第5話 How to use This タイマー(タイムリープ機能付)

◇◇◇◇


どうやら誰かの命を助けることも、世界の滅亡を救うこともしなくていいようだ。

だったら、もう自分の好きなように、自分のためにタイムリープ能力を使っていいんじゃないか。


悶々と考え続け朝を迎えた進は、開き直ることにした。


タイムリープの力があれば、進のドジや不運から起こる失敗なんて簡単にやり直せる。

「ひとつの間違いも犯さない完璧な時枝進」になることができるのだ。

周囲から失笑されることもないし、心優しい友人を心配させることもない。そして好きな子の前で、かっこいい自分でいることができる。


タイムリープ、なんて素晴らしい力だろうか。

ただ、その力を発揮するためにはタイムリープ能力を持っているタイマーの性質をきちんと把握する必要があるだろう。

現に、MINボタンを押しても60分以降は加算されなかったことから「60分以上前に戻ることができない」といった制限があることを、進は手にした初日偶然知ることができた。


いざという時、制限がかかって使用できないなんてことにはなりたくないし、色々試してみよう。


プレッシャーからも開放され、未知の能力にわくわくした気持ちを抱きながら、進は軽い足取りで学校へ向かった。


◇◇◇◇


その日の金曜日、そして週明けの月曜日と火曜日の合計3日。

進はたっぷり時間をかけてタイマーの機能を調べた。


ちなみに土日は姉の巡の買い物につき合わされて貴重な休日は儚く消え去った。

姉の買い物についていくと荷物はもたされるし時間は潰れてしまうが、唯一ご飯やスイーツを奢ってもらえることが進にとってのメリットだった。

タイマーの機能を調べることは週明けでもできるが、おいしいご飯とスイーツは姉に連れて行かれた時にしか食べられないのである。天秤がどちらに傾くのかは明白だ。


3日も時間がかかってしまったのは、タイムリープするタイミングが中々訪れずためらっていたわけではない。

タイムリープできる未知の機械を前に慎重に事を運ぼうとしただけである。

情けないことだが、タイムリープしたいと思う場面は一日に何回もあったため、実験材料に事欠くことは無かった。


登校から下校までの間、何十回、何百回とタイマーを使用し満足するまで実験を繰り返した進は、ようやくその機械の能力を正しく把握することができた。


ひとつ。

タイムリープできる時間は5分刻みで、最大60分前まで過去に戻ることができる。


タイマーのMINボタンを1回押すと05分00秒とディスプレイに表示されるので、1分ごと等細かな指定はできないようだ。秒にいたってはボタンもない。

また、MINボタンを12回連打した後は60分00秒から表示が変わらないため、60分より前に戻ることはできないようだ。


ふたつめ。

タイムリープに使用回数の制限はない。


例えば、15時から14時にタイムリープをしたとする。しかしやりなおし1回目で成功しなかった場合、再び15時から14時に戻って再チャレンジすることが可能である。

進は17回15時から14時を繰り返し、18回目にようやく1ドジ回避に成功した。意図して回数を重ねたわけではないが、同じ時間を何度も戻ることは可能なのだと身を持って理解できたのだった。


みっつめ。

タイムリープの二重使用はできない。


13時30分に起きた失敗を帳消しにしようとして、15時にタイムリープを試みたとする。この場合遡らなければならない時間は90分だが、タイマーの最大時間を超えてしまう。

そこで15時から14時に遡り、更に14時から13時30分へ戻ろうとしたが、タイマーは作動しなかった。

15時から14時に遡り、14時30分になった時点で60分前に遡ろうともしたが、これも不発。

つまり、どんな手を使っても60分より前に戻ることはできない。


また、14時30分に起きた失敗を帳消しにしようと15時から14時へ60分戻るとする。

14時から時を重ね14時30分にした失敗を回避した後、14時40分に1度目には無かった失敗をした場合。

タイムリープを起動しており二重使用となるため、14時40分の時点で14過去に戻ることはできない。また、15時になった時点で60分前ではなく20分前の14時40分に直接戻ることもできない。

一度15時から14時のような60分前に戻った場合は、その15時から14時の間に限りタイマーは60分以外セットすることができないようだ。


なお一度15時から14時に戻り、本来消したいはずの失敗が起きた14時30分より前の14時10分に一度目・二度目にはなかった失敗をした場合も、14時10分の時点で14時に戻ることはできない。

ちなみにその場合、14時30分や14時40分の失敗は存在したり存在しなかったりと状況が変化していた。


タイムリープを60分毎ではなく、10分毎等小まめに使って見た場合。

基本的には60分の際と使い方は一緒で二重使用はできない。

例えば14時10分の失敗を帳消しに、14時に戻る。2回目の14時から時を重ね、14時10分に無事失敗を回避したものの、14時15分にまた違う失敗をした。この場合、二重使用を避けた上で最短のルートを選ぼうとすると、14時16分まで待って、14時11分に戻ることになる。

そして14時10分から14時へ戻り、14時16分から14時11分へ戻った後、14時17分に失敗をしてしまうとその失敗を回避するのは少し困難になってしまう。

14時から14時10分・14時11分から14時16分はタイマーを使ってしまっているため、たとえ14時22分まで待っても戻ることができるのが失敗をしてしまった14時17分その時間にしか戻れないのだ。これは何もタイマーを10分毎に使う時だけではなく60分毎に使っていても言えることだが。

咄嗟に回避できる類の失敗ならそれでも構わないだろうが、もし進が自転車に猛スピードで乗っていたとして14時17分が事故にあった時刻ならば、その瞬間に戻ってブレーキを踏んだとしても事故は回避することはできない。


60分前に戻るか、こまめに戻るか、うまく見極めなければせっかくのタイムリープの力も無用の長物となるだろう。


よっつめ。

当たり前のことだが、進がタイムリープの能力を手にしたところで、進本人のスペックは何ひとつかわっていない。


時を戻ったところで、運動神経は変わらないためまわりをあっと驚かすプレーができるわけがない。

頭のつくりも変わらないため、難解な問題をすらすら解けるようになるわけでもない。

異性にモテモテになるわけでも、対人関係が劇的にかわるわけでもない。


しかし、それらは進にとっては些細なことだった。

何度もやりなおして、「ドジをしない自分」がつくれるなら満足なのである。

ドジをしなければ、モテモテにはならないだろうけれども周囲の目は変わるだろう。

ドジをするたび爽真に対して感じていた申し訳なさも解消され、普通の友人として隣にいることもできるだろう。

進が想いを寄せている清田に運動神経抜群とか成績優秀になってかっこいい姿をみせることができないのは残念だけれど、ドジをしているみっともない姿は晒さなくてもすむ。


タイムリープはあくまで過去に戻るだけ。

あの時ああしていればちゃんとやれていたかも、と思って過去に戻ってうまく修正できるとは限らない。

同じ失敗をすることもある。

1度目や2度目になかった新たな失敗をすることもあり、何度も同じ時間をタイムリープ必要もあった。

しかし、進は粘り強さなら自信がある。


戻る時間とタイミングさえ見誤らなければ、自分の人生は以前までとは違うものになる。


夢と希望に溢れた未来とはこういう感じなのだろう、と進はオレンジ色のタイマーを大切そうに撫でた。

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