第五章⑱〈彼岸〉世界と、地獄の女〈阿修羅〉。



時代によって、主流として 最高存在として敬われる神々の特性は 移ろい続け、名や求められる役割も変わる。


「……〈阿修羅アスラ〉衆、か」


全ての修羅魔王の祖とされ、幾星霜 幾世代を経て定着し切った その闘神の名は、本来 古き異教・異文の神々や 特定共同体を構成する有力部族名等を表す符丁であり、かつての我も それらに属する一柱モノだった…。

…だが、今の我は かつての我とは違う。

神々とは、明らかに違う……『何か』となっている。



この世が、あの世と為る〈彼岸化〉。


『他化自在』……この、天魔共の故郷たる呪術的世界もまた、〈彼岸化〉しつつあるように視える。

まるで〈娑婆〉の…。

…今はもう無い、かの地のようだ。


〈娑婆〉世界にあった かの此岸は、多様な生態系と役割分担によって 辛うじて生き延び、大量の文化を積み重ねる事で 続いて来た世界……だった。

それこそ、神々と同じくらいに 旧くから存在したという 歴代の偉賢らが、進化の……いや、『生存の袋小路』からの 人類の絶滅等を避けるべく編み出した、偉大な多様性重視…。

…余りに深謀遠慮な それらを、代を経る毎に 理解出来なくなって行ったのだろう。


大きく道を違えたのは、産業革命及びフランス革命等に関する認識と 以降の推移だろうか。

せっかく、歴史の先人らが示した『まだマシな道筋』を 完全に無視する型で、世界は何故か…。

…〈遅参出オチの紅夜叉〉共とともに『公正なる高効率化社会』なる絶望的矛盾を目標として掲げ、進捗し…。

…彼の地の〈此岸人の世〉は、程なく 絶えた。

まあ 厳密には、統制の効いた人類共同体のことごとくが壊滅し、人工知性体と天魔共が我が物顔で跋扈する 混沌の巷と化したのだが……。


それらの事態を招いたのは、極端な機械化文明と『唯物論』的思想から発展、台頭した『社会制度の強固な画一化』という、まるで……原理主義的一神教&封建世界のような 究極の差別社会であり、暗黒時代の再来そのものだった。

知能偏重主義と ソレを依り代とした共産主義的個人主義の暗然たる普及により、社会的生産性と人類の生存確率は向上された……一見には。

だが、一見 便利なだけのソレらを 哲学や教訓、真なる教養が……歴史変遷や文化風習、社会人類学的検証 等々が希薄なまま用いられた末の…。

…当然の結果だった。


高度な機械技術等と相まって、凄まじい速度で人類社会のあらゆるモノを分断し 平坦化し、同時に……共産的社会下の 封建的資本貴族なる最大矛盾が、何時の間にか 社会制度化されていた。


本来の、歴史的教養を有する人類には ソレらを制御若しくは打破し、忘るべからざる過去としての『歴史の教訓』に転化する能力が備わっていたはずだが、時 既に遅し…。

…あらゆるモノを分断され、細分化した上に 真実も虚構も無い『平坦化社会』を招来し、礼讃した人類は 最早……手遅れだった。


自然進化を手放し、人工進化を模索し続ける手法として『如何なる時代に於いても、知性と教養を研く』事を 旨としたはずの人類社会は、その人工進化の根源すら忘れ……『袋小路の果て』にて悶えつつ、急激なナニかに曝された途端…。

…崩壊し尽くされた


知能至上と、耳に心地好い『平等』という簡便を極めた詞…。

…蟻の一穴にしか過ぎなかったはずの、ソレらの誤解を伴う 流布と定着により、人類は二度と羽ばたく事は無かった。

幾ら それが、非常に得難い 価値ある便利な存在モノだったとは言え、一つのモノに多数の機能や権能を、パッケージングし過ぎたのだ。


故に 世界の様相は、有史以来最大の皮肉さと歪な結果を呈し、帰結として最悪の結末……〈彼岸化〉をもたらしたのは 言うまでもなかった。

つまりは、本来〈此岸〉に於いて空想上にしか認識されていなかった、あらゆる『地獄』が 顕現してしまったのだ。


そして 我もまた、尊い存在として そう在れ そう為るべきと、それを求められ…。

…やはり 様々な役割と権能を時代と共に付された孤高の存在。

もとい……寂し過ぎる、所謂いわゆる 究極的に『お寒い』存在だった。

時代の移ろいとは、至高の『寂しさ』が行き着く処とは……多彩さや他者との絆、共同体意識等々を排し、『利己的な酷薄さと孤独を極める』という事なのだろうか?


早すぎたのだろうか?


やはり人類は、『神域』から出るべきではなかったのか?

…恐怖と闘いながらも、賢く逞しく生きていた 始原の〈森〉から……。


「…………まあ今更、詮無せんない事か」


我もまた、隔世……というと 微妙に意味合いを異とするが、人も神も 世界さえも俯瞰する事を宿命とされ、あらゆるモノから隔絶された存在と為り果てているのだからな。



羅喉ラゴゥ〉の名を冠された 目前の、不死身の女性にょしょう兵…。

… 当代の阿修羅王は、無辺光アミターユスが施したとおぼしき〈障壁の蛇蝎呪ヴリトラ〉に従い、我……というより、我が宿主ヒマワリを庇う形で 隻腕の帝釈天インドラからの雷撃を無抵抗で受けつつ、極楽法悦へ絶叫と共に浸るばかりである。


『神々の帝王』たる 帝釈天の神通は、他の天王や神々の追随を許さない特別な代物であり、本来 全ての神霊を否定し得る〈鐵〉の加護も 意に介さない。

よって 如何に阿修羅の女王とは言え、凄まじい苦痛に さいなまれているはずであった。


但し、かの〈呪〉には 本来『対人・対生体攻撃の制限』は、原則として……無い。

例え〈地獄の囚人〉であっても『不当な』暴力からの 攻撃的防御の行使という緊急避難は、如何なる場合でも適用されるべきでありからだ。

ならば 彼女は『敢えて〈雷帝〉に抵抗していない』という事であろう。


〈障壁の蛇蝎呪〉を付される程に 高い戦闘力を有するであろう、当代の女〈阿修羅〉…。

…哀れにも 様々な神霊の寵愛を受け、恐らく 狂気に逃げる事をも 許されぬ彼女には、それ故に 何らかの思案なり、思惑なりがあるのだろう。



「…………ふむ。ソレが何なのか、少し興味深いな」


銀杏の愛娘……宿主殿には、多少 不服かも知れないが、ここは このまま……。



誰しもが有する、内宇宙。


その広大な時空全てを『自責の無間』とも呼ぶべき〈絶対地獄〉で満たした、自らを許せぬ 哀れな獄囚……そして恐らく…。

…此の世の果てまで 服役し続けるであろう、永久不変の終末奴隷。


地獄に堕ちた〈阿修羅の女王〉…。



…彼女が想い、願うモノとは一体。

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