第5話 アンドロイドもまれに役立つ?

 大きな窓に囲まれた大学のお洒落なカフェテラス棟にて、太陽の明かりがキラキラと降り注ぐ席で瑛士はナナコと向かい合って座っていた。

 ここは学食とは別に学生同士のコミュニケーション増進を目的に建てられた建物であり、お茶や食事を注文しなくても利用することができることになっている。今、瑛士の前にはナナコお手製の弁当が置かれていた。


「なあ、瑛士。うちの弁当、さりげにウマくね?」


 ナナコは笑顔だが、瑛士は不可解な表情で弁当に箸を付ける。


「今日のそれは何キャラなんだ?」

「黒ギャル~。さりげエモくない?」


 そう言って、今日は肌をこんがりと焼いたギャル風のナナコが軽い調子で笑った。露出多めの服も、濃いめのメイクも、金色の髪も、ギャルらしくアレンジしてある。


「設定的には、周りの友達に合わせて派手な格好してるけど、実は純情で家庭的な部分があって、好きピにお弁当作ってきたりする……コレ、ありよりのありじゃん?」


 濃いアイメイクの瞳を細めて笑う黒ギャル・ナナコに、瑛士は冷たい視線を送る。


「そんな細かい設定を聞かされても、僕は特段何も思わない」

「それなー」


 ギャルっぽく同意したナナコだったが、やがて、バタンとテーブルに突っ伏す。


「あ~あ、やっぱりだめですかぁ。千分の一くらいの確率で瑛士さん、こういうの好きかな~って思ってやってみましたけど、そりゃ方向性違いますよね~」


 それまでの強気な顔から、ナナコはふにゃあと表情を崩して言った。外見は黒ギャルのままだが、どうやら性格だけは元のナナコに戻したらしい。

 ナナコは「はあぁ~」とわざとらしい大きな溜め息を吐きながら、周りの席を見渡す。


「あ~あ、いいな~。大学生カップルがめちゃくちゃいるじゃないですかぁ。みんなラブラブって感じでいいな~」


 ナナコの言うとおり、カフェテラスの半分くらいの席は男女カップルが占有していた。


「ナナコもここの皆さんみたいに、瑛士さんとお似合いカップルになりたいなぁ」


 ナナコはそう言いながら、チラチラと瑛士の様子を窺う。


「ねえ、瑛士さん、聞いてます~?」


 回答するのさえ面倒くさいらしい瑛士は、黙々と目の前の弁当を食べることに集中していた。


「うふふ! 瑛士さんってば、夢中でナナコのお弁当食べちゃって。そんなに美味しいですかぁ? 瑛士さんにナナコの手料理を気に入って頂いて、ナナコ、光栄です!」


 どんなに無視をしてもポジティブシンキングの崩れないナナコに呆れ、今度は瑛士が横を向いて溜め息をついた。


 その瑛士の視線の先に、一人の女子学生と二人の男子学生が揉めている光景が目に入ってくる。


「ねえ、田中くん、吉田くん、最近サークルに顔を出してくれないけど、何かあったのかしら?」

「いや、ちょっと授業とか忙しくて……」

「バイトとかさぁ……なあ?」


 心配そうな女子学生に対して、男子学生二人は決まりが悪そうに頭を掻いた。

 女子学生はきれいなウェーブのかかった長い髪を一つに束ね、アジアンテイストのワンピースを着た少し個性派な雰囲気の学生で、一方の男子学生達は普通に流行りの服を着たどこにでもいるような男子だった。


「もうすく玄武神社のお祭りなのよ。今年は地元の方々と協力してのイベントも企画していて――なのに、最近、誰もサークルに来ないわよね?」

「悪いけど、俺ら何もできねぇわ」

「もともと強制参加ってわけじゃないし」

「え……? 待ってよ、それは困るわ」

「つーかさ、怠いんだって」

「な。郷土史とか何が楽しいわけ?」

「え?」


 開き直るように言った男子学生達に、ウェーブの髪の女子学生は驚いたように目を見開いた。


「萩本教授と繋がりできるからって郷土史研究会に入ったけどさ、今年、退官って。ついてねえよな」

「なあ。教育関係にコネがあるっていうから、就活に有利かと思ったのによ」

「そのせいで女の子達もサークルに寄り付かなくなったし、行くメリットねえよな?」

「あ、もしかいて紗菜ちゃん、ヤらしてくれるの? だったら行ってもいいよ」

「何だったら、今からでもいいよ? 俺らんち来る?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた男子学生達は、アジアンテイストのワンピースを纏った女子学生の腕を掴む。


「え……? ちょ、ちょっと嘘……!」


 さすがの瑛士も、この光景には不機嫌そうに眉根を寄せた。


 その時、瑛士の隣で黒ギャル・ナナコがおもむろに立ち上がり、注文カウンターに向かった。彼女が何やら注文したものを受け取っている間にも、男子学生達は女子学生の腕を引っ張っている。

 その時。


「おっとっと~? あっぶね~!」


 わざとらしい声と共に、二人の男子学生の顔にオレンジ色の液体がぶちまけられた。ピンヒールの靴を履いた黒ギャル・ナナコが通路で派手に転び、手に持っていたジュースがあたかも緻密に計算されたかのごとく彼らにジャストミートしたのだった。


