第五章 ⑮疾病予防と、探偵王の〈魔獣〉。



……何の冗談なのだ、これは?



愚妹が…。


…彼女が 初めて我が家を訪れた時、間違いなく これ程の力を保有してなどいなかった……絶対に。


『あの時』…。

…それから『あの時』も。

〈勇者〉の力を内在させているとは言え、色んな意味で未成熟な彼女が 今、生きて在る可能性など ほぼ皆無……のはずだった。



これは ナニかの、当てこすりか?


まるでナニかに、神霊や龍共が戯れに紡ぐ ジョーク……糞便にも劣る『運命』とやらに導かれるかのように…。


…笑えない。

耐え難い程、笑えない冗談だ。


今日は、また格別に……左眼の 奥の方が、剥がれ落ちそうな位に 冷たくうずく…。


…なあ。





『第三朝廷:不死鳥京』。


そう称賛される 現役の世界最大級にして、皇国不滅の象徴たる 美しき水郷都市……『豊葦原とよあしはら』。


かつての帝国期には、水棲の稲と葦が群生する巨大な湖沼地帯に過ぎなかったという キングオブ ド田舎を、試験魔術の暴走等で自滅した帝国亡き後 太祖皇たる かの『探偵王』が 新天地と定め、自ら鍬を取り開墾した。

皇室と臣民、その誇りと絆の証……心のり所というべき特別な土地柄というやつだ。


五千年にも及ぶ永き と言う他ない歴史の中には、祖国存亡の危機とも呼ばれる危難が 幾度もあったとされる……が、それら美しき歴史の教訓たる苦難の数々が 霞む程の急転直下の事態が、この永遠の都『不死鳥京』を襲った。



時期が悪かった。


そして『探偵王』麾下には、優秀な人材が多かったのだろうし、それらの実力を余す事なく使い熟せるだけの器量と教養、統制等が充実していたのだろう。

〈厄〉や〈幻神災〉を始め、様々な争乱で国内が疲弊し切ってはいても、皇都及びその周辺での各種一般的な風土病罹患率は 他の大陸国家の半分以下だった。

その理由は明らかだった。


五江洲ゴエス」。

または「五常律法」と称される内の一つである『清潔』を 第一に突き詰めた都市機能の構築が、この都市では徹底的に施されていたからだ。


「手洗い、うがいの徹底励行」は、疾病予防や流行対策の大原則だ。


だが、システムは人と同じだ。


ソフトだけでは……口先だけでさえずり 命令するだけでは、システムは稼働してはくれない。

そこに物語が、意義や文学的感動が伴わない機械的数理的作業のみでは 目的通りの成果など、決して上がらない。


ましてや神為らぬ人が、人を救うには莫大な予算の投入は当然の事。

時間と労力を極限まで費やして、実体としてのインフラ構成の模索と構築が不可欠だ。


第二朝廷たる土偶帝国の天輪公爵にして 世界最高峰の精霊使いであった 万能の英雄女王『探偵王』……天輪=A=菊莉。

しかし 皮肉にも、多才を極め 今尚 敬愛される彼女の功績として知られる その最たるモノは…。

…皇都の上下水道完備とミナカタ要塞の築造と、その絶大な効果だった。


南部国境方面からの外国軍侵入を 一度も許した事の無い、かの大要塞の戦略的価値は計り知れない。

だが 政治的不安定期が長らく続いたとは言え、生活や生産性を含む臣民経済を極端なまでに逼迫させ 国体が揺らぐような事態に陥らずに済んでいたのは、前述の上下水道の稼働が 何だかんだあったにも関わらず、妨げられなかった事実が大きかった。


皇都に住まう全臣民の健康的な生活を維持する為には、膨大な水量が必要だ。

しかし、国家財政と人為、技術等々には限りがある。

よって、この為の治水利水インフラの予算、技術、人員確保の全ては恩賜……つまりは歴代神皇及び皇室からの下賜で、賄われていた。


これら 国策事業に関連する施設や詰所には 必ず、近衛軍である皇国連合侍衛軍 第一軍団の屯所が併設されているのは、神皇直属の諮問機関が全てを取り仕切っている事を表していた。


ある、どんよりとした昼下がり…。

…そんな、偉大な先達や現皇国上層部が苦心して維持していた 皇都及び皇国全土の健全化に資する永続的公共事業の肝である皇都北部丘陵地帯の有力水源近くで、流域が変形する程の 凄まじい大爆発が起こった。


辛うじて 死者は出なかったが、多数の重軽傷者が確認された大惨事には違い無かった。

被害者である その重軽傷者らは、治水利水の技術者とその護衛任務に当たっていた近衛兵達だった。

言わずもがな事だが、その爆発を生じたのは前後不覚なまでに怒り狂った 愚妹の所業だった。


我々が その現場に到着した時には、既に 皇都詰めの緊急展開部隊 四個連隊が ほぼ完全に包囲してはいたが、角有り愚妹に付き従う〈白き象〉の デタラメな出力の神通に阻まれ、攻撃が全く通らない有り様だった。

しかし、当然の結果とも言えた。


女勇者スラビィ〉…。

…愚妹にとっては『初代』と言うべきか?

〈爆心地の女神勇者〉とも呼ばれた 偉大なる太古の女傑と同種の性状と、能力を有する愚妹。

そんな彼女が、普段から何気なく野放図に使い倒している〈雷〉系霊震は 他の霊震とは一線を画す特殊な代物だが、この『白象結界アイラーヴァタ』は 更に際立った異質性を示していたのだから……。


…………だからこそ不審に、いや 純粋に不思議だった。


未だ成熟さの欠片も見られない愚妹に、これ程の力が……『あの時』も眼にし、今 この場で目前としている 無謬とも言える力の…。


…理由。



だが『血涙』を生じ、煌々と輝きを増す愚妹の頭上…。



「ふ。笑えん冗談だが……だが、そうか」


…白雷に充たされた双角の合間から、〈象鼻〉とは異なる『あるモノ』が視えた瞬間、我は 得心せざるを得なかった。


ソレは、人の頭部より ほんの少しだけ大きい程度の 光輝く虫型の……魔獣だ。




「…………〈天道虫〉か」

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