくるからよ、何か起きた時に対処よろしくな!」


 仁雄はそう言って美浦から受け取った歯車を持ちカラクリの中へ入っていった。

 時間を司るといっても一体何がどう起きるというのだろうか。


「いくぞー!」


 仁雄の声が聞こえる。


 ガコンッ


 歯車が嵌ったのだろうか。仁雄が降りてくる。


「歯車入れて来たぜ。なんか時計とは違う部分の動力になってそうなんだよな」

「何か起こるのか? それとももう起こったのか」

「そうね、私たちにはわからないけれど、そこのお嬢ちゃんなら何か知っているんじゃない?」


 美浦の目線の先にさっきの少女がいた。


「どわっー! びっくりした」


 仁雄がうるさいリアクションをする。

 動じない少女。


「お兄ちゃん達何者?」


 大きな目で真っ直ぐ問う少女。


「俺たちは違う世界からリリイちゃんってを助けるためにここに来たんだ」


 少女は逃げも隠れもしなかった。


「リリイはわたしの妹。リリイはここにはいないわ。歯車を使ったのでしょう、影が止まっている。お兄ちゃんとかはいつでも帰れるはずよ」


 少女はそう言うと背中を向けた。


「待って!私達はあなたも助けるようリリイに言われて来たの」


 美浦が少女を引き止める。少女は振り向き美浦を見つめる。


「わたしを助ける?」

「ええ、リリイちゃんはもう一人の自分を探していたわ。あなたの事よ。だからあなたも一緒に帰るのよ」

「わたしも帰れるの? 帰っていいの? わたしは自分でここにいたいと思っていたのよ?」


 少女は困惑したよう目で美浦を見つめていた。


「ええ、帰りましょ。もう充分遊んだでしょ。あなたももう大人になっているはず、だから大丈夫よ」


 美浦には俺たちにはわからない少女の気持ちがわかるのだろうか。仁雄もわかっていたりするのだろうか、仁雄の顔を覗いてみる。

 真面目な顔をして頷いている。


「でもわたし帰り方がわからない。だから一緒に帰れないわ」

「大丈夫よ、まずはみんなで塔を下りましょう。そしたらわかるわ」


 美浦に促され塔を降りる。螺旋階段の吊るされた歯車達が上下にキラキラと可動していた。

 これが歯車の効果なのだろうか。



 外に出る。

 世界は目まぐるしく動いていた。太陽が昇り、追いかけるように月が昇る。瞬間夜になりまた朝日が出てくる。

 仕掛け時計のような世界が目の前に広がっていた。

 これこそが歯車の力なのだろう。


「おいおい、こりゃすげーな。こんなすぐに時間が回っちゃったら生活するの大変だろう」


 仁雄が呑気な心配をする。


「ほっほっそりゃ尤もだが、お前達がここを去ったら私が処理をしておこう」


 何処から現れたのか、お爺さんが立っていた。


「あっ、画材屋の爺さん!」


 やはりこの人がそうなのか。どこかで会った事のある、そう思わせる不思議な雰囲気を持ってはいるが悪人ではなさそうだ。


「聞きたいことや、言いたい事はあるだろうが今はその時ではない。その少女を連れて元の世界に帰りなさい」


 何もかも知っているような話ぶり。しかしきっとそうなのだろう。


「爺さん何か知っているのか? なら……」

「仁雄、今はそういうの置いておこう。言われた通り僕らのすべき事だけをしよう」

「え、あー、おう!爺さんいろいろありがとうございました!」


 仁雄はすかさず謎の爺さんに挨拶を済ませる。


「そうね、残念だわ。でも今は仕方ないわね。それじゃ帰りましょうか。私たちの世界へ」


 美浦はそう言うと少女の手を握った。


「どうやって帰るの?」


 少女は再び美浦に問う。


「帰り方にはそれぞれあるけれど、基本的にはお芝居と同じよ。この虚構の世界を終わらせるのは」

「それってどういうこと?」


 その問いに僕が答える。


「お芝居が終わる時カーテンコールがあるだろ、出演者が出てきて挨拶をするやつ。それが終わると、客席の電気が付く。そこで観客は現実に戻るのさ。隣の席の顔がはっきり見えたり、出入り口が開いたりしてな」

「それが虚構の終わりなのね。でもそれって外部からの刺激が必要ってことよね?」

「賢いな、その通りだ。でもそれは君が観客の時だ。今回は出演者側だ」


 少女はきょとんとした顔で聞いている。


「出演者だとどうやって芝居が終わるの?」

「それぞれ方法があるって言ったのはその為さ。仁雄なら仁雄の、美浦なら美浦の終わらせ方を持っている。まあ、簡単に言えば役目を終えるということだな」

「役目を終える…」

「仁雄ならフィナーレを踊りきるとか、美浦なら最後の台詞を語るとか、それぞれ虚構の世界から出る方法を持っている。」

「君ならどうだろうね、もう役目を終えていると感じているなら芝居に倣ってカーテンコールでもしてみるか?この虚構の世界に対して最後の挨拶だ」


 それを聞いて謎の爺さんが口を挟む。


「良いじゃないか、私が歯車を操作しよう。良いタイミングで挨拶してやってくれこの街に」


 そう言うと爺さんは塔の中に消えていった。


「変な爺さんだよな。きっと何か知ってるに違いないんだぜ」

「それも含めて虚構の世界なんだろ」

「それにしても良いタイミングってそんなはっきりわかるかしらね」


 世界は相変わらず目まぐるしく動いていた。が、その速度がゆっくりしてくる。そして時が止まる。


 夕焼けの街だ。


 爺さんの見せたかった街なのだろう。今日が終わろうとする綺麗な画だ。


「みんなこっち向いて!」


 僕の呼びかけに振り向く仁雄と美浦と少女。

 僕はシャッターを切った。


「だからいつも突然なのよ山水は。そんなんだと嫌われるわよ」

「でも良いの撮れたから、さっ、カーテンコール、挨拶しよう」


 そう言って僕らは手を繋いだ。少女も一緒にだ。そして夕陽に焼けた街に向かって頭を下げた。





 僕たちは笹竹商店街に戻っていた。もう夕方になっていた。


「みなさん!」


 振り向くとリリイが時計台の下に座っていた。どうやらリリイはずっと商店街にいたらしい。


「心配しました、気づいたら皆さんいなくなっていて。でもきっと虚構の世界に行ってたんですね、それでその世界は私の世界はどんなところでした?」


 リリイの言葉に僕たちは細かく答えた。そしてきっとリリイの問題は解決に向かうと、何かわかったら連絡をしてくれと伝えた。



 こうして、一見なんの意味もないような虚構の世界の一枚を手にして僕らはまた生きていくのだろう。


 後日リリイから手紙を受け取った。


 今度アメリカから双子の姉が来るそうだ。十年近く会っていないが、皆さんとも会いたいと言っているので是非お願いしますとの事だ。


 僕は美浦と仁雄に連絡をして、リリイへの返事を書くのだった。


 終わり












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輪郭の無い空はモネのような 枯三水 @ssaannkkaa

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