「何すんだよ!」

「ちょ、マジかよ! このTシャツ高かったんだぞ! どうしてくれんだよ!」


 女子学生から手を放した男子学生達がナナコに凄んできたが、ナナコは半分バカにするような顔でクスクスと笑う。


「ウザ。萎え。ってか、え? その服、イケだと思ってたの? マ? なしよりのなしじゃん」

「え……?」

「はあ……?」


 男子学生達は勢いを削がれ、困惑気味の表情でナナコを見る。


「話つける? なら、うちの彼ピッピ、呼んでいい? ちょっと前までこの辺荒らしてた『ラスト・エンペラー』ってゆーゾクのアタマしてたヒト」

「な、何こいつ……?」

「もう行こうぜ……!」


 二人の男子学生は恐れるというよりは、気持ち悪い顔でナナコを見ながら離れていった。

 それをどう感じたのか、瑛士の席に戻ってきた黒ギャル・ナナコは、ふんぞり返りながら不敵に笑う。


「うち、女の子を一人救っちゃった? マジ卍」

「救ったというよりは、呆れられたか、いかれてる奴と思われただけだと思うが」

「細かい奴は嫌われるって、うちのばーちゃんが言ってた」


 どうやらナナコは性格調整のギャルスイッチをまだ入れたままらしい。

 そのナナコに、助けられた女子学生がお礼を言いにやって来た。


「あ、あの……ありがとうございました!」


 アジアンテイストのワンピースを纏った女子学生は、黒ギャル・ナナコに丁寧に頭を下げる。ナナコはミニスカートから覗く脚をだらしなく組んだまま、ひらひらと手を振りながら笑った。


「別に気にしないでー。ってかさ、おねーさん、なんかあったわけ?」

「え……?」

「よかったら、そこ座ってさぁ、話聞かせてよ」

「でも……、ご迷惑じゃ?」


 不安げな女子学生に、ナナコはニッコリ笑って隣の椅子をバンバンと叩く。


「別にうちが役に立てるなんて思ってないけどさぁ、話聞くくらいはできるし。座んなよ。ね、瑛士?」


 この状況で否とは言いづらく、瑛士はしぶしぶと頷いた。


「あの……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 女子学生は少し困惑しつつも、黒ギャル・ナナコの隣に座って話し始めた。



 その女子学生は岡本紗菜という名前の、瑛士と同じ二年生で、文学部史学科の学生だった。アジアンテイストなワンピースと、ウェーブのかかった長い黒髪が似合う、彫りの深い顔立ちの美人だ。


「わたし、玄武大学郷土史研究会っていう文科系サークルに入っているの」


 瑛士が同学年と分かった紗菜は、砕けた言葉で話す。ちなみに、黒ギャル・ナナコのことは「瑛士の遠縁で、入学試験の下見に来た女子高生」ということにした。


「研究会ではこの玄武市に伝わる伝承を調査してまとめたり、地元の子供達にそれを教えたりってことをしてるのよ」

「へ~。なんかおねーさん、センセーっぽいもんねー」

「ありがとう!」


 ナナコの言葉に、紗菜は嬉しそうに笑った。


「それでね、今年はもうすぐ、ほら、この大学のそばにある玄武神社でお祭りがあるの、知ってる? 由緒ある神社なのよ」

「聞いたことはある。確か、玄武丸の鬼退治で有名な社だったな」


 瑛士の言葉に、紗菜は手を叩いて喜んだ。


「そう、その神社! それでね、今回のお祭りでは地元の子供達に神社の伝承を教えるワークショップを開こうと計画してるの」

「すっげ。ワークショップとかうち、したことないし」

「うふふ。それでね、子供達にたくさん参加してもらえるように、子供神輿を作ってアピールしようって話になって」

「でもさ、それって金かかるんじゃね?」

「そうなの。でも、そういう取り組みならって、神社の氏子会や自治会の方々が金銭面で補助してくれることになって……でも、そんなにはお金がないから、材料だけ調達して、うちのサークルメンバーで組み立てることにしたの」

「なるほど。だが、地元住民との調整は色々と大変だったんじゃないのか?」


 瑛士は感心したように言ったが、紗菜は遠慮がちに微笑みながら首を横に振る。


「そんなことないわ。少し頑固な人もいるけど、みんなとってもいい方々よ」


 だが、紗菜の表情からはすぐに笑顔が消える。


「わたしが対外的な交渉役を引き受けて、最近はずっと地元の方々と打合せをしていたの。でも、気付いたら、サークルに来る学生がいなくなっちゃってて……。氏子会さんや自治会さんからの補助はもう頂いちゃってるのに、どうしようって……」


 しょんぼりと下を向く紗菜に、瑛士は少し考えてから、ポツリとつぶやく。


「それならば、神輿の準備とやらを子供達と一緒にしたらどうだ?」


 その言葉に、黒ギャル・ナナコが椅子から立ち上がって叫んだ。


「瑛士いーアイディア出すじゃん! キッズはベンキョーにもなって、自分で作った神輿も担げてマジ卍」


 バシバシと馴れ馴れしく肩を叩いてくるナナコに、瑛士は迷惑そうな目線を向ける。

 だが、紗菜の表情は冴えなかった。


「でも……サークルの仲間の信頼すら得られないわたしに、そんなことできるかしら? 地元の方々や保護者の方々との話し合いも必要だろうし……」


 自信なさげにつぶやく紗菜を、ナナコは観察するようにジッと見つめる。


「玄武大学に困ってる女子がいる……」


 黒ギャル・ナナコはしばらく考え込むような表情をしたかと思うと、突然、パチンと指を鳴らしてニヤリと笑った。


「こーゆー時、ちょーどいい奴がいるじゃん!」

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