第6話 アンドロイドは期待する!
郷土史研究会の部室として利用申請されている教室で、青いメタリックなヒーローと黄色いメタリックな犬が、瑛士とナナコと紗菜と向かい合うように立っていた。
「紗菜さん、はじめまして! 特救戦士ゲンブレインのリーダー・ゲンブレイヴと、サポートドッグのゲンブースターです!」
お決まりのポーズをとった後、玄武大学の非公認ヒーローは紗菜に向かって手を差し出した。
「はじめまして、ゲンブレイヴさん、ゲンブースターさん。文学部史学科二年、岡本紗菜です。よろしくお願いします」
意外なことに、紗菜は何の戸惑いもなくゲンブレイヴと握手を交わし、ゲンブースターの首のあたりを撫でた。ゲンブースターが「ぐるぐる……」と嬉しそうに唸っている。
そんな紗菜のリアクションに、ゲンブレイヴの方が面食らって彼女をまじまじと見つめていた。紗菜は不思議そうに首を傾げる。
「わたしの顔に何かついてます?」
「え、いや。その……私に引かない女性がいるなんて……しかもこんなに綺麗な女性が……って思って……」
ゲンブレイヴがつぶやくように言った。すると、今日は量産型女子大生モードに変形したナナコがニヤニヤと笑う。
「ちょっとちょっと~! ゲンブレイヴの素がちょっと出ちゃってますよぉ!」
「うっ!」
ゲンブレイヴはハッとしたようにオーバーリアクションで飛びのき、誤魔化すようにヒーローのポーズを取り直す。
「そ、それで紗菜さん! 私はこの瑛士くんに郷土史研究会がピンチだと聞いて駆けつけてきたわけだが!」
「はい。実は……」
紗菜は郷土史研究会の抱える問題を語った。
「なるほど、それは大変なことだ!」
「でも、こんなこと、ヒーローの方にお手伝いを頼んでしまっていいのかしら?」
「私は困っている玄武大生と子供達の味方だ! どんなことでも私を頼ってほしい!」
ゲンブレイヴは「任せろ」というように胸を叩き、ゲンブースターも「わふわふ!」とやる気に満ちた鳴き声をあげた。
その様子に、ナナコは「計画通り!」というように、ニヤリと笑う。
「ゲンブレインの活動は現状暇っぽいですし、ナナコの狙い通りにことが運びそうですね~」
そんなナナコのことを、紗菜は不思議そうな表情で見つめる。
「ところで、高宮くん、この女の子はどなた?」
「瑛士さんのカノジョのナナコでーす!」
嬉々として答える量産型女子大生・ナナコに、瑛士は凍りつくような冷たい視線を向けた。
「違う。彼女は……同じ経済学科の同期で、こういった揉め事に強いので連れてきた」
さすがに、この場で「彼女はアンドロイドだ」と紹介してさらに場を混乱させることを、瑛士は避けた。
そもそも瑛士としてはこんな揉め事に関わること自体が本意ではなかった。しかし、ナナコに「ゲンブレインと紗菜さんと両方にオフィシャルで面識があるのは瑛士さんだけじゃないですか! 紹介の場には瑛士さんが立ち会わないと!」と説得され、この場に来ることになってしまった。
ナナコが勝手に両者を引き合わすことを決めたのに、どうして自分がこんな面倒を引き受けなければならないのかと、瑛士は頭が痛くなる。
一方で、量産型女子大生モードのナナコを紹介されたゲンブレイヴと紗菜は、少し戸惑いながら彼女を見つめていた。
「以前、私が学内で出会った小学生の少女に似ているな」
「わたしの出会ったギャルっぽい女の子にも似ているわ」
ゲンブースターも訝し気に、くんくんとナナコのにおいを嗅いでいる。瑛士は気づかれないように小さく溜め息をついた。
「君が正体秘密の変身ヒーローみたいな状態になっているじゃないか」
「ぐ……誤算でしたー!」
コソコソ話す瑛士とナナコを、紗菜とゲンブレイン組が不思議そうに見つめる。
「ま、まあまあ! そんなことはいいじゃないですか! それよりも、今大事なのは玄武神社のお祭りの件ですよ!」
ナナコが言うと、「それもそうだ」と一同は郷土史研究会のピンチに話題を戻すことになった。
紗菜はエキゾチックな織物のカバンからファイルを取り出し、資料をみんなに見せる。
「玄武神社のお祭りの日から逆線表を引いて、資材の調達とか、自治会を通して保護者の皆さんへ案内を出す時期、子供神輿の製作期間をまとめてみたんだけど……どうかしら? あと、TO DOリストも作ってみたの」
