第4話 アンドロイドも夢を見る?

 帰り道で寄ったスーパーで食材を調達し、ナナコが瑛士のアパートの狭いキッチンで作ったのは、ロールキャベツとポテトサラダだった。


「は~い、瑛士さん、たんと召し上がれ~。はい、あ~ん!」

「……自分で食べられるから、そういうことは不要だ」


 ピンク髪ツインテールとライトブルーの瞳のナナコは、ポテトサラダをすくったスプーンを瑛士に奪われて、不満げに口を尖らせる。


「だって、ナナコ、食事中は暇なんですもの」

「君は食べる必要がないからな」

「食べるふりはできるんです。でも、咀嚼して飲み込んだものは、後で収納ケースごと取り出して掃除しなくちゃいけないですし、だいたい、食べ物を粗末にしちゃだめですからね!」

「それはそうだな」

「食事の代わりに、ナナコは充電が必要なんです。ちょっと電気お借りしていいですか?」

「ああ」


 ナナコは耳の裏から電源コードを引き出すと、壁のコンセントに差し込んだ。


「体内の充電装置を介して、この辺りに積んである蓄電池にチャージするんです」


 そう言って、ナナコはお腹をぽんぽんと叩く。


「ほお。電気自動車みたいだな」

「ナナコをスマートハウスの一部として活用頂くことも可能ですよ」


 充電が開始されると、ナナコは「うまみー!」と叫びながら、嬉しそうにライトブルーの瞳の目尻を下げた。


「東日本の五十ヘルツは旨味の中にまろやかな甘みがありますねー」

「周波数で味が変わるのか」

「ナナコはそう感じます。この前、初めて大阪の研修所に行ったんですけど、西日本の六十ヘルツはピリッと刺激的なお味でした」

「ほお。だとすると、海外の電圧の高い場所だとまた味が変わるのか?」

「うーん、どうでしょう? ナナコは入力電圧に制限があって、そういう場所だと変圧器使っちゃうんで、あんまり味の差はないかもですね? でも、多少電圧変動があるでしょうから、どんな味か楽しみです!」


 ナナコはうっとりとした顔でじゅるりと舌なめずりした。だが、興味深げに自分のことを見ている瑛士に気づくと、ハッとして顔を赤らめる。


「え、あ、その……ナナコ、食いしん坊ってわけじゃないんですよ! 今はもうちゃんと節制してるんですから!」

「何かやらかしたことがあるのか?」

「うぅ……充電があんまり美味しいから、フル充電してるのにこっそり充放電繰り返して、バッテリーを劣化させちゃったことがあります。ドクター達にアンドロイドの癖にアホなのかと怒られました……」


 呆れたような表情の瑛士に、ナナコは必死に訴える。


「今はもうそんなことしませんよぅ! ナナコ、食いしん坊じゃありません! 今日はもう充電終わりにします!」


 恥ずかしそうに電源コードを抜こうとしたナナコを、瑛士は苦笑を交えながら止める。


「壊れない程度なら、好きなだけ充電すればいいだろう。電池切れで急に止まられた方が迷惑だ」

「瑛士さん……い、いいんですか? えへへ、じゃあ、遠慮なく頂きます。なんだか、瑛士さんのおうちの電気は美味しいなー!」


 恥ずかしいのか、嬉しいのか、ナナコは少し頬を赤らめながら充電を続けた。


「あ、そうだ! ご安心ください! こちらで生活させてもらうために、光熱費・住居費補助の一時金を、公益社団法人・人型アンドロイド普及協会に申請しておきました! 明日には瑛士さんの口座に振り込まれるはずですので、ご確認ください」

「君は本当にここに居座るつもりなのか?」

「もちろんです! 試験期間の一か月、お世話になります。試験終了後、アンドロイドの使用感に関するアンケートにお答え頂ければ、謝礼金も振り込まれますよ」

「一ヶ月もいるのか? 金は要らないから、できるだけ早く帰ってもらえないだろうか」


 うんざりしたように言った瑛士に、ナナコは口を尖らせ、姿を変える。今度は、ひっつめ髪に黒ぶち眼鏡、カッチリした黒のスカートに肌色のストッキングで、白いシャツに袖カバーを付けた事務職員風の格好だった。


「瑛士さん、公益社団法人・人型アンドロイド普及協会はぬるま湯な公的団体にありがちなお役所仕事の組織なんです。一度認可された補助金を取りやめるというのはちょっと……。今更アンドロイド受け入れ試験を拒否するとか、困るんですよねぇ?」


