第五章⑦ 壊れない心と、話せない事情。



私の心は狂わない…。




…押し潰されないし、ほんの少しも 欠ける事さえしない。


 

許されない罪科は 静かに、黙って私を見詰め続けている…。


…ただ。



『……モ~ラ~りん♪』



私と同じな、小麦色というには黒過ぎる肌をした…。


…あの人と彼女。



彼女らの 心と笑顔は、私の全てを少しずつだが 確実に砕いた。


それまで、絶え間なく苛みながら 私の中をゆるりと滞留していた闇の溶岩流が、その圧を弱めていった。



「…………でも、何故…?…」

私は、あの夜 確かに死んだ……やっと。


なのに どうして、意識が……ある?




「…………………………会いたい、の…?…」




何か大事な事を、思い出せそうな感じがするが…。


…アレとの約束が 頭の中を直ぐに、占めて 往く。



「あの人に、会えば……」



あの頃と何かが違う私は、しかし あの頃と同じく 彼女達を求めて、昏い森を歩き出す。





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「姉さん。帝人の連中が 壊滅って、どういう事…?…あの時 確かに、騎兵砲撃を受けたのに…」


「…ああ、受けたな。だが 騎兵の姿を見ていない…。…いや 違うな。問題は 砲撃していた履帯駆動式重装騎兵の、車輌数だ」


帝人領が、帝室を戴いた 500年ほど前……その時に勃発した『ミナカタ要塞攻防戦』以来、帝人軍との交戦経験が 現在の皇国側には全く無いのだから、両軍の戦力比を想像するのは至難だ。


それが、我が愚妹ならば 尚更であろう。


「車輌数って……二、三輌 位は いたと思うけど」


「三輌だ。75mmと、恐らく105mmしか撃って来ない 従来の旋条砲式重装騎だった…。…勿論、強襲偵察に来たゴブリン共もあれ以来 一匹たりとも見掛けん」


「…………ん~ん。どゆ事?」

カラカラに枯れ切った松ボックリが今にも落ちるかの如く、げる程 首を傾げながら聞いて来る愚妹。


「……………………帝人の海上側戦力は不明だから この際 度外視するが、推定される常駐戦力が低過ぎる、という事だ。他国なら未だしも、堕ちたりとは言え 皇国軍の展開可能領域での拠点防衛戦を行うには足りんのだ」


「んじゃあ。基地や軍港付近に引き込んでの、罠とか…?…」


マ、マジかこいつ…。…一応、特務士官なんだよな 愚妹よ?


「阿呆ぅ、地形と敵軍の占領目的を考えろ。低い平地である軍港に引き入れられて周辺山地に埋伏していた重装騎兵の砲撃や海上に展開している戦列艦での艦砲斉射等は 確かに戦術的には有効だが、それ程大きな軍港ではない。たった一度しか戦果の挙がらん戦術の為に、重要極まりない皇国侵略唯一の橋頭保でもある戦略拠点を 破壊など有り得ん。それこそ、まだ 使い捨ての利くゴブリン共を大量に放って、少しでも拠点周辺での軍の展開性や糧道確保をやった方がマシだな。あそこの国は聖学技術官僚共が支配する、所謂 独裁共産国家だ。良しに悪しに まず理論や規則で、常道を外すという事をしない。 ふ」


「……でもさ。〈聖騎士〉が出て来たら…」


「…出て来ん。かの国にとって〈聖騎士団パラダインズ〉を構成する機械化重装騎兵団はゴブリン共と違って単なる盾や戦力ではない、異界戦跡から発掘した技術を他国に先んじて 驚異的な速度で研究開発し、再構成リビルドしたりした末に仕上がった戦争芸術品だ。第一、本来〈聖騎士団〉は 聖帝親衛騎士団〈聖なる深紅スタークリムゾン〉を核として編成された私兵集団で、一般的な国家軍ではない。元々の戦力比で劣り 本国周辺との国交も怪しいとされる新興国家の帝人が、貴重な〈聖紅騎兵〉を 百も二百も こちら側に遣せる根拠がないって事だが…」


私達を導いた、紅四号。


「……………………」


神皇親衛〈紫の虹蛇〉の一員を名乗る 紫色の影装束は……ただ、こちらを見詰めるのみで まだ何も語らない。


「…天馬種不翔の異変は 意外だったかも知れませんが、幾ら何でも 特務の最高峰の 貴方々が、皇国軍とこの地の帝人領軍の戦力比を 知らないはずですよね?」


「…………確かに存じておりましたし 敢えて申し上げませんでしたが、それが如何致しましたか? 任務放棄でも為さいますか?」

流石は 裏爵位持ちと言われる歴代神皇にのみ仕える特務エリート、この程度の嫌味では やはり動じない。


「いや 占領軍の壊滅は、否定されないので?」


「長々と、嫌味っ垂らしく分析の講釈を述べられては、今更 否定しても無意味ではありますね。それで? 他にも何か聴きたい事があるようですが」


「いやいや 単なる確認作業というものでして、初めにお聞きした『何故〈八咫〉ではなく〈紫〉が遣された?』という質問だけなんですが」


「!?……どういう、意味でしょうか?」


ほう。

コレに動揺する という事は…。


「まあまあ、そう警戒しないで下さい。単純な消去法を用いてるだけなのですよ。この一件の本題が 占領軍……つまり 領土という外交的問題ではなく〈幻神災〉という自然環境対応という 国内行政レベルであると判断される事案でして…。…わざわざ陛下の御裁可を仰ぎ申し上げる程の問題なのか? という疑問が浮かんで来る訳なのです」

…こうなると、余程の事態というか 事情が 絡んでるという事になる。



「……………………………………」

紅卿は、本当に 黙り込んでしまった。



「そして、これもただ興味があるというだけなのですよ…。…帝人でも〈幻神災〉でもない 別の何かの為に〈紫〉、つまり 陛下が動かれているという事態 そのものに……ふ」


〈黒き王〉と謳われる私は、それに相応しいポーズをキメるのだった。

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