第2話 アンドロイドは属性過多!?
畳敷きの狭いワンルームの中、瑛士とナナコは小さなちゃぶ台を挟み、ナナコの淹れたお茶を飲みながら向かい合っていた。
「ナナコを作ったのはこの人達です」
ナナコがちゃぶ台の上に置いた一枚紙には、株式会社Aラボという企業の所在地や資本金、代表者などの会社概要が記されていた。
「Aラボは先端技術を扱うベンチャー企業です。そして、この会社の資金面、リソース面の後ろ楯であり、ナナコ達の試験評価の統括もしているのがこちらの団体です」
次に差し出された紙は、公益社団法人・人型アンドロイド普及協会の組織構成や活動方針を示した資料だった。
「ご承知の通り、国内外のメーカー・研究所・学術機関の技術競争により、人型・動物型の機構を備えた可動機械は初期の二足歩行ロボットからさらなる進化を遂げています。また、音声認識技術、AI技術の向上には目を見張るものがあります。それらの成果によりナナコ達が生まれたというわけです!」
「いや、だからといって、君のようなアンドロイドは一晩ではできんだろう」
「その通りです! ナナコ達はラボのドクター達の血が滲むどころか血尿の滲む努力と、ストレスによる不眠症の果ての向精神薬依存との結晶なのです!」
「答えになっていない……というか、ワークライフバランスの重要性が叫ばれる昨今では問題発言だが……。それに、ナナコ『達』とは……?」
「それはこちらです!」
ナナコはさらにもう一枚の紙――「自律思考・感情付加式可変型アンドロイド試作機(六機体)の社会適合試験概要」と題されたペーパーを差し出した。
「先程も申しましたとおり、ナナコは自律思考・感情付加式可変型アンドロイド試作機の七号、つまり七人姉妹の末っ子なのです! お姉さま達とナナコに関する情報はたった今解禁され、同時に社会適応力や耐久性能のテストもスタートとなりました」
「なるほど、実際に人間と交わって適切なコミュニケーションがとれるか、人間に対して安全な動作が可能か、スペックと挙動をテストするということか」
「さすが、瑛士さん! 話が早くて助かります! ナナコ達は実際に人間と一緒に生活して機能を評価されるのです。そのための受け入れ先のお宅を選定したのは人型アンドロイド普及協会です。といっても、受け入れ交渉もナナコ達がしなくちゃなんですが。交渉もテストの一環なのです」
「それがなぜ僕のうちになるんだ?」
「さあ。詳しい選定方法はナナコも知りませんが、今回の試験では単身世帯を選定したという話は聞いています。家族という単位でも人間関係は複雑ですし、ナナコ達を受け入れることに対して単身世帯よりストレスや忌避感も大きいでしょう。それに、旦那さんがナナコのことを好きになっちゃったら困るでしょ?」
可愛らしく小首を傾げるナナコだが、瑛士がそれに感情を動かされた様子は皆無だった。
「なるほど、既に関係性の構築された中に部外者が入り込むのは人間にとっても難しいことだかな。だが、そもそも君の話は荒唐無稽すぎて、とても本当だとは思えない」
「さすが瑛士さん。冷静でいらっしゃいますね」
驚いたように目を見開いたナナコだったが、ダン! と大きくちゃぶ台を叩いて身を起こす。
「ですが、丁度、今話題になっているはずです! ニュースをご覧になってください!」
ナナコに差し出されたリモコンを受け取り、瑛士はテレビを点ける。すると、午前の情報番組のレポーターが公益社団法人・人型アンドロイド普及協会を訪れ、アンドロイドだという女性に対してインタビューしている場面が映し出された。
「あのアンドロイドはイチカお姉さまです! 我々姉妹の中でも一番優秀で優しくて。今回の社会適合試験には参加せず、協会の広報担当として抜擢されたのです。でも、ラボのドクターに言わせると、マスコミ対応もテストの一環とのことですが」
さらに瑛士がスマートフォンで検索してみると、各種ネットニュースが「アンドロイド」をホットワードとして上げている。また、SNSでは「なんかアンドロイド?が来た。よくわからんけど、セクサロイド、ゲットだぜ! ラッキー!」というコメント付きの写真で、可憐な外見の美少女と共にバカ面を晒している男もいた。
