第五章⑨ 恩寵:狂わない超神 と 蒼紅の主従。
……本当は。
泣いていたのかも、知れない…。
『平和など、平安の時代など一時も無い…。…そうは見えなくても 生き物は、何時だって 総力戦を 戦ってるのだ。だから……』
…そう言って あの人は、蒼い 返り血に塗れた顔のまま、寂しそうに笑った。
後ろ手に握り込んだ、鈍色を帯びる刃を有する短剣の感触と、その告白は…。
…本来 私の主となるはずだった方の、モノだ。
英雄を超え、英雄さえ殺すとされる……超級の鬼人。
全大陸の狩猟民・農耕民と、世界に祝福されたる超越の王者〈勇者〉には 大抵、有意義な『
あの人にも 当然、それが齎されていた。
……『狂わない
そう呼ばれる 非常に珍しい、恩寵だった。
だが それは…。
…ただ強力になるとか賢くなるとかいう、そういった次元の 生易しい代物などでは、なかった。
一度 経験した情報や思考の流れや付随する結果や結論等の 一切を忘れず記憶し続け、絶体絶命の危機に於いても冷静さを微塵も失わず、魔術は勿論の事 どんな強力な聖学的生物攻撃や災害、毒攻撃等に曝されようとも後遺症一つ残さず 快癒してしまう。
一種の無謬性付与とも言うべき、絶対的な〈呪い〉だった。
その恩寵という名の呪いは、多くの民達を恐怖や不当な苦しみから救ったが やはり唯一…。
…本人のみは、幸せにしなかった。
四年前に突然、私の前から消えた 哀しき絶対者…。
…あの人は、今はもう いない。
特別自治郡 商業都市〈
…旧帝国の都〈
その莫大な古代王朝期の遺産群を包括する、巨大都市の永久管理特務全権を有する皇国で唯一〈太守〉を名乗る事を許された、皇室に次ぐ名家。
当該都市全域に関する事由のみに限って、例え
〈楯商の塔〉と並び 完全自治領主制が適用される、格別にして特異な特権一族。
隔世式特別華族院制度によって 古の太祖帝〈探偵王〉の主家とされる現代の
あの人に出会ったのは、16年前…。
…私は、そんな名門貴族家に比べれば木っ端足軽。
いや、雑兵の如き 傍系傍流の没落貴族の長男坊として、たまたま そこそこの力を持って生まれ、主家である天輪家の為に死ぬ事だけを 教えられて育った。
だが……死ぬ為に生まれた命であっても、それを懸けるほどの価値ある主を見定めたいと思う程度の自意識はあった。
……次代の天輪家当主候補最有力者の、実力のほどは 如何に?
生まれや育ちは雑兵とは言え、魔術や体術等を含む戦闘力は その辺の足軽大将風情には負けない自信があった。
当時、たまたま〈太守〉家に逗留しておられた現存二天の一派 光天魔術の祖にして当代最強の呼び声高い〈光龍仙〉ターバ師の目に留まり、師の元で数年 厳しい修業に耐えていた私は 増長の極みにあり、世の広さを知らぬ若造の一人と成り果てていた。
そんな 色んな意味で半可通であった私は、当時 まだ4歳になったばかりの あの人に負け、直後にあの人は。
『貴方は、私の敵では……ない』
言われた直後は、侮辱されたのかと思い 悔しがったものだったが。
しかし、翌日には〈太守〉直々に あの人の護衛兼 侍従に任命され、以来 私は あの人の
……〈血刀〉短剣、
あの〈橙褐色の騎士〉達の 硬い装甲さえも易々と斬り裂き、
肌身離さず、常に後腰に差している古伝宝刀〈太守二剣〉の一振り…。
…あの人から託されたソレの重みを、再度 自覚する。
「………………」
『あの夜』を生き残った少女が…。
…平素な表情のまま 私を鋭い隻眼で見詰めて来る銀髪の少女を目前にしては、自覚せざるを得ない。
あの人が初めて、激情も露わに……ヒトヲ殺シタ夜に、実母以外の全てを奪われた皇国有数の秀才少女。
そんな、現在では 若くして皇国総務院紳士録に名を連ねる若き賢者の、不思議な発色を示す碧眼を見返しながら想い出すのは…。
…現在、何処にいるか知れない あの人から この宝刀を託された時に告げられた、いつもの口癖だった。
『
エリートとされる皇国の特務隊員でも、数名しか存在しないとされる
…日に日に白くなる
皇国総務院内務局長特別諮問機関:特別工作大隊 第一三執行分隊長……隊内識別コード、〈刹那〉。
あの人は、どんな機密文書にも記載されない…。
…故に、関係者の間では 正体不明の『
史上最高の暗殺者としても名高い〈獣拳聖〉ターバ師に 唯一 後継者として認められた、最凶にして……哀しき暗殺者 《
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