第五章 ⑭〈神売り〉の外法師と〈爆心地の女神〉。



浅薄で短慮だった 私の、我儘わがままが 招いた事態だった。

だから、私は…。


………いや、我か。

細く……しかし、止めどなく流れ出す『赤き涙』と共に、我を見詰めつつ 告げられた 愚妹の ある懇願に、否とは言えなかった。


承諾した途端、愚妹を擁護するように見下ろしていた〈白き巨象〉は 消え失せ…。

…何もかも無くなった荒野の果てで、ただ嘲笑うかのように 遠雷が鳴いたのを聞いた。



気絶した愚妹を連れ帰った翌日には 母は、身体をひさぐ仕事を辞め、それ以降 愚妹は母に、前以上に甘えるようになった。

そんな 在り来たりな、母娘の様子を 間近で見る事になった我は 内心、ホッとしていた。


蜜月の如き 母との関係を築いた愚妹の『あの性状』は 完全に鳴りを潜めた。

しかし、彼女の願い……本質は変わらない。


別の……そう、一見 別の何かに導かれるかのように、我が友人達とは 毛色の違う者達と…。

…冒険業者と呼ばれる 特殊なヤクザ者達と、いつの間にか付き合うようになっていた。

その中には、皇都で有名な ある豪商も含まれていた。


皇国商工ギルド 総議長……フォン=バルタン準男爵。


現代立志伝中の偉人(存命中。)として、皇国経済や社交界、果ては 一般レベルでも知る人は知る有名人。

元々、皇都に来て 見知った時から様々な意味で、警戒はしていた人物だった。


『モノだけを扱う……訳ではない商人』。


証拠……いや『本件に関係しているかも?』という確信さえなかった。


…………有り体に言えば。

心底 侮蔑する対象でしかなく、何か襤褸ぼろを出せば 『任意の資金提供者』にでもしよう、とさえ考えていた存在。


「黒幕だったら良いな…」


…くらいの感覚で、故に 余り期待もせず このオーク豪商に関する身辺調査等々を行った。

その後、もたらされた調査結果の驚愕の内容により、即日 我々はバルタン邸、商工ギルド等の関連施設を急襲。

未だ 各所に潜伏していた 国際犯罪結社『悪神衆クライム ジャンキー』残党の一掃に成功し、この 不気味で黄色いオーク商人を 皇都から放逐するに至ったのだ。


当時と何ら変わらぬ様子の、このオーク男。

嫌が上にも 我は、この商人を装う異質な男を警戒せざるを得ない。

ただ『運が良いだけ…』…では済まされない 得体の知れなさ、底知れなさが この男にはあった。

軍の兵站部に限らず皇国全般に知己や販路を有し、国際的な巨大犯罪結社を招き匿った程の大物商人……そして。


皇都からの放逐、その直後から 噂に上がり始めた『外法師:神売り』の、悪評。


我が武装を一手に管理する『半自立型式神』……笑々鬼から伝わる緊張感が、一切 緩まない。

かなり必死で抑え込まねば、目の前で 呑気な愚妹に肩を叩かれながら、嬉しそうに話し込む 黄色いオーク商人を、今にも五分ごぶに斬り刻まんばかりの警戒ぶりだ。


どうしてくれようか…。

…ここで このオーク商人と戦闘になれば……恐らくは、我々を探し回っているやも知れぬくだんの〈幻神災:毘沙門クベーラ〉に位置を知らせる事になる。


「……………………」


思案する間も、愚妹との旧交を 温め直すかのように 我に背を向け、無警戒に談笑するオーク外法師。


だが急に、天啓が 齎された。


「…………………………いや。別段、我が抑え込まねばならぬ謂われはない、か……ふ」


そううそぶいた瞬間には、全身のあらゆる箇所から 白銀色の錐状 鎌状の刃が現れ、『神売り』の商人に殺到し…。


「………………何故、邪魔をする。愚妹よ」


我が発した銀色の殺意は、八の字に蜷局とぐろを巻く太い霞のような『何か』に巻き捕られる形で防がれ、中間の虚空で強制待機させられていた。


「……い、いや。いやいやいやいや、姉さんこそ 何で いきなり、それも こんな狭い場所で〈灰無カイム〉なんかを……バルタン君を消滅させようとすんのよ?! ヤバいでしょ、それは?!」

眩く輝く 白き牛角を生やしたまま、愚妹が 然も信じられないといった口調で捲し立てて来る。

先日来からの死闘を生き抜いて以降、『白き角』が 頻繁に顕現するようになっている、その兆候も……余り『良いモノとは言えない』。

いや、このタイミングだと……ハッキリと、最悪だ。


白き巨象の長鼻に苦もなく阻まれた、我が最速にして必殺の『弾丸』が、愚妹の角に…。


…かなり広い地下壕内を 白夜に染め抜き、高出力の未封印式軍用魔力炉と化した 灼熱の角に〈灰無〉が、我が白蓮式特殊錬金法 秘中の秘たる『対消滅弾頭』が…。


…焚べられ、余す処なく吸収された。



…………『あの時』のように。



コレは……。


「ふ…。…フハ、フハハハハハハハハハ。これは 久しぶりにかつてない……」



黒き王にして 神たる姉であるところの我は、内心の焦りを隠しつつ、いつもの『王威を示すポーズ』のまま 告げた。



「嘗てない 非常事態だな ……なあ、〈爆心地の女神勇者〉よ?」

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