瑛士は渋々と頷く。
「人間に近いアンドロイドが試験投入されたことは理解した。だが、君がアンドロイドだという証拠はない」
「え~! ナナコはアンドロイドですよぅ!」
「外見も動きも人間そのものじゃないか」
瑛士の言うとおり、ナナコは一見――いや、何度見つめたところで人間にしか見えなかった。
喜ぶときは顔をくしゃくしゃにして笑うし、拗ねれば口を尖らせ、驚けば目を見開く。その動きに違和感はなく、体の動作も非常にスムーズだ。肌には目立たないものの、よく見れば毛穴や産毛もあり、体が動けば二の腕や太もも、胸元の柔らかな肉が動いて震える。ナナコの身体にはいわゆる「不気味の谷」とは無縁の生々しさがあった。
「それはナナコが超最先端技術で作られた超すごいアンドロイドゆえ、身体素材も動作も人間と見分けがつかないのですよ! それに、アンドロイドだなんて嘘をついても仕方ないじゃないですか」
「僕は金持ちではないが……失礼な疑いかもしれないが、例えば、外国人の不法就労者が国籍を得るため、日本人男性に取り入ろうとすることはあり得るだろう」
「確かにその可能性を否定はできませんね。ナナコは瑛士さんのそういう慎重で冷静なところ、素敵だと思います!」
ちゃぶ台の上に肘を立てて組んだ手の上に顔を乗せ、ナナコは上目遣いにうっとりと瑛士を見つめた。幼さの残る愛らしい顔の、きらきら輝くライトブルーの瞳に見つめられ、おそらく普通の男だったら照れるか有頂天になるところだろう。だが、瑛士は不思議そうに首を傾げた。
「なんだ? 何か言いたいのか?」
ナナコは不満げに口を尖らせ、今度は胸を突き出し強調するようなポーズをとる。
ここでようやく瑛士は目を瞠った。しかし、それはセクシーなポーズに目を奪われたのではなく、ナナコの外見が変化したからだった。
ナナコのシャツの襟ぐりがさっきよりも開いて胸の谷間が露となり、気のせいでなければその胸も先程よりだいぶ大きくなっている。推定CカップからFへの膨張。
「その変化は君の機能なのか? 動作がスムーズすぎて変化に気付かない者もいるだろうな。驚くべき技術だ。しかし、どんな意図がある機能なのだ?」
「うーむ……こういうアクションも瑛士さんの気を引くに至りませんか……残念」
「は?」
「もうこうなったら単刀直入にお聞きします! 瑛士さんはどんな女の子が好みなのですか? ナナコはどんな好みにも対応可能です」
「は……?」
胡散臭げに顔を歪める瑛士に、シャツの形状と胸の大きさを元に戻したナナコは、にっこりと笑う。
「瑛士さんはナナコを瑛士さん好みに任意にカスタマイズすることが可能です。顔や身長、体重、プロポーションはもとより、肌や髪の色も自由自在です!」
その言葉と共に、ナナコの形状が刻々と変化していった。
身長は一五〇以下のまな板体型から、一七〇超えの脚長モデル体型、さらにどこぞのエロマンガに出てくるような胸と尻に人類の常識を超えたムチムチ具合を備えた極端なメリハリ体型へ。肌の色みも透き通るような白磁の白から、健康的な肌色、さらに日焼けサロンでじっくり焼いたようなこんがり小麦色にまで。体型に合わせるように、服もワンピースや水着に変化し、髪色はピンクが黒へ茶色へ金色へ緑色へと、瞬きの間に次々と変わっていく。
「なんだそれは……。どんなマジックなんだ?」
「骨格支柱のアジャストによるサイズ調整と、人工皮下の充填材密度制御による体型変化、表皮・頭髪表面の色素胞による色調整、それらを応用した可変型被服です」
「つまりはこうか。伸縮可能な骨と、自由に量を変えられる脂肪組織・筋肉組織、カエルのように色の変わる皮膚と髪。そして、そういった変形技術を流用した服」
「さすが瑛士さん! そういうことです」
ナナコはキラキラした目で瑛士を見つめる。