「素晴らしい!」
資料を覗いたゲンブレイヴは手を叩いて称賛し、ゲンブースターも前足を机にかけて計画書を覗き込みながら尻尾を振る。
一同は紗菜の資料を叩き台に、あれも必要だ、これは不要だと話し合い――ただし、瑛士はほぼ沈黙を貫いていたが――紗菜がそれらの意見を反映した資料を作り直してまた集まることになった。
「ナナコ達もまたお手伝いに来ますね~」
「ありがとう! ナナコちゃん、高宮くん」
「ナナコさんに瑛士くん! またの再会を楽しみにしているぞ!」
「わふわふ!」
「お任せください!」
瑛士はナナコが勝手に進める展開に調子を崩されるばかりだった。
※
数日後、再び郷土史研究会の教室に集まった一同だったが、今日は紗菜だけでなく、ゲンブレイヴも資料を手にしていた。
「紗菜さん! この資料、君の役に立つだろうと思って作ったのだが、どうだろうか?」
「これ……ゲンブレイヴさんが?」
ゲンブレイヴが差し出したのは、子供神輿の図面と、製作手順をまとめたものだった。
郷土史研究会にサークルメンバーがきちんと来ていた頃に、すでに神輿の外観デザインは一応出来上がってはいた。ゲンブレイヴはそれをCADを使って前後・上下・横から見た図面に起こしたのだ。さらに、各パーツの形状や組み立て方法など、詳細に分解した資料も作ってあった。
「素晴らしいわ!」
「いや、実は瑛士くんにも手伝ってもらったのだ! 彼は文系なのに、初めて触るCADにもすぐ対応できていたな!」
「だって、瑛士さんはポテンシャル高いですから~」
ナナコは瑛士の腕に自分の腕を絡ませながら、誇らしげに言った。だが、瑛士は面倒くさそうにそれを振りほどく。
「僕はゲンブレイヴとかいう人の指示通りに動いただけで、そんなに大したことはしていない」
「そんな謙遜しなくてもいいじゃないですか~」
「そうだぞ! 瑛士くんは素晴らしい器用さと勘の良さを持っている!」
「はあ……」
ゲンブレイヴの称賛にも、瑛士はたいして表情を変えなかったが、代わりにナナコが嬉しそうに笑いながら瑛士の腕にもう一度飛びついてきた。
「うふふ! 謙遜する瑛士さんも素敵ですよね~」
結局、何でも理由にして纏わり付いてこようとするナナコに、瑛士は呆れるやら感心するやらで、彼女の腕を振りほどく気力もなくなるほどだった。
「ハハハ! 瑛士くんとナナコさんは仲良しだな!」
「でしょでしょ~?」
ゲンブレイヴの言葉が嬉しかったのか、ナナコはにこにこしながら絡める腕に力をこめ、自分の胸を瑛士の腕に押し付けるような格好になっていた。瑛士の顔のゲンナリ度がさらに上げたことには、彼女はまだ気づいていないようだが。
そんな彼らとは別に、紗菜はゲンブレイヴ主導で作成された資料を真剣に読み込んでいた。ゲンブレイヴは様子を窺うように彼女に声を掛ける。
「紗菜さん、子供達にわかりやすいかと思ったのだが……どうだろうか?」
「すごくわかりやすいと思うわ。わたし、一番の当事者なのに、子供達のために何を用意すべきか、考えが及んでなかったわ……」
しゅんと落ち込む紗菜の肩を、ゲンブレイヴが勇気づけるようにポンと叩いた。
「君は十分がんばっているじゃないか! ここに集った一人一人! それぞれがそれぞれの出来る能力を発揮すれば、どんな難敵でも倒すことができる! そうだろ?」
「ゲンブレイヴさん……ありがとう!」
顔を上げてにっこり笑った紗菜を見て、ゲンブレイヴは飛びのいて壁に張り付いた。そのあまりの速さに驚いたのか、ゲンブースターが尻尾を巻いている。
「ゲンブレイヴさん? どうかしたの?」
「い、いや……なんでもない!」
ゲンブレイヴは動悸を収めるように胸に手を当てながら、浅く呼吸を続けている。
「どうしたの、ゲンブレイヴさん? ご気分が悪いのかしら?」
紗菜が心配そうに間近で顔を覗き込んでくるものだから、ゲンブレイヴは「ひやあ!」と女の子のような声を上げてしゃがみ込んだ。紗菜はどうしたのかと首を傾げる。
そんな二人の様子に、ナナコは笑みを深くした。
「意外と乙女なんですね~、ゲンブレイヴは~」
ナナコは意地悪く笑いながら、うりうりとゲンブレイヴのメタリックな青い装甲の脇腹を小突く。
