第4話 僕は主人公
◇◇◇◇
タイムリープ。
漫画でよく見かける設定だ。
ある日突然タイムリープの能力を手に入れた主人公は、危機的状況を打破するために活用する。その状況は例えば、地球滅亡の危機だったり、幼馴染の女の子が命を落とす危険からだったり。
何度も同じ時を繰り返し、あの手この手で未来をハッピーエンドに変えていく。
そんな大それたこと、僕にできるだろうか。
何せ自他共に認める不運とドジのプロフェッサーだ。そんなプロいるのか知らないが。
成績も平凡で、運動神経はどちらかというと悪い方に分類される。
このドジにつきあってくれる稀有な友人も片手で足りてしまう。
どう転んでも主人公って柄じゃないのに。
そんな僕が、誰かを救うことなんて…できるのかな。
底知れぬ不安と、そして特殊能力を得た非現実的な状況による高揚感がない交ぜになったまま、進はタイマーをもって登校した。
いつも以上に注意力散漫になった進は、登校するまでに1ドジどころか5ドジほどやらかしたが、それでも大した怪我もなく教室にたどり着いた。
タイムリープなんて能力を手にした割には、昨日までとなんら変わらない登校だった。
「おす、進。…なんか朝からすでに疲れてないか?」
「おはよう、爽真。昨日ちょっと夜更かししただけ」
なんだ眠いだけか、と白い歯をキラめかせた爽真は清涼剤のCMのような爽やかぶりだ。
五体満足、心身ともに健康そのものである。
登校中、爽真がトラックに轢かれて死亡…なんて想像もしたが、杞憂に終わったようだ。
「タイムリープ能力を持った主人公枠である進と一番仲のいい友人」は命の危機に瀕するお誂えな肩書きだと思ったが、彼の死を回避するといった展開には今のところならなさそうだ。
爽真の性格的にも、道路に飛び出した子供や犬猫を庇って…というシナリオは十分ありえると思ったけど…。
いやいや、友人の身に危険が迫らないのが一番に決まっている。
何を考えているんだ僕は。
不謹慎な想像に頭をふった進は、じゃあ次はどんな展開が想像できるだろうかと思案する。
一時間目の生物の授業が始まり、惰性で前を向いていても耳には全く教師の言葉が入ってこない。
左手で頬杖をついたまま、進は植物の図が描かれた緑色の黒板から、ふいっと入り口のドアへ視線を移した。
もしかしたら、今この瞬間にあのドアから謎のテロリストがやってくるかもしれない。
ミリタリー服にライフルとかピストルを持ったいかつい奴らが6人ほどやってきて
「この教室は俺たちが占拠した!殺されたくなかったら言うことを聞け!」
と濁声でわめき散らす。
普通の高校の、それも何でうちのクラスが狙われたかは不明。そんなものご都合主義というものだろう。
威嚇に一発パン、と放たれた銃弾に、先生もクラスの奴らもキャーキャー悲鳴をあげて教室の中央に集まる。
前方と後方のドアにはすでにテロリストが1人ずつ前に立っていて、残る3人は教壇で怯える皆に向かって「静かにしろ!」と怒鳴ってくる。
塊になって震える生徒をみたテロリスト達は、その中から更に人質をとろうと腕を伸ばす。
人質に選ばれるのは…そう、クラス一かわいい
僕がひそかに思いを寄せている女の子。
大人しそうな顔立ちだけれど、意外にも度胸があって自分の意見をはっきり言う彼女はテロリストに抵抗する。
「いやっ、放してっ」
「うるせぇっ。おとなしくしろ!」
激しくもみ合ううちに、テロリストが誤って引き金をひいてしまう。
パン、と軽い音をたてて撃たれた銃弾は、清田さんの心臓に吸い込まれた。
「うっ…」
彼女のうめき声に、テロリストは
「お、おとなしくしないからだ…」
と、うろたえた様子で手を放す。
支えを失った清田さんは床に崩れ落ち、どくどくと流れる血で彼女の制服や、教室の床を赤く染める。
僕はその光景を呆然と眺め、後悔する。
もみあっている時にテロリストから銃を取り上げていれば…。
いや、彼女が選ばれた時に、代わりを申し出ていれば…。
そもそも、テロリストが来る前に何か対策をしていたら…。
あの時行動していたら、彼女を危険に晒さずにすんだかもしれないのに。
こんな未来、ダメだ。変えなくちゃ!
その決意のもと、オレンジ色のタイマーを手に握り締めてタイムリープ能力を発動させる。
何度だってやり直してやる、それで好きな人を助かるなら…。
そこまで考えたが、結局その日の授業中にテロリストが襲撃することはなく、ただの妄想で終わってしまった。
事件どころか、妄想に忙しくノートをとっていなかったことを注意されたり、あてられたことに気がつかなくて怒られるような、無駄な恥をかいてしまった。
清田さんにみっともないところをみせてしまうなんて不運だ、と進は肩を落とした。
下校時。
今度こそ何か起こるかもしれないと進はきょろきょろ周囲を警戒しながら家に向かった。
しかし未曾有の大災害はもちろん、事故や火事など何ひとつ遭遇することなく家にたどり着いた。
ドジふんでアスファルトの上ですっころんだ以外は、特に何も起きず街は平和そのものだった。
じゃあ一番身近な家族に危険が迫っているのかもしれない。
進はそう思ったが、母はてきぱきとコロッケを揚げていたし、父はビール片手に枝豆をちまちまと食べていた。姉は夕食後に「肩」と進に声をかけてきた。普段どおりの家族達だ。
ちなみに、巡の「肩」という一言には「肩を揉んでお姉様を労われ」という意味が隠されている。進はいそいそと姉の座るソファの後ろに立って肩を揉んだ。
弟に断る権利などないのである。
25の女の肩とは思えないほどゴリゴリに固まっている筋肉をどうにかほぐし、姉から開放された進は、ソファにずぶずぶと身を沈めてニュースを眺めた。
どこそこの会社が横領問題を起こしていただの、政治家の発言が炎上しているだの、身元不明な死体が郊外で発見されただの碌なニュースがない。しかし見慣れたニュースだ。
後数時間で地球めがけて巨大な隕石が落ちてくるとか、地球滅亡の危機が予言されただとか、進が期待した非現実的なニュースが報道されることはなかった。
そうして非凡な力を手にした進は、何の変哲もない平凡な1日を終えた。
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