「さらにナナコは性格パラメーターも調整可能ですよ。優等生タイプからヤンチャ系、健気系、熱血系、ツンデレ、素直クールなどなど、各種の設定も選択できます。また、妹や幼馴染みなど、ナナコとの関係性や思い出をインプットすれば、ナナコはそのようにも振る舞えます」
元のピンク髪姿に戻ったナナコだったが、なぜか服がセーラー服となっている。瑛士は呆れと不可解の目をナナコに向けた。
「君は何が目的なんだ。社会適合試験とやらのために僕のところに来たんじゃないのか?」
「そのとおりです! ナナコの目的はつまり、瑛士さんをしっかりお世話して、瑛士さんのパートナーとして人間社会の中で十分に自らの機能を発揮すること。すなわち、ナナコが瑛士さんのお嫁さんとして認められれば、今回の社会適合試験に合格したと見なされるはずなのです!」
「前半はまだ分かるが、後半は違うのでは?」
「そうでしょうか?」
ナナコはキョトンとした顔で首を横に傾げた。瑛士は呆れたように溜息をこぼす。
「悪いが、僕はそういった試験に協力するつもりはない。他をあたってくれないか」
「なぜです? ナナコがいれば、性的に爛れた学生生活を送ることだってできるのですよ!」
ナナコは青年誌グラビアのような、やたらと面積の小さいビキニを身に着けたむっちり系美少女に変形する。だが、瑛士の冷めた視線は変わらなかった。
「やめなさい。僕はそういうものには興味がない」
「あれ……これもダメですか? もしかして瑛士さん、同性愛の方でしたでしょうか? それであれば失礼しました。しかし、ナナコは男性型への変形も可能です。ショタ、ヤンキー、ガテン系、優男、クマ男など、外見と性格も多種対応可能ですよ!」
「違うし、やめなさい」
ナナコの男性への変化を押し止めた瑛士は、厳しい視線を彼女に向ける。
「僕は恋愛だとか男女関係だとか、そういうものにまったく興味はない。君のそういうアプローチはありがた迷惑だよ」
「そうなのですか……?」
元のピンク髪美少女に戻ったナナコは、シュンとして下を向く。
「ナナコの調べでは、この国では男性も女性も彼氏だの彼女だの合コンだのデートだの、いやいや三次元より二次元嫁だの、それよりも声優とかアイドルの推しだの何だの……。みんな恋愛や恋愛に近似的な関係性に執心する傾向が見られ、いわば恋愛教に侵されたとも言える現代日本では先程までのようなアプローチが有効だと思っていたのです」
「否定はしないが極端な考え方だな」
「たいへん失礼しました。ナナコの勉強不足だし、対人適応力不足でした」
ナナコはしおらしく頭を下げる。
「お願いします。ナナコは家事も料理も得意ですから、家政婦としてお側に置いてもらえまないでしょうか?」
「必要ない。身の回りのことはすべて一人でできる」
「うええええん! 『家、居着いちゃってイイですか?』の交渉結果もナナコの評価に反映されるのです~」
「なんだ、そのどこかのテレビ番組みたいなテーマは」
「ナナコを助けると思って、どうかどうか、お代官様ぁ! ナナコはご寝所に侍る覚悟もできてますからぁ」
「時代劇の町娘の格好になるのはやめなさい」
「ナナコ、低評価だと廃棄処分対象にされてしまうのですよぉ……。廃棄されたらナナコ……怨みでこの部屋に祟りに来るかもしれませんよ……? 瑛士さんの借りたDVDからナナコが……出てくるかも……」
そう言ったナナコは日本髪・着物姿から変化し、長い黒髪で顔を隠した白ワンピース姿の女性となって、床をずりずりと這う動作を見せる。
「勝手にしなさい……」
恨むなら勝手に恨めの意味で瑛士は言ったのだが、元のピンク髪に戻ったナナコは、なぜか嬉しそうに目をキラキラとさせる。
「瑛士さん、それは勝手に居ついてもよいという許可ですね!」
「は?」
「じゃあじゃあ、早速ナナコご自慢のお料理披露しちゃいま~す!」
再び、勝手に台所に立ち、冷蔵庫を漁りだしたナナコを、瑛士は脳裏に「暖簾に腕押し」「馬の耳に念仏」「糠に釘」などの言葉を思い浮かべながら呆然と見つめた。
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