第五章⑧ 超越者〈龍種〉と 紅四号の正体。



「……話すとでも?」

彼は そう言いながら、ランタンの灯の中に忍び込んで来た。


「まあ、ないでしょうね。余程の秘匿事項が絡んでいるのでしょうし…。…今更ですし…」

覆面を脱いだ 顔…。

…何処かで見た事がある彼の素顔を 睨め上げながらも、言葉の刃を 一応 飛ばしてみる。



現役の〈紫〉が、主たる今上帝おかみの御前以外で 素顔を晒す事の意味を この場の誰もが、分かっている。



「…それよりも 目前の危機、〈毘沙門クベーラ〉についての情報を頂けますかね?」


退役したとは言え、紛う事なき軍関係者であった私なら ともかく…。

…軍どころか公儀に ほぼ関連のない愚妹等を 正直、虚偽の情報と目的で巻き込んだ彼に 全く思う所が無い訳ではない。

しかし〈紫〉の狂気を当然に受け入れている人物が 真の任務を話すとは到底 思えない。


「……異変が 確認され始めたのは、半年ほど前からです…」

精悍な顔付きの隠密男性……紅四号は、語り始めた。


「…中佐もご存じのように、北部は 様々な諸問題が山積する重点監視地域である故に 第一軍団の、精鋭と その統括下にある小規模駐屯地が点在しております、が……結果から申し上げれば、突如として発生していました」


「……つまり その時点では、まだ〈八咫やた〉が 詰めていたのですね?」


「はい。それに初めは、一個中隊規模の『褐色』黄泉兵でしかなかったらしく、早々に それらは『何度も』討伐されましたが、どうやら それらが 他者を喰らう度に変異する特殊な〈餓鬼種グール〉であると判明した直後…」


「……………………」


「…一ヶ月程前、かの尊き〈月読神〉の仮面を有する〈夜叉の女王クイーンヴァンパイア〉の存在が確認され、三日……四日前の満月の夜に ソレが率いる黄泉兵らによって、北部軍港等を不当占有していた帝人領 精兵陸戦団を含む 第五軍団を急襲…。…翌朝を待たずして 第五軍団主力は、本国に向けて敗走したとの事でした」


「?!……一個軍団級を、一晩でですか……それは、また」

我が軍に比べ 練度が低いとされる帝人領軍とは言え、アレらの戦闘力は既に一般的な冒険業者の手に負えるような代物ではない という事実関係を、認識する他ない。


成程と 納得するしかなかった。

西大陸最強の誉れ高い、Sゼロ級討伐冒険者イグサス=オルティネータを始め、彼の率いる最高位冒険業者パーティ〈蒼穹ザ・スカイ〉…。

…そして 認めたくない事実だが、Aゼロ級討伐冒険者 兼自称〈女勇者〉である我が愚妹が『選抜』されたのも頷ける危機的状況が、ここにはあった。


「……あと、大変申し上げ難い事ですが…」

紅四号は、怖い前置きをして更に何かを告げようとして来る。


「…お聞きしましょう」

どうせ、あの姉に似た クイーンヴァンパイアは…。


…倒さなければならないのだから。


「………その……これは、未確認情報となるのですが…。…〈龍種ドラゴン〉に関する報告が〈八咫〉より上がって…………あの、中佐?」


「………………」

いつの間にか私は……薄暗い地下壕の天井を、天を仰いでいた。


〈龍種〉…。

…そう呼ばれるソレらは、極小の境界世界……魔力異常地や特異点等と言われる霊障地に巣食うとされる、正体不明の超越者の総称だ。

世界最凶地の悪名を冠する この皇国でさえも、この存在に対する討伐令や討伐依頼など一度たりとて聞いた覚えがない……絶対禁忌の一つ。

およそ 常人が対抗し得る、遥か彼方の不可侵存在とされていた。


しかし、神皇親衛にして皇国最強の切り札たる〈紫の虹蛇〉が遣わされるには もっともらしい理由とは言えるのだが……。


「……まさか ソレを、〈龍種〉までも討伐せよ などとは言いませんよね? 〈幻神災レイド〉だけでも 正直、手に余るのですが?」


「当然です。ソレが本当に敵性体か以前に 〈八咫〉の斥候部が ほぼ壊滅させられ、その実在自体が確定化されていません。よって 勿論、命令の内容等に反映は為されません…。…第一、その件に関しての情報収集 及び優先捜査権は 私共が承っておりますので、悪しからず……」

と 僅かも悪びれず、やはり……そう、やはり見覚えのある紅四号を名乗る壮年の隠密男性は、私を見詰めて来る。


その時、私の脳裏に…。



…暗い夜空の満月と それを下から照らす赤い陽炎。


何もかもを麻痺させるような 血臭と、糞尿混じりの臓物から立ち昇る……狂気の残響。



颶風の如き『あの御方』の、影…。



「…!? もしかして、貴方は『あの夜』の……」



そうだ。


彼は あの時、母と私を 皇都に導いた特殊部隊〈特工〉……その一員だった。

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