 ナナコは眼鏡を神経質そうにクイクイ動かしながら言った。


「なんだ、その格好は?」

「面倒くさい事務の人のイメージです」

「君のデータベースは少し古いんじゃないか?」

「そうですかねぇ?」


 ナナコがとぼけたところで、アパートの呼び鈴が鳴った。


「はいはーい!」


 瑛士に立つ暇さえ与えず、事務職員風ナナコが元気よく玄関の扉を開ける。外にいたのは配達員で、ずいぶんと大きな荷物を抱えていた。ナナコはサインをしてそれを受け取る。


「さすが、ネットショップ密林さん! 昼前に注文しておいたら、もう届きました!」


 ナナコが嬉々として梱包を解くと、出てきたのは敷布団と枕と掛け布団のセットだった。瑛士は呆れ気味にそれを見つめる。


「君は本当にここに住み着くつもりなのか?」

「さっきからそう言ってるじゃないですかー!」

「そんなものまで買って……」

「あれ? もしかして余計な買い物でした? 瑛士さんが望むのなら、ナナコ、瑛士さんのお布団で同衾するのも、やぶさかではありませんよ。グフフ!」

「やめなさい」


 下卑た含み笑いを浮かべながら抱きつこうとしてくるナナコを、瑛士はひと欠片の興味すら見せずに振り払った。ナナコは「チッ」と残念そうに舌打ちしながら離れたが、すぐにまた笑顔になる。


「じゃあ、ナナコ、瑛士さんがお風呂に入られる時、お背中流しますね!」

「は……?」

「そもそもナナコ達は実用化されたら介護等の現場でも活躍する予定なのです! その実習だと思って付き合ってください」

「僕は遠慮させてもらう」

「えー! ナナコ、水着になっちゃおうかと思ってたのにな~」

「介護実習なら水着になる必要はないだろう」

「いやいや、ここは『あ、石鹸で滑って転んじゃった~、きゃ~!』って、体勢を崩したナナコが瑛士さんに抱きつくラッキースケベ発動チャンスじゃないですかぁ!」

「そんなものは知らん」

「なんでそんなに嫌がるんですかぁ? ナナコと爛れた同棲生活を送りましょうよぉ」

「断る」

「瑛士さんのケチ~!」


 ナナコはそう文句を言いながらも、考え込むように視線を巡らせ、何かを思い付いたようにニンマリと笑った。瑛士はその様子を胡散臭そうに見つめる。


 瑛士が食事を終えると、ナナコはそそくさと食器の片づけを始めた。


「片付けはナナコがやっておくので、瑛士さんはお風呂どうぞ~」


 とてつもなく優しい笑顔のナナコを訝しく思いつつ、瑛士は狭いユニットバスに入った。ようやく一人になれたことに安堵する間もなく、すぐに外がドタハタとうるさくなる。


「くそー! ボロアパートの癖に、なんでこんなにお風呂場の鍵がしっかりしてるんですかー! ナナコ、せっかくバスタオル一枚になったのに乱入できない~! このセクシーすぎるナナコを見れば、さすがの瑛士さんもイチコロのはずなのにぃ!」


 ナナコが扉をこじ開けようとガチャガチャドアをいじり回す音を聞きつつ、瑛士は狭いユニットバスの湯船の中で溜息をついた。鍵に加え、念のためにつっかえ棒もしておいて正解だったと、瑛士はシャワーのお湯を浴びながら自分の危機察知能力を称賛したのだった。



 風呂を上がった瑛士は冷徹に言った。


「そういうものも無駄だからやめなさい」

「えー、これもダメですかぁ……?」


 ナナコはシュンとして下を向く。風呂上がりの瑛士を出迎えたナナコは、シースルーの、というよりは透けさせることを目的としたスリップを身に着けていた。その下には面積の小さいセクシャルなデザインのブラジャー・パンティーとガーターベルトで吊られたストッキングが覗いている。


「早く服を着なさい」

「はーい……」


 ナナコはしぶしぶと服を変形させ、もこもこした素材のストライプ柄のパジャマ姿になった。そうなると、すぐにさっきの敗戦を忘れてしまうのか、ご機嫌な顔になって瑛士にすり寄り始める。


「どうです? どうです? パジャマ萌えの殿方も多いと聞きますが、ナナコのパジャマ姿はどうです?」

「知らん。僕はもう寝る」

「え~。せっかくナナコが初めて瑛士さんのおうちに来て共に過ごす夜――すなわち、瑛士さんとナナコの『初夜』なのに」

「妙な日本語でただの睡眠をいかがわしい既成事実にしようとするな」


 瑛士は押し入れから布団を取り出して畳の上に敷き、さっさと横になる。


「ナナコ、もっと瑛士さんと話したいのにぃ」


 ブツブツ言いながら、ナナコもちゃぶ台をどけて買ったばかりの布団を隣に並べ、うつ伏せに寝転がって瑛士の顔を覗く。


「瑛士さん、ナナコ、勝手にしゃべっていてもいいですか? 今日の思い出を振り返りたいのです!」

「僕はうるさくても寝られる方だからな。ちゃんと起きて聞いている確証がなくてもいいなら、勝手にしろ」

「じゃあ、ナナコ、勝手にしゃべりま~す」


 ナナコはうつ伏せのまま、ガバッと掛布団を被り、顔だけ出して瑛士をライトブルーの瞳で覗きながら話し始める。


「今日は瑛士さんと初めてお会いして、実はナナコ最初はちょっと緊張してたんですけど、瑛士さんが誠実な方で安心しましたー。なんだかんだと、おしゃべりもしてくれて楽しいし!」

