第8話 犯人はお前だ
◆◆◆◆
昨日、会社でも家でも自分の周囲の人間にタイムリープの犯人がいないかを検証してみた。
けれども、誰も彼も世界や人々の命を救いそうな人間じゃない。
そもそもそんないかにも勇者みたいな人間がこの現代社会に存在するのかわからないが。そんな些細なことは気にしないでおく。
「いいかね、時枝さん。朝礼というのは部署内の情報共有において非常に大切な…」
そんなことを考えていたのが悪かったのか、心あらずな巡に気がついた部長が朝礼後彼女を呼び出しうんたらかんたらと説教を垂れてきた。
風が吹けば荒野となりそうな頭や、バルーンでも仕込んでいるのかと疑いたくなるお腹から目をそらしグレーのカーペットを一心に見つめる。
面白くも何ともないが、精神衛生的にマシなただの床を眺めながら、この後の流れを計算する。
今は9時25分。
この説教は9時35分に終わるから、後10分か。
ちなみに、部長は「この説教は9時35分までだから」と宣言したわけではない。
説教は何分間だと事前に告げる人間は中々いないだろうし、巡の目の前にいる部長もその稀有なタイプの人間ではない。
なぜ巡が終わる時間を知っているかと言うと、この説教をすでに3回受けているからである。
タイムリープの犯人探しに気をとられ、業務時間内にぼうっとしていたのは確かに巡が悪い。
しかし、9時35分にようやく開放された瞬間にまた説教の始まる9時25分に逆戻りする体験を3度も続けると真剣に聞く気も失せるというものだ。
4回目ともなると、大体台詞も覚えてしまっていた。
うな垂れるふりをして、腕時計を盗み見ながら早く時間すぎないかと暢気なことを考える。
「お客様の前ではこんなことが無いように気をつけなさい。もう席戻っていいから」
「はい、申し訳ありませんでした」
額の汗を拭いながらふうふうと苦しそうな息を吐いて締めくくった部長に一礼する。
9時35分。
4度目の正直となったようで、視界にノイズははしらなかった。
やっと仕事始められる、とスリープ状態になったパソコンを立ち上げると横から声がかかる。
「時枝さん、体調とか大丈夫ですか?」
「え?」
「いや、まだ客先には時枝さんについてくことしかできないですけど、事務作業とかならもっと俺できますし、投げていいっすよ」
ひそ、と声のボリュームを落として気遣うような顔をする新田に苦笑する。
「体調が悪いとかじゃないから平気。ありがと」
新人のくせしてこんな気遣いができる新田は、来年度からやり手の営業マンになりそうな将来をひしひしと感じさせた。
しかしその感動は長くは続かず、
「…なーんだ。単に部長の話聞いてなかっただけなんですね」
一転して、朝礼中何考えてたんですかぁと新田は目を細めてにやにやとからかってきた。
新人のくせして本当に図太い神経をしている。
私の感動返せとイラつきながらも、表に出さないようににっこりと笑顔であしらう。
やっぱり新田がタイムリープの犯人ではなかろうか。
こういうイイ性格をしてるやつが何だかんだ世界を救う。かもしれない。
さらりとあしらわれても、それすら楽しいのだと言わんばかりに無邪気な顔して笑う新田は、上機嫌に指示された書類を作成している。
もっとも彼が不機嫌なところは入社してから一度も見たことがない。
ミスをしたら落ち込んだ様子はみせるものの、誰かのせいにして怒ったり、ふてくされたりという様子はみたことがない。
巡がよく知る新田という新人は、だいたいへらへら笑っている。
あの子犬のような「かまって!」という笑顔に警戒心を持つ人などいないだろう。現に、社内に限らず客先でもかわいがられている。
更に、巡に対してはあの禄でもないことをいうにやにやという表情をしばしば見せてくる。そして、あしらうとなんだかへらへらというよりニコニコと上機嫌な笑顔を見せる。
適当に処理されて上機嫌になる理由はわからないが、とにかく新田は新人らしからぬ、色んな意味でイイ性格をしている。
そんな煽ってくるやつが正義の主人公だなんて思いたくなかったから容疑者から外したけど、むしろ地球に危機が迫ってもその鋼のメンタルで楽々のりこえてそう。
むしろタイムリープ能力なんておもしろいもの、いい玩具として遊んでるんじゃない?地球救う片手間に。新田君要領いいしな…。
…やりそうだ。めちゃくちゃやりそうだ。
そう思うと急に全てのことが腑におちてくる。
一日に何度もタイムリープすることも、1回のタイムリープを執拗に繰り返すのも、間抜けにも同じ行動をしている周囲を楽しんでいたのではないだろうか。そのうち何回かは地球の危機のためだったのかもしれないが。
証拠は何ひとつないが、こうなるともうタイムリープの能力者は新田としか思えなくなってくる。
犯人は、お前だったのか!新田ぁ!!
探偵のごとく指差して暴くどころか、胸ぐらつかんでガクガクと揺さぶってやりたい気持ちである。ついでに、鍛え上げたこの拳でコークスクリュー・ブローをかけてやりたい。
しかし、全うな社会人であり、築き上げた外面を職場でかなぐり捨てるわけにもいかない。
仕方ない、今はこの拳を収めてやろうと巡は密かに握り締めていた拳を開いた。
メールのチェックをしながら、顔も見ずに一言伝える。
「新田君、お昼屋上に来て」
「何ですかそのまるで校舎裏に来いみたいなトーンは…。いいですけど」
まるでではなく、気持ちは校舎裏に呼び出す不良そのものである。
犯人さえわかれば、もうこのタイムリープ問題は解決したも同然だ。
このストレスフルな日常から開放されると思うと、気分も高揚する。
高笑いしたい気持ちがにじみ出ていたのか、横にいる
「この先輩なんかよくわからないこと考えてるな」と思いっきり顔に出している。いつもであれば一言物申しているが、寛大な気持ちを持って見なかったことにする。
お昼にはそんな態度いっぺんさせてやるんだから!
この黄金の右手でな!
ふ、と不敵な笑みを浮かべて、巡は黄金の右手でマウスをダブルクリックした。
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