「うふふ! このラブコメ的な展開はいい感じですね~。ナナコも乗るしかない! このビッグウェーブに!」
何かを企んだ顔で怪しく笑うナナコに、瑛士はげんなりするばかりだった。
※
数日後、玄武神社祭プロジェクトメンバーは、学外に出られないゲンブレイン組を置いて、瑛士の運転するレンタカーで必要な資材を買い出しに出かけた。それらを学内の木工作業室に運び込む段階でゲンブレイヴとゲンブースターが合流する。今日も一人と一匹はいつものメタリックな装甲姿だった。
「よいしょっと~!」
キャンパス内の東の果てにある十二号館はところどころヒビの入った四階建ての建物だ。中には工作室がいくつも設けられており、工具や加工装置も揃っている。本来は芸術学部や工学部の学生が作業する場所だが、大学公認サークルも申請すれば利用することが出来た。
「では、作業を始めましょう!」
紗菜の合図で、資材の加工を開始する。人間達だけでなく、ゲンブースターも口を使って小さな材料の運搬を甲斐甲斐しく手伝っていた。
玄武神社ワークショップ(子供神輿作り含む)の参加者募集は、すでに地元の自治会や学校を通して広報済みだった。しかし、子供達と一緒に作業を始める前に、子供達が扱いやすいように材料をある程度加工しておくことが必要だろうと彼らは考えたのだ。
紗菜は装飾用のアクリル板やペイント材を取り分けながら、木材の加工に没頭するゲンブレイヴに声を掛けた。
「ゲンブレイヴさんは普段は玄武大の学生さんなのよね?」
「うん……」
夢中で木材にノコギリの刃を入れていたゲンブレイヴは、素の声で頷いていた。
数秒後、彼はハッとしてヒーローのポーズを取り直す。
「いや……えっと……玄武大二年の彼は、私の世を忍ぶ仮の姿という奴だな!」
「やっぱり同じ学年! 図面を作れるっていうことは、工学部の人なのかしら?」
「ヒーローは容易に素性を明かしてはならないのだ!」
「そうなのね。残念。この活動以外でもお会いできるかと思ったのに」
「へ……?」
「もしかしたら、共通科目で一緒の授業を受けていたかもしれないって考えたら、なんだかドキドキしてしまうわ」
「え……え……?」
ゲンブレイヴは落ち着きをなくし、動悸がひどいのか、また手で胸を押さえている。
そんな二人の様子を見て、ナナコはバンバンと作業机を興奮気味に叩いていた。
「お、おおお? おお! これはラブコメのビッグウェーブが来ましたね! 見ているこちらまでドキドキしちゃいます~! うひゃひゃ~!」
「君は少し落ち着きなさい」
瑛士は木材に加工用の穴を開けながら、興奮して奇妙な笑い声をあげるナナコを冷めた目で見つめる。
「えー、瑛士さんは二人を見ていてドキドキしませんかぁ?」
「特段しない」
「ちぇー。二人のドキドキにあてられて、瑛士さんもナナコにドキドキしてくれるっていう吊り橋効果を期待してたのにー」
「それは吊り橋効果とは違うのでは?」
怪訝な顔しかしない瑛士に、ナナコは心の底から残念そうに口を尖らせた。
「ナナコも早く恋のビッグウェーブに瑛士さんと乗りたいです~!」
「そんなことより、そこの鉋を取ってくれ」
「はーい……」
「それから、そっちのトンカチも」
「はい、どうぞ! ナナコ、瑛士さんのお役に立つの、とっても嬉しいです! どんどんナナコを頼ってくださいね!」
「……」
瑛士はナナコから道具を受け取ったり、片づけを指示したりしながら、黙々と作業を続けた。出来上がったパーツは紗菜やゲンブレイヴに確認してもらい、二人から感謝されたり褒められたりしながら、次の作業に切り替える。
そんな瑛士の姿を、ナナコは少し不思議そうに見つめていた。
「瑛士さん、もしかして皆との工作作業、意外と楽しんでませんか?」
「……さあ?」
いつもと同じ仏頂面なのに、いつもと違って否定の言葉は言わなかった瑛士に、ナナコは蕾が花開くみたいに笑顔をほころばせる。
「ナナコ的には、今、すっごいビッグウェーブ来た気がしてます!」
「なんだそれは」
溜め息をついた瑛士はナナコに背を向け、黙々と作業を続ける。その背中をナナコはにこにこ幸せそうに笑いながら見つめていた。
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