第五章⑲ 欲しがりな楯奴と 救世の〈観自在〉。



我の目の前には、彼女が……紛う事なき変態女の 後ろ姿があった。


「…!?……ハギャ♪……ァイイ痛ギイ!!…ャァビリビ、りィ! アイ痛アアアァ!! …ィタ♡イイ痛 !…イ♪…ヒギイィィ!………!……!?…」


彼女は、広い坑内の壁面に 自らの腰綱〈明王縛グレイプニル〉を、アンカーの要領で打ち込み 空間各所に張り巡らせる事で、愚妹の放つ放電や雷撃の殆んどを自らに集中させていた。

そして、欲しがりな彼女は 更に…。


…愚妹の四肢にも腰綱を巻き付け、より直接的な通電被害を請け負っていた……勿論『悦んで』である。


「………………まあ、各々の趣味嗜好は さておき。……チッ、結局 ナニも無しか『籠り行者ニートマン』の奴め。 散々ぱら 偉そうなゴタクを並べ立てた末に、本気でナニもせずに〈奥〉に戻りおって……」


外院げいん水瓶みかみ〉……毒づきながら、その 亡き母から受け継いだ眼帯を いつもの様に着け直し、最早 何人なんぴとも近寄れぬ程の 神雷そのものと化した愚妹を、我はおもむろに 眺めやる。



『塔』の……結社〈マンダラ解〉らの奉ずる 太古の秘教には、かの〈救世の女勇者スラビィ伝説〉に良く似た〈大慈〉に関する伝承があった。

それは 此岸 彼岸を問わず、あらゆる衆生を救う為だけに 敢えて六道からの解脱を拒み続け、地獄の底さえも闊歩し続けたとされる『非傍観の大賢者』……〈大慈の権化:観自在アヴァローキテーシュヴァラ〉という名の 超越者のモノだ。


アユミは……愚妹は、ソレら 伝説の超人達に 余りにも似すぎていた。

それらも また、頭上に黄金色の王冠なり角隠しを戴いていたのだから……。


「……………………」


件の魔獣を中心にして、強烈な光輝を放ち続ける立派な牛角型の『雷帝の王冠』。

そして、それを彩るように 分割展開され、雷光を纏いながら ゆっくりと周回する 虹色の特級英雄具ヒロイックナンバーズ指定第1号品……〈金剛杵ヴァジュラ〉のコントラストは、危急の際とは言え 余りにも…。


「…綺麗だ……アユミ」


このまま……ずっと惚けたままで、いつまでも観ていたい…。

…心から そう思う程に、只々 尊く美しい『救世の光明大願』。


再び 立ち上がり……雄々しく、羽ばたく為に。

三千世界 全ての生命体が、神魔を超克する為に産み出され、今ここに 再び顕現した……超神の決意。


ふと気付いた、頬を 涙が伝う 久々の感覚に慄きつつも…。

…だが 何とも 心地好い諦観に、身を委ねる。


懐の護符袋に触れながら 私は……娘を嫁に出すしゅうとのような心持ちで、姉を失い 彼女を得た日々を想いつつ、感慨に浸る。


「……が、らん。遣らんわ、遣らんぞおぉ! ザケんなっ!! 遣る訳ないだろおぉがっ!! ああああ?!」

誰にでもなく、我は吼える。


確かに、母や私……いや、我に 出会ってから 愚妹の心情は、〈大慈〉の呪縛は 結局、一層強くなってしまった。


だが、まあ……正直、世界も『救世の大願』も どうでも良い。

唯一 残った、家族の方が大事に決まっているし、例え この世界が滅びようと、我が家の知った事ではない。

よって うち籠り行者ニート同様、愚妹の〈観自在〉にも 当然…。


…『補陀落ポータラカ』に お帰り頂くとしよう。



しかしながら……我と同じく 未だ修行中の発展途上の愚妹、とは言え…。


「……………ふむ。……」


銅喰いピシャーチャ〉共は 出て早々に、勇者達の奮戦と 愚妹の『救世』対象と見なされたのか、既に 倒されている。


「と……とにかく、ボクかツバキの後ろに固まって! 絶対に出たら駄目だっ!!」

大英雄〈氷獄〉仕込みの 水天ヴァルナ系霊震だろうか、〈西の勇者〉イグサス君は 分厚い氷壁を構築して 気化によって坑道内の温度上昇を抑え、かつ ロクへの避雷を免れた雷撃をも防いでいるようだ。


「流石は、当代最高の冒険者殿だな。ふむふむ」


「『ふむふむ。』……では ねーですわよっ、ヒマワリさん?! あ、貴女もナニか為さったら 如何いかがかしらああぁっ!?」


ナゼか、いつも難癖を付けてくる 白き『ですわヤンキー(極大矛盾。)』事 ツバキ嬢は、恐い青筋……ではなく、眼前の地面に突き立てた、真言マントラの刻まれ ねじれた黄金細剣ゴールデンレイピアに 手をかざしながら、それによって発生した 数個の真空球を用いて 雷撃を吸収している。


「ホオオ。中々 ヤるではないか…」


「と……当~然 ですわよ、この程度♪」


「…………」

この お調子モ……反応の良さは、やはり愚妹のライバルという事実以外 ないな。


「…うむウム。流石は『風猿ハヌマーン族』の」


「ソレ以上 言ったら、あとで殺す!!!!(ギン!!)」


いつもの悪意ではない 雑じり気なしの殺意と、愚妹とは違った意味で 血涙がでそうな眼光、そして 長い尻尾の先を我に向けながら 風魔の女執事が警告して来た。


皇都北部の最有力水源地周辺を〈龍種〉共が好んで住み着きそうな、荒野と化した あの時より、彼女は格段に 強くなった…。

…その上、現在進行形で〈天道虫〉……かの曰く多き 熱核魔獣の、無尽蔵とも言える 空前絶後の膨大な魔力供給と熱エネルギー放射に晒され、控え目に言って『暴発寸前』だ。

幾ら、通常は 相性が良い 火天アグニ光天スーリア系統の魔力供給とは言え、一旦 雷天インドラのそれに変換しなくては使えないのだから これは当然の結果だ。

〈霊震使い〉の、特に八天と呼ばれる『現象系』魔術行使者……『〈天王呪〉持ちの合一者』の、数少ないが致命的な欠点なのだから。


「良く凌いではいる、が…」


…その、凄まじいソレらを『何とか』用い、また抑え込みながらの 持続的な魔術行使は、今の彼女には 荷が勝ち過ぎているのは明らかだ。


「……………………」


あの日とは 比べ物にならない程の酷い、血涙だ。

眼球表面及び、恐らく全身の毛細血管からの出血に留まらず…。


…吐血のみならず、下血までも始まっている。

このままでは、毛の生えた愚妹の心臓から送り出されるべき血液が流れ出てしまうだろう……。



「…………ふう。分かっておりますよ……母上」


そう 呟いた途端。

胸元から発せられ、まるで心配するかのように明滅しながら 全身を押し包んでいた、優しい瑠璃光は消え失せ…。


…目前、その先に居て 我を凝視する外法師の表情かおが 良く、視えるようになった。


恐怖。


「ふ。待たせて済まんな アクドゥーオ…。…刑の執行を始めようか」

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