第五章⑩ 黄色い豚と 黒き王の嫉妬。



「何処かで見た覚えのある人相と思っていましたが、貴方は……紅殿は、あの時 母上と私を保護して下さった 特工隊員の方ですね?」

私は、ある可能性への期待によって高まる興奮を抑えながら 紅に尋ねた。



「……如何にも。皇国の危急にて ご挨拶が遅れ、皇国史上最年少賢者殿 お許し下さいませ」


「え?! いや 紅殿、あの御方は……騎士様は!?!」


急に、絵に描いたような慇懃無礼さで 精神的な間合いを稼ごうとして来た紅に 物理的な接近を試みながら、私は問う。


「……おられませんよ、当然…。…ここには」

何故か、少し不貞腐れた様子で 陰気に答える紅氏。


「では、何処におられるのです?! 皇都の何処にも おられませんでしたが…」


「ちょちょちょちょ……ちょっと 姉さん、イキナリ どうしたのよ?! 」

アユミが いつの間にか紅氏に馬乗りで 襟元を締め上げていた私を、羽交い絞めで引き剥がす。


結果として片腕を失いはしたものの…。

…暴走した かの〈英雄起源体〉であるゴータミィや 魔獣化したロクとの戦闘を生き抜いた 最近の、愚妹の反応速度は 侮り難いものに なりつつあるようだった。

冒険者としては、誠に重畳と言った所だ。


その際、愚妹の首元から垂れ下がった護符袋が 私の頬に軽く触れた時、母譲りの眼帯〈水瓶みかみ〉の奥に 鈍く熱い感触を 久しぶりに感じ…。

…そして 脳裏に、何らかの示唆を感じた。


「…………ふ、済まん。極めて個人的な私用と感傷で立ち寄った古巣で、有り得ぬ程 最悪の事態に巻き込まれてしまい、少し冷静さに欠いたようだな」

私は 愚妹に抱え上げられた締まらない格好のまま 決めポーズをとり、謝りつつも…。


…地下壕の闇、その一角に 視線を向ける。


そこには、何時からあったのか 黄土色の悪意たるソレが 蟠っていた。



「ブヲッ、フォッフォファフォウォッフォフッフォフ…」


…?!


愚妹や勇者を始め 一部の高位戦闘者以外の者達が、腐臭のような悪意の塊に振り向く。


「…錚々たる皆々様とのご相談は お済みになられましたかな、ヒマワリ様 ?」


金糸をフンダンに使用した 豪奢なフード付き外套の奥から、怖気を誘う不気味な含み笑いを散布しながら ソイツは近付いて来る。


「おお! 久しいな アクドゥーオ卿。悪名高き『神売り』の外法師げほうし 殿が 何故、我が愚妹と同じ空間で 同じく呼吸されているのか? 理解が追い付かぬ事態に 困惑を禁じ得んな? まさか、あの時の約定を もう お忘れなのか……それとも、少しストレス過多な我の 精神衛生改善の人柱に志願したいとでも?」


この黄土色の 豚頭鬼族を目にしていると……。

私専用の武装管制システム:笑々鬼ニコニコオーガクンDXの制御が、急激に 効き辛くなって…。


…意図せぬ白銀の刃達が、私の全身各所から 溢れ返るように顕現し始める。



『世ニ多クノ天魔ヲ孵化サス者…。…滅シ去ル、ベシ』

私の中の 獰猛なのに冷徹なソレが、目の前の汚物を 今すぐ引き裂けと警告を発し続けていた。


二目ふためと見られぬ程 むごたらしく……引き裂けと。



アクドゥーオ=フォン=バルタン。


本名か 偽名かは知らないし、興味なし。

ただ……全くの無関係ではない男だった。


何故なら、かつてのコイツを生んだのは 私だからだ…。

…そう、『あの夜』から始まった。


皇国全土を巻き込んだ奴隷解放運動と〈共和制反乱〉。

その動乱に乗じ、各種魔術備品の比較的安価な提供と 生じた戦災孤児売買、不当労働の二本柱で 皇都有数の総合商社頭取兼 皇国商工議会議長に成り仰せたのだから……。


だから、ある出来事でバッティングした事を発端に、コイツの『組織』を完全壊滅させてやった。


多分 私は、コイツを憎んでいたのだろう……。


コイツの主な生業なりわいは、戦争難民や未成年孤児奴隷の売買と 魔術備品全般の取り扱いだったが 全部潰した。


潰してやった。

コイツは 私の家族、母や友人達…。

…何より、アユミに 接触を開始したから。


コイツは、商人として とても優秀で 独自の情報網を有しており、それ故に私や母 友人達は勿論、アユミの過去には 特段の興味を示したのだ。

見逃す理由が 無くなった……いや、許せなかった。


だから やった、徹底的に。


軍でのコネと『ある組織』の協力を使って 徹底的に潰した上で皇都から叩き出し、皇都とその周辺では一切の活動を禁止させた。


それ以来、皇都での 私の呼び名は〈黒き王〉となり、黄土色の オーク商人の姿を見る事はなくなった。


私は、このオークを許せなかった……だが。



「あれっ?……バルタン君じゃん?! お久~♪」

今更ながらに気付いた愚妹の、間の抜けた誰何と挨拶が 黄土色が招いた極度の緊張を駆逐し尽くした。


「ブヲッフォ! 誠にお久しゅう♪ お懐かしゅうございます。アユミ様~♪ フォフォフォフォフォフォフォフォフォフォ♪」


何が 一番 許せないかと問われれば…。



…何故か、このオーク商人と 我が愚妹が仲が良いという事実関係だった。

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