「……」

「ナナコの作ったお料理を瑛士さんが美味しそうに食べてくれたのも、すっごくうれしかったです!」

「……」

「ナナコ、大学行くのも初めてだったし、楽しかったです。あんなに広くて、面白い人もいるんですね!」

「……」

「深夜零時になりました。周囲に危険のないことを確認しましたので、スリープモードに移行してください」


 突然、ナナコとは別の、冷たい合成音声のような声がナナコの体から聞こえてきた。狸寝入りしようとしていた瑛士も、さすがに訝し気に隣の彼女の様子を窺う。


「なんだ……?」

「うぐぐ……ナナコの中にある処理情報管理システムのお言葉です。昼間に得た膨大な量の情報を解析し、最適化していくため、ナナコも夜は人間のように睡眠をとらなければならないのです」


 ナナコがそう言っている間も、合成音声が「スリープモードに移行してください、スリープモードに移行してください……」という言葉を繰り返していた。


「やだやだ! まだナナコ眠りたくないのー! もっと瑛士さんと話すのー!」


 ナナコは布団を剥いで手足をバタバタと振り回しながら、駄々っ子のように暴れる。瑛士はそれを呆れ気味に見つめた。


「眠らなければいけないなら、眠ればいいだろう?」

「だって、ナナコ、瑛士さんともっと一緒にお話したいんですものー!」

「別に僕は話していなかったが?」

「じゃあじゃあ、瑛士さんにお話を聞いてもらいたいんですものー!」

「また明日聞くからそれでいいだろう」

「ナナコのお話、明日、聞いてくれるんですか?」


 ナナコは暴れるのをやめて、瑛士をちらりと見つめる。そのライトブルーの瞳は、管理システムの指令が働いているせいなのか、眠たそうにとろんとしていた。


「聞くだけならいい」

「やったぁ! うあ~、瞼がなんだかすっごく重たいいです~……うー、眠みー……でも、寝たくないのですぅ……」

「素直に寝ればいいだろう」

「だってだって……瑛士さん、ナナコのことが迷惑そうですし……もし、ナナコが起きた時に瑛士さんがいなかったらと思うと……ナナコ、怖くて……」


 迷惑だという自覚はあったのかと、瑛士は呆れつつ、諦めたように息をついた。


「貧乏学生で交友関係も薄い僕が、このアパート以外に行くところはない」

「そっかぁ。よかったぁ……むにゃむにゃ……。瑛士さん、明日、朝は二人でお隣同士でで……おはようございますって言いましょうね。それから……一緒に……大学に行きましょうね……それから……むにゃむにゃ」


 ナナコの声はだんだんと不明瞭になっていき、瞼もどんどん垂れてきてライトブルーの瞳を隠してしまう。しばらくすると、ナナコはすやすやと安らかな寝息をたて始めた。


「まったく……なんなんだ、このアンドロイドは……」


 瑛士が溜息をつきながら自分の布団に戻ってからしばらくすると、ナナコの布団から何かの音が聞こえてきた。


「ふご……ふが……ギリギリ」


 小さないびきと歯ぎしりだ。そんな芸当までするのかと呆れつつ、瑛士は騒音の中でも眠れるタイプであるため、気にせず目を閉じた。

 だが、今度はガバッと風圧が顔にかかる。


「なんだ?」


 見れば、寝相が悪いナナコが布団を剥ぎ、布団のついでにパジャマもめくりあげて腹を出し、いびきをかいている。

 瑛士は溜め息と共に起き上がり、ナナコのパジャマを直し、布団も掛け直してやった。


「別にコイツが心配だからじゃない。見苦しい姿が不快なだけだ」


 そう言って自分の布団に戻りながら、瑛士は「なんだ、今の言い訳めいた言い方は」と自分自身の行動に驚きと呆れの両方の気持ちを持った。

 おかしなアンドロイドのせいで、ずいぶん調子が狂うものだと思いつつ、それが不快な気持ちだけではないのが不思議だった。そのことに苦笑しながら、瑛士自身も眠りについた。

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