「演劇とペスト」二
美浦は神殿の前で踊っていた。
踊りというよりはムーブメントだろうか。何か口ずさみながら、華麗に妖艶に手足、身体を動かしていた。
「あら、案外戻ってくるの早かったわね」
僕の姿を認めると彼女はそう言った。
「暇だから次の芝居でやる動きと台詞確認していたのよ、動きながらポイントポイントで喋るの。結構難しくて困っちゃうわ」
美浦はそう言いながらも満足そうである。しかし暇だというのだから、神殿の中は成果がなかったのだろう。
「それより山水、顔色悪いわよ?なにかあった?」
僕の気落ちを察したのか彼女が尋ねる。
「塔に登ったら窓から少女が落ちていった。『今更来てももう遅い』って言いながら」
「あら、それは相当にショッキングな体験ね。でも人間じゃなかったんでしょ?」
「ああ下を見たら何もなかった。しかし目の前で人が落ちるっていうのは良いものじゃないね」
「その少女ってリリイちゃんかしら?」
「わからない、でももっと幼いように感じたな。もしかしたら『ヴィールス』かもしれない」
「『ヴィールス』ね。神殿の中は誰も居なかったし、特に目立つ何かもなかったわよ。でも少しずつ影が動き出しているみたい」
彼女はそう言うと、側の石段に腰掛けた。
「影?」
「そう。この世界の住人じゃないかしら。私の事なんて気にも止めないでいたわ、ほらあそこにも」
彼女の目の先、通りの反対側を見ると確かに影が動いている。
「そうか、この世界じゃ僕たちが影みたいなものなのかな。これじゃ会話もままならないね」
「このままじゃラチがあかないわね、気になるのはその飛び降りた少女とリリイちゃん、後あの筋肉バカね」
「そうなんだよな、そろそろ仁雄とも合流したいし。でもこの世界も影が動いて活動し始めている、何か取っ掛かりは掴めるんじゃないかな」
僕の楽観的な意見に眉をひそめる美浦だが、その表現が変わる。
「美浦、変な顔になってるぞ」
「変な顔とは失礼ね訴えるわよ。それよりその影……なんかあんたの周りウロウロしてない?」
自分の周りを見てみる。
「わっ!なんだこいつ。なんだ離れないぞ!」
「懐かれているんじゃない?」
ケラケラと笑う美浦。
「笑ってる場合か!ん?でもこの影俺を認識しているのか?」
「そうみたいね。ほら、付いて来いってことじゃないかしら?」
影は美浦の言う通り、僕たちを案内してくるれようだ。少し前を動き、僕たちが来るのを待っている。
「渡りに船じゃないけれど、今は影の言う通りにしてみるか」
「その影一言も喋っていないけどね」
美浦とそんなやり取りをしながら影について行く事にする。
影はずいずいと街の中を進んで行く。気づくと人通りも多くなっていた。いや影通りと言った方がいいのかもしれない。
イタリアを思わせる石畳みに石造りの建物。簡単に布を貼った商店。ふとした路地裏なんぞは妙にそそられるものがある。しかし、今はそんな気持ちにかまけている時間はないようで、影は道草を食うことなく僕たちを街の一角に連れてきた。
そこは画材屋だった。イーゼルやキャンバス、絵の具やペンキ、筆などが置いてある。
影がとびらを開けると、なにやらもう一人影がやってきて話し込んでいるようだった。話しが終わったのか、影が店の中に入り、奥の階段を上っていく。僕たちもそれに習い二階へと上がった。
二階にはいくつか部屋があり、その一つに影は入っていく。そこはこの影の持ち部屋だろうか、ベットや机のある宿の一室のような部屋だ。
僕たちが部屋に入ると影は部屋を出て下に下がっていった。ここで待てという事なのだろうか。
「ねえ山水、ここまで来たのは良いけど話せないのはやはり不便よね。私には一向に意図がわからないわ」
美浦はそういうと近くにある椅子に腰掛けた。
「俺にも意図なんてわからないよ。ただこの影は何か知っていて、僕たちをここまで連れてきた。もう少し待ってみよう」
「でも良い雰囲気の街よね。動いているのが影じゃなきゃ、ヴァカンス気分になれるのに」
美浦は心底ガッカリといった風に窓の外を見る。
「虚構の世界に来てヴァカンス気分だった事なんて一度でもあるか?期待しない方がいいんじゃない」
「だから言ってるの。たまには心地よい虚構の世界があってもいいじゃない、いつも探し物ばかりでゆっくりしていられないし」
「今回もそれは同じさ、結局何か探すために僕たちはここにいるんだから。リリイちゃんの事忘れてないよね」
「忘れてないわよ、意地悪言わないで」
彼女はぷいっと窓の外に意識を移してしまった。
「ゴトッ」
少しすると、影が何かを持ってやってきた。僕たちには見えない何かだ。どうやら机の上に置いたらしい。
「なにかしらね?」
首をひねりながら僕を見る美浦。
「さあ、なんだろう」
影を見ると、なにやらジェスチャーを一生懸命している。
手が顔に行ったりきたるするような動作
「食べろって事じゃないかな、これは」
「触れるの?見えないけど…」
恐る恐る手を伸ばす美浦。
「あっ何かある。掴めるわ」
影はその様子をじっと見守っている。
「こういう時はあなたが先に食べるものよ」
そう言って僕にその見えない何かを差し出す美浦。
「こういう時ってどういう時だよ。まあ先に食べるけどさ」
仕方なくその見えない何かを口に運ぶ。
「あっ美味しい。クッキーかなこれ」
「あら本当? それじゃいただきます!」
美浦も僕にならいその見えないものを口に入れる。
「うん、美味しい!」
「ようやく会えたぜー!」
そこには仁雄が立っていた。これは驚いた。一体全体どういうことだろう。
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