第五章⑳ 黒曜の鯨神と、赤銅の戦神。



「その恐怖から、一秒でも早く逃れたいのなら……動かない事だ、アクドゥーオ。ふ」


ズズ、ズ……ン!


その時…。

…ちょっとした地鳴りが ヤツの、豚面ぶたづらの受刑者の動揺を現したかのように、坑内に響く。

だが、勿論 そんな些事など気にせず、アクドゥーオの額に 愛銃『ピナーカ typeHC』の 照準を合わせながら、にじり寄る。


死刑宣告と言えば 聞こえは良いが、つまりは犯行直前に行われた 加害者からの、殺害予告だ。

当然な事に、殺害されたくはないであろう その殺害対象たる オーク外法師アクドゥーオは…。


「ヒヒギ、ブヒィ?!……ア、アユミ様ああぁっ!! ギ、ブヒッ!」

…と、愚妹に喚きつつ懇願す……る?


「……な、ソレは!?」


場違いに 綺羅びやかな外套マントから出し、愚妹に向けてかざしたモノは…。


「………何故、貴様がソレを…………〈えびすき〉を、持っている?」


我はソレについて、慄きつつも 問わずにはいられない……。


夜空の暗黒を凝り固めたような 一切艶めかない、 一般的には『漆黒の金剛石ブラックオリハルコン』と呼称される、ソレら特有の質感。

〈荒れ狂う鯨神〉を模し 湾曲した、多少の長い小鎚こづちみたいな形状の…。


…〈黒曜金剛ダークマター〉製の、魔杖ワンドだった。


大願の悟核ブッディコア〉……または『如意宝珠タリスマン』とも称される破格の価値を持ち、あらゆる国家や共同体、業界等々に至るまで 特別流通禁忌指定を受ける魔術系最高の錬金呪物…。

…その錬成過程で生じた 大部分に当たる分離体であり、残渣物フェイクだった。


そして、目前の受刑者が持つ ソレは……我が幼年学校生の頃、未だ部隊指揮どころか〈銃師号〉も持たぬ、兵器戦術開発局の一技術士官見習い時に とある女性によって持ち込まれた『混沌ダークマター』原石から 偶然り出した、異形の呪法具だ。

その機能は『傀儡くぐつ舞』という別称に相応しい、非常に強力な……『洗脳催眠』に依る操心術であり、相手の生死も ヒトも神も関係無く支配可能な、危険な代物であった。


勿論、錬成直後に催された機能試験の結果により、特級禁忌指定を軍上層部から受けた この〈戎掻き〉は 即日、皇国神祇院の管轄呪物となり、封印の後 厳重監視下に於ける保管措置が実施されたはず……。


「……ふ。……何だ。少しも 気を揉む必要は無かったのだな…?…結局、貴様は 極刑対象の大罪人であったのだからな」


「ヒビィ?! ブヒッ……アユミ様アユミ様アユミ様アユミ様アユミ様ああああああああああああ……ブヒぁっ!?」


……カ、ギンンッ!


更に アユミへの支配を訴えようとしたアクドゥーオ……突如、その手から件の呪物が滑り落ちた。


「……!?」


気付いた時には 彼女が…。

…我の〈楯〉にして、先の刹那まで 電撃防御と愚妹の拘束を担っていた 女楯奴が、アクドゥーオの背後に回り込み 呪物を払い落とすと同時に、点穴によって受刑者を昏倒せしめたのだ。


゛……装備を、変更しますか?゛


頭の中に、我が式神笑々鬼のアナウンスが流れる。


心なし肩を荒げ、どこか怒気めいた雰囲気を醸しながら受刑者を見下ろしている彼女が…。

…ロクが齎した結果で、計らずも 事態が動き出す。


決断の時、来たれり。


「勿論、『応』だ。……ふ。『歪型物理射出器カタパルトtype:XS』に変更…」


゛…承知゛


「…ロク!!」

手触りで 武装の変更を認識した我は、眼を伏せながら 命じた。


我が意に 即座に従いし〈楯〉が、更に放電量を増した愚妹に対し、弾丸に勝る速度で肉薄し、直接の拘束を試みる。


バヂッ!…ン、ン!!


突如、猛威を奮っていた雷電が失われ……愚妹の頭上に鎮座する、小さな虫型魔獣が 弱々しく明滅するのみの 奇異なる黄泉と、坑洞内は化した。


我は 眼を啓き、変更したばかりの武具『歪型物理射出器カタパルトtype:XS』……所謂、一般に於いて『パチンコ』と呼ばれる射的武器を 両手で 顔前に構え、帯状のつるを引き絞る。


全てが混乱し、停滞した 今しか無い…。


…直ぐにも 魔獣からの供給が再開され、雷帝の暴発へのカウントが゛0゛になれば、この密閉空間で あの『爆心地』での……『降臨爆鳴気』を受ける羽目になる。

ここに居る全員が、先ず 助からないだろう。

その上……流石の〈楯〉の 変態も、愚妹への肉弾拘束時の 凄まじい抵抗荷電で、ピクりとも動かない。


いつもとは、色んな意味で違った緊張感の中、我は 放つ……愚妹の、唯一人の家族に向かって。


数瞬後…。



………ポテっ。


愚妹は 真っ青かつ驚愕の表情を示した後、白眼を剥き 間抜けな音を伴い、気絶した。


その場にいる 意識ある者達の視線と疑問に、我は応じる。


「只の……そう 只のジャーキーだ。『牛』の、な? ふ」

勿論、いつもの王威を 皆に示しながらだ。


……ズ、ズズン!


引き続き、地鳴りがなっている。



そして、予想通り…。


…光熱と魔力の供給先を 強制的に断たれ、一時の困惑から覚めた〈天道虫〉は、我々を見詰めながら 明らかな敵意と怒りを持って、名に恥じぬ光熱を発し始めた。


「かの、名にし負う英雄王……その『探偵王』謹製の神獣とは言え、やはり 所詮はケモノか…」

多少の逡巡はあれど、事の優先順位を違える程の動揺は無かった。


とうに武装変更を終えた我は、おもむろに……しかし 必殺の意志を持って、銃把を握り直し 照準する…。


゛…♪……。゛


「……神代祝詞じんだいのりと !? いや、歌?……か」


何故か懐かしい……心地好い、歌声だ。



その歌は、今は亡き正統王朝の……『第一朝廷』期からの 国歌であったという。


現在の皇都、どころか 初期の皇居さえ無かった かつての沼沢地だった頃の沖合いに……何処からともなく現れた、高品質血鉱石製 超巨大戦列艦『(仮称)沖の岬おきのみさき』。


今では、『御靖国』島と皇都東部街区から突き出た半島の間に係留され、皇国随一と称される 名刹めいさつ『沖の岬』として皇国内外に喧伝されている。

そんな、観光名所の地名となっている 巨大過ぎる戦闘用艦艇から降りた異人達は、この地の少数部族であった『角無ナンデルタ』と交わり、その後 勃興した『第三朝廷』を名乗る土偶帝国の礎を為したとされている。

その、謎に満ちた海からの異邦人達が 歌い継いだのが、この国歌『久遠の絆』であった。

惜しくも、原題は 失われたが…。


…余談だが、かの久遠帝は 決して、正統王朝たる『皇宗皇統』を名乗らず、標榜もしなかったという。


……ズズズズン!


依然として、地鳴りが止まない。



その美しき美声と旋律に 逸速く反応し、光熱を減じた神獣の身は、やはり 歌いし者の手にあった……それは。


「…………ロク」


それは、悲しき我の〈楯〉……轆轤ロクロだった。


そして……問うべき何かを考える暇も無く…。


…ドゴオォ ッ!!!!



耳をつんざくような、爆音と衝撃波と共に 坑内に乱入して来たのは、最低でも帝級エルダークラスの〈龍種ドラゴン〉並みに巨大な…。



…赤備えの蜈蚣ムカデの、頭部だった。

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