第五章⑯〈黒き羅刹王〉の笑みと、裁き。



……後悔とは、先に立たないモノだ。


やはり『あの時』……済ませておけば良かったのだ。

『あの時』、我々は 恐らく…。



…利用されたのだから。





かつて この世界を、絶大な神霊制御技術……いわゆる 極大精霊魔術によって制した精霊王朝…。


…第二朝廷 土偶帝国 。


その大帝国の後継王朝として、皇国は衰えたりとは言え その驚異的な古代超技術の恩寵に、未だ浴し 支えられていた……望むと 望まざるとにかかわらずに。



八人の真なる精霊使いたる『帝国八天』に於いて〈火の世界師グロリアス〉と称され、また 現代では召喚さえ不能とされる上位精霊……『六翼鳳凰ガルーダ』の召喚操者でもあったという、『探偵王』が産み落とした 熱核兵器…。

…では無く、地上の太陽とも言うべき傍迷惑はためいわくな…。

…でも無い。

とにかく 危険極まりない、かの『龍殺しの魔獣』は、皇都の目と鼻の先に……豊かな養殖海苔のりの漁場に満たされた、遠浅の沖合い東2kmにたたずむ 巨大な人工島……『御靖国みやすくに』に生息していた。


誰もが知っている。


皇国臣民のみならず 北方民族群……いや、西方大陸の殆どが知っている。

公然の秘密、というヤツだ。


だからこそ、神皇おかみの許可無く この島に近付いた痴れ者が どの様な憂き目にあったかも、周知の事実だった。


連合海軍所属の戦列艦は元より、第一軍団が独自に保有し 運用している高速駆逐艇団が常に警戒巡航…。

…更に『神兵』……不正規特殊戦独立専団〈八咫の神〉天馬種騎兵連隊所属の『神騎隊』まで出張っており、御用漁民許可を掲げていない不審船には無警告で、効力射撃が浴びせられる羽目になるのだから…。


…『〈島〉に近付く 如何なるモノに、一切の容赦を許すマジ!』


探偵王の再来と謳われ、未だ摂政宮内親王位を有する 行方不明の救国英雄…。

…男と駆け落ち。

まあ 逐電したとも、幽閉中とも。

そして、一部では弑逆説…。

…つまりは、暗殺されたとも囁かれる〈九頭龍の剣姫アナンタ〉が、そう宣って厳命したのだという。


そんな諸々の事情により、如何に国際的な犯罪結社らが優秀な人材や大量な資金を投入して、件の『島』から目的の魔獣を奪取しようと画策した所で、大なりとは言え 所詮は一民間の営利団体でしかない『悪神衆』には荷が勝ち過ぎていた。


遠く 南方大陸に本拠地を有するとは言え、事前に工作員を送り込み、アクドゥーオのような現地人協力者まで擁してまで事に及んだのだ。

連中とて当然、彼我の戦力差や困難さを含む当該事実関係を認識していたはずだった。


考えてみれば。

『探偵王』ならぬ身の連中には 目的遂行の性質上、絶対に……『からめ手』しか無かった。


第一、皇国軍精鋭部隊の厳重監視下からの奪取が可能だとしても、かの危険な魔獣を安全に移送する手段が無い。

ただ、強者を蹴し掛けて 打ち倒し、強引に捕獲した上で 連れ帰る等の常套手段が、この件では使えないのだから…。


…そうだ。

その為の『神売り』の外法師アクドゥーオの起用であり、そして〈女勇者スラビィ〉の力を…。

………『〈天道虫〉専用の捕縛檻』として、愚妹の有する〈女勇者〉としての特異な機能を見越しての、計画実行だったのだ。


そして 要するに連中は、かの魔獣のみならず。

許すべからざる事に、我が愚妹をも……国外に連れ去る算段だったという事だ。

だが……事ここに至っても、一つの疑問が残ってしまう。


過去の苦き失敗を想いながらも、目の前で美しく輝きつつも苦悶する愚妹…。


「……なあ?」


…その 頭上の空間に鎮座する 虫型魔獣を睨みながら、我は独り言ちる。


「コレは……一体、コイツは 何処の施設から拝借した代物なんだ? なあ…?…」


『……ギ? ギュギイ?』


突如 話し掛けられたからか……意外にも 不思議そうに、困ったように 首を傾げる光輝の魔獣 & ソレに連動した様子で同様の行動を取る愚妹。


実に滑稽な、何より憐れなソレらに 笑みを浮かべ……。


「…ふ。フハハハハハハッ! やはりな!!……愚妹たっての願いを入れての、皇都放逐の如きは やはり下策だったのだな? 貴様には?!……なあ!!」

滑稽過ぎて、膝の力が抜ける…。


…余りに 間抜けに過ぎて、死にたくなる。



「……ボフぁア! フォッフォフォッフォフォフォフォフォ…」


黄色い土気色をした外法師は 心底 愉快そうに、童子の粘土細工の如き 奇怪なめんを更に悍ましく歪め、嗤う。


「…さて、一体。何の事をおっしゃっておられるのでしょうか?フォフフ……皆目かいもく…」


「…いや、別に……どうでも良いのだと、そう気付いただけだ…。…ふ。……貴様が何処で どのように金を儲けようと、誰をたぶらかそうと どうでも良いのだよ。ここは別段、皇都でもなく……ましてや 法に拠って取り締まる 内務局治安維持部も、この暗い洞窟の奥には居ないという事だ。バルタン卿…」

外法師の言を、敢えて遮るように 我は告げる。


「………フォホ、オォ…?…では、何を…」


そして 勿論、また遮る形で 更に告げる。


「…簡単だ。非常に安易な事だ。そう、いっそ短絡的と言っても差し支えない程に……ふハ♪」


今、我の面相は 心からの笑みが満たされている事だろう。


「……………………ヒ」


神をも退けし 黒き羅刹王ラーヴァナの威光……〈閻魔ヤーマの裁き〉。


「『あの時』と 今、ここで 愚妹の側で、その笑みを浮かべている罪状で…」



未だ 法理の光届かぬ蛮地では、黒曜金剛ダークマターより尚 ドス黒い、不条理な死が 横行しているという。




「…死刑」

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