第五章⑥ 計都……北大陸の〈楯奴隷〉。



「え?!〈幻神災レイド〉って、あの……ヤバいヤツよね…?…」



エンドウだか インゲンだかの豆類を 冬眠前のリス 宜しく貪り頬張るアユミに、妙齢の女性としての艶姿は勿論、霊長類としての威厳など微塵も無かった。


「……ふ。我が愚妹でさえ知っているとはな……ああ、相当ヤバいぞ? ふ」

蒙昧なる愚妹。

年がら年中 頭上に、?マークの浮かない日などないと思っていたが、流石に知っているらしい。


「その位 知ってるわよ?! えーと、アレでしょ〈超撃鬼スラッガーマン〉とかの事でしょ? アレは本当にヤバかったもの…」

何故か ゲンナリした表情で答えて来るアユミ。


私達は またもや、暗い地下壕にいた。


かの 赤き男〈毘沙門〉との遭遇前に来た、鉱夫控え所とは別の 山中地下壕だが。

半数近くが 先程の戦闘で犠牲になったとは言え、それでもスペースには かなりの余裕があった。


「ええっ?! アユミちゃんも〈超撃鬼〉とヤり合った事あるのかい?!」

と 美少年〈勇者〉が驚嘆の声を上げる。


「へ? あ……まあね♪ グリフォン討伐前の依頼で受けたわよ。メチャクチャ変なヤツで、攻撃当てても一時的に消えるだけで 直ぐ復活するし、攻撃食らうと300m以上フッ飛ばされるしで散々だったんだけど、攻略方法が分かれば簡単だったわよ」

愚妹が 何故か、得意気に 無闇に巨大な胸を反らす。


「アレに攻略方法ってあったんだ?! 僕らは結局、討伐失敗だったよ」

心底 感心した様子の〈勇者〉。


「へ~。いやいや 簡単だったわよ~♪ 何せ、ただ 何回か空振りさせれば良かっただけなんだから、ナッハッハー♪」


そんな感じで、我が究極の愚妹の得意気さが、至高の域まで達しようとした時…。


「いけません、若様。このような下品な胸部をしたメス牛に話し掛けては、『自称』が移りますわ…」

…ツバキとか言う 白装束の麗人が、適切な助言を用いて 主に諫言する。


「…ああ?!? 今何か仰いましたかしら、尻ダケ羊さん? 表に出ましょうか?」

空かさず 我が愚妹が、隠す気ゼロの殺気を白い稲妻を纏いながら 挑発し返す。


「アラアラ、分厚いのはお顔の皮とソノ筋肉で嵩ましされたダケの胸板だけだと思っておりましたが、まさか……まーさーか、不相応なプライドまで その分厚さだったとは、ついぞ 存じ上げませんでしたわ! オ~~ッホホホホッ♪」

足元から吹き上がる烈風に全身を嬲らせながら、ツバキ嬢も 怒気を隠すつもりが無いらしい。


「まあまあ。ツバキも アユミちゃんも 親友同士、久しぶりの再開で 手合わせしたいのは分かるけど、今は 抑えて抑えて」

恐らく、色んな意味で天然と呼ばれる〈勇者〉イグサスが、天然故の無神経さで 猛獣娘達の殺気をインターセプトする。


そんな中、私に……勇者パーティ前衛の一員。

確か、ギルとかいうオッサンが おずおずと話し掛けて来た。


「なあ? あんた…。…〈毘沙門クベーラ〉って言ってたが、マジなのか? あの、U級〈幻神災レイド〉の…」

どうやら、我が愚妹や ツバキ嬢よりは 話が分かる人物らしい………それに。


「もしかしたら、あんたこそ 何か知ってるのかな?」


「いや、詳しい訳じゃねえよ。ただ 北では有名だからな……ただ」


なるほど、やはり 北方大陸の出身者か。


「ただ、アレが着てた鎧がな。知り合いのヤツに似てたんでな…」


「…ほう。それは」


「まあ 知り合いっていうか、命の恩人というヤツで、そのネエちゃんと同じ……〈楯奴隷デュラハーン〉だったよ」

オッサンは、ロクを眺めながら 懐かしそうに言った。

そう言えば、北では〈楯奴隷〉の事を デュラハーンか アインヘリアと呼ぶらしい。


ロクは 首を傾げながら、そんなオッサンを見返している。


「それの名は…?」

色んな何かが 引っ掛かる私は、オッサンに尋ねた。


「…ん? ああ。主がいないから『銘無し』だったぜ。だから 確か『首無し』とか、あと……『計都ケイトゥ』とか呼ばれてたか」


流石 一級の冒険業者と言うべきか、いつの間にか この場の全員が 聞き耳を立て、静かになっていた。


「ふ。なるほどな……ならば、紅殿」


私は、集団から……そして、ランタンの光源から一番離れた場所に振り返り、紫色の影に呼び掛ける。


「………………………………」

勿論、その人型の影は答えて来ない…。


…が、その態度が 肯定を意味する。


「今回 貴方から命じられた、帝人軍からの 居留地や軍港奪還等の特務は、ブラフだったという解釈で 宜しいですかな? ふ」

回答を期待せず、私は尋ねた。


「え?! はあああああ? ど、どういう事よ 姉さんっ!?」

予想はしていたが、やはり 愚妹が始めに 驚きの声を上げる。


「………………」


黙したままの 紅を見つめながら、私は追及を続ける。


「北部軍港 及び、その周辺に配備されていた帝人の不当占領軍は恐らく…」


「………………」


紅が 動かないのを確認してから私は、愚妹や勇者達の抱く疑問に 応じる。



「…恐らく ほぼ、壊滅している。ふ」

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