第五章⑬ 愚妹の絶望と〈天道虫〉。
……目が覚めるような 絶世の美少女が、笑っていた。
茫漠な荒野に 突如現れた、巨大なクレーターの中央には、真っ白な入道雲が…。
…いや、〈白き巨象〉に守られた一人の少女が 膝まづいていた。
忘れていただけだったのだ…。
…当時の私は。
初めて出来た 幼き家族の育児に関して、いくら本人が そう望んでいるからと言って放棄に等しい無関心と放任主義的な養育環境を許容し得る寛容さを、私は持ち合わせていない。
彼女は……アユミは、あの姉に 極めてよく似ていた。
しかし 何故か、その姉に育てられ 鍛え上げられたはずの私が 忘れていた。
ただ 彼女の場合は その無制限の愛情が 万人に向けられる、という違いしか無かったのに……。
そんな アユミの『大らかな性状』が発覚した当時…。
…折り悪く、私と友人達は 皇国に入り込んだ 南大陸に本拠地を置く、とある国際犯罪組織への対処に奔走させられていた。
それらは 様々な非合法活動を行っており、色んな意味で世界有数の危険地帯とされる皇国に 幾つかの『目的』を有して、かなりの数の刺客や工作員を潜入させていた。
目的の一つは、御定まりの 人身売買と非合法薬物売買 その新規ルートの開拓というものだった。
それだけでも私と友人達、そして 先年より『農奴の売買』さえ 国策で禁止した皇国上層部を激怒させるに余りある上に もう一つの目的が露見し、皇国侍衛軍及び総務院内務局から正式な協力要請が達された為、最優先処理案件となった。
……〈
皇国上層部を激怒させたのは、そう呼ばれる虫型の特殊魔獣の 捕獲、売買だった。
旧帝国 世界師の一人であった太祖皇……〈探偵王〉謹製の特別保護対象人造記念生物にして、皇国国旗の
また…。
…いや、それらの理由以上に 皇国には他国や犯罪組織に その小型魔獣を、絶対に渡す訳には行かない事情があった。
この〈天道虫〉……普段は 全長20cm~30cm程度の 肉食だが温厚な魔獣で、皇国内では神獣扱いされているのだが、しかし…。
…その実 とんでもなく危険な生物で、ひと度 危機等を察知するや否や 凄まじい発光と高温、高濃度の魔力放射を始め、皇国中から仲間を呼び寄せ 更なる猛威を引き起こすとされている。
噂では、最強種の〈龍〉でさえ、この危険生物に多数
正直、他国の工作員や犯罪組織のみが焼き殺されるだけなら 皇国も動かなかっただろう。
だが、この魔獣の激昂によって引き起こされる 災害級の気温上昇を放置出来ないというのが実情だったのだろう。
そんな、様々な分野に技術供与や転用可能な凶悪生物の捕獲を目論む 犯罪組織の殲滅作業は順調に進められ、余りに順調に進められた為に…。
…窮鼠らは、冷徹な虎猫たる 軍の神兵や私達に噛み付かず、子猫たる我が愚妹に牙を剥いた。
母はともかく、私との間に 見えない溝が出来てしまった愚妹は、彼女の被保護者である『姉妹』達を 探し求めていた。
そんな愚妹は、情報屋を装った かの組織の工作員からの偽情報に騙され…。
…皇都北部丘陵地帯にある、かつて囲われていた軍施設の跡地に
まあ 結果は、組織が送り付けた刺客達を愚妹一人で圧倒したのだが…。
…だが、駆け付けた私や友人達が眼にした状況は 決して、楽観視出来るような代物ではなかった。
確かにあったはずの 廃棄施設跡地には、何も無く……。
あり得ない程 巨大な白象を背後に伴いつつ 強烈な白い光輝を放つ、巨大な角を生やした愚妹アユミの近くには…。
…完全に潰れ切った青い人型が、無惨にも広がっているのみではあったが…。
…彼女は『知った』のだ。
こよなく〈弱者や衆愚を、愛して止まない〉天然の王者たる彼女は、知ってしまったのだ。
施設での生活を共にした『姉妹達』が、解放後……早々に、衰弱死してしまった事実を。
『保護すべき対象の消失』…。
…この時 アユミは、望みの全てを失った。
そして、そんな愚妹は 私を見詰めながら、狂ったように 笑うように慟哭を続け…。
…有する その紫眼から白磁のような頬を、細く流れ落ちる 塩辛い『赤い川』は、彼女が強いられる救われ難い|軛《くびき》の強大さを、嫌が上にも 私に思い知らせた。
それを 嫌悪と恐怖と共に目にした時 私は、人生で二度目の完全敗北と絶望を…。
…そして、今に続く後悔を 刻まれたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます