「演劇とペスト」三

「俺はさ、もう会えないんじゃねぇかって思ったわけさ。だから一足先に戻ろうかなって、曲かけて踊ろうと思ったのよ。っしたらさ『お困りのようじゃな』って。物語の主人公みたいだろー。早とちらなくて良かったぜ、お陰で全員集合しかもこの世界の住人の姿まで得られたんだからよ! これは日頃の行いかな? 今回はガンガン役に立てる気がするぜ」


 要領を得ない仁雄よしおのあらすじを一気に受け取る僕と美浦みほ。なんなら美浦は話し半分も聞いていないようなリアクションで目の前にある紅茶をすすっている。


「仁雄は毎回役に立っているし、仁雄が嬉しいのもわかった。でもなんで仁雄が俺たちを見つけて、こうして出会えたのかが全くわからないんだが……」

「そうだろそうだろ!つまりな、俺に声をかけたのがここの店主で、その店主の指示がバッチリはまったってわけ」

「クッキーも店主さんの指示なの?」


 美浦が尋ねる。


「ご名答!『実体を持たないものに実体を与えるにはこの世界の物を食べさせると相場は決まっている』ってね」

「その店主さん何者なのかしらね、後で挨拶したいわ」

「それがいいと思うぜ、でもさっき外出するって言って今はいないから後で帰ってきてからになるけどな。でもおばちゃんが下にいるからその紅茶とおやつの礼はしてくれよな」

「それで仁雄はどこにいたんだ? 同じ場所に来ていなかったみたいだけど」


 仁雄はその質問にぽりぽりと頭をかきながら答える。


「それなんだけどどうやら俺だけ三日くらい早く着いてたみたいなんだよな。山ちゃんと美浦は今着いたんだろ?」

「今っていうかさっきね。二、三時間くらい前じゃないかしら」

「三日もずれるなんて初めてじゃないか? よほど仁雄と相性が良い世界なのかここは」

「俺は別にこんなイタリアみたいな所に愛着あるわけでもないけどな。まあ街の雰囲気は好きだけどよ」

「あら私も街の雰囲気は好きよ。それでそんなに差があるなんてずるいじゃない」


 謎の対抗を燃やす美浦。間に入る僕。


「もちろん好き嫌いで虚構の世界が贔屓したりはしないと思うが、調べる価値はありそうな話しだよな。暇があれば」

「そうよ暇があればね。でも私達の目的はまだ達成してないでしょ、リリイちゃん見つけなきゃ」


 その言葉に勢いよく食いつく仁雄。


「そうそう、それなんだがよ。リリイちゃん来てるかどうか怪しくないか?」


 仁雄のいきなりな発言に面食らう僕と美浦。いや、美浦は予期していたのか少し何か考えているようだ。僕は仁雄に反論する。


「それはどうだろ。ここはリリイちゃんの葛藤や悩み、つまりは心を足がかりにして創られているわけだし、その本人がいないというのはあり得るか?」

「でもよ足がかりなだけでこの世界の支配者じゃないだろ。もちろんリリイちゃんが望んだり、心が囚われたりした世界なんだろうが、それは数多あまたある虚構の世界のうちの一つで、誰もが持っている可能性があり、想像しうる世界で、リリイちゃん一人のものではない……だろ?」

「それはそうだが、いないっていう根拠があるのか?」


 仁雄は何か知っているのだろうか、先に来たアドバンテージがあるのかもしれない。


「まあ根拠というか、あの笹竹商店街で最後に写真を撮った瞬間なんだけど……」

「続けて」


 美浦が話を促す。


「おっおう、あの瞬間俺にはリリイちゃんがしっかりと見つけたようにみえたんだよな。自分をちゃんと見つけて、あの広場に立っていた。影の自分を忘れてしまっていた自分を思い出したというか……ああいい絵だな思ったわけよ」

「確かに、渾身の一枚だと思う。おかげで虚構の世界も創り出せた」

「それってつまりよ、俺たちがここに来て探すべきものを先にちゃんと自分で掬い上げたってことだろ。もうここには探すべき自分なんていないんじゃないかなって思ったわけだ」

「成る程な」

「俺もさ、この三日間山ちゃん達を探すのと並行してリリイちゃんの手がかりを追ってみたんだけれど、この世界はなんていうか安定しているんだよな。影の住人だけれど、それは裏返しなだけで世界として不安定さがない。孤独感や絶望感、圧迫感違和感がないんだ」


 仁雄の言っている事は最もだ。僕たちが虚構の世界に入る時は大抵その足がかりになった人物の内面が世界に影響を及ぼしている。その為問題に直面するまでそう時間はかからない。その殆んどがネガティブなものだから尚更ではある。しかし、どこか仁雄の話には一抹の不安を覚える。


「もちろん絶対にいないと決まったわけじゃねえ、これからひずみが起こるのかもしれない。それはわからないけどよ、その可能性も少なからずあると俺は思うぜ」


 主役不在の世界。もしそうだとしたら僕たちがここにいる意味はない。『ヴィールス』を探し出すにもどうしても主役が必要なのだから。

 僕が黙って考えていると、


「山水が会った少女が気になるわね」


 美浦がポツンと言葉を放った。


「えっ山ちゃんリリイちゃんに会ってたのかい?」

 仁雄が早とちりを披露する。

「リリイちゃんかどうかわからない。後ろ姿だったし、もっとこの世界に馴染んでいる様子だった」

「つっても影の住人以外の人物なんだろ?『ヴィールス』かもしれない」


 僕もほぼ同じ意見ではある。美浦の顔をみる。


「いいんじゃない、まずはその少女を探し出す。リリイちゃんの影響があるかどうかはそれでわかるでしょ」



 主役を見失った哀れな僕らは、とりあえず意見を一致させた。

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