第五章⑪ 隕石喰い と、怯えし紫眼。
怯えに濁った紫色の瞳…。
…他人の事は言えない立場だが、多民族の連合国家である皇国でも珍しい色の瞳。
そんな瞳が 私に向けられている。
姉を失ってから 3年目の秋に 私は、初めて彼女に出会った。
『あの夜』以来、母も私も 言い知れない虚無の中で ただ漠然と……そう 屍のように 動き続け、亡者のように ただ 悶え続けていた。
私には、まだ『あの御方にお仕えする』という目的意識と ある組織の運営等々が支えとなったから良いようなものの、母は 酷い有り様だった。
母は 父からの援助の申し出を断り続け、
昼は 未成年戦災孤児らを保護する小さな養護施設で無償で働き、夜は…。
…
明らかに働き過ぎなのは 私も分かっていたが……敢えて、止めなかった。
自傷行為としか思えない それが、巨大な後悔と自らに対する憎悪に起因する事など明白であり、もう そんな事でしか自らを慰められない程 母の魂が擦り切れていたという事実を、当時の私も子供ながらに理解していた。
日に日に、正気の光輝を失って行く 母の瞳を見詰めながら…。
…そう長くは『もたない』だろう母がいなくなったら、程無く 自分も いなくなるだろうと 何故か自然に考えていた程に、私も適度に病んでいた時期だった。
そんな心中一歩手前の 狂人母娘の元を訪ねて来るような、極まった酔狂人がいた。
その人物は 実用性など皆無と思える 黒い外套と黒い全身鎧、それに……明らかに禍々しい造形の
…薄黄緑色の髪を有する美少女を 伴っていた。
黒雷の術聖……黒き傭兵女王…。
…隕石喰いの女剣鬼。
そして……〈魔剣士
様々な異名で称される ハーフエルフの女英雄。
世界最強の傭兵団『
…かの〈厄の大戦〉に於ける正確な
そんな偉業を有する 世界的著名人が、決してお世辞にも豪奢とは言えない 我が家の戸口に降臨していた。
母とは昵懇の間柄だった その女傑は、伴っていた少女を 暫く預かってくれる家庭を探し、来訪したのだった。
勿論 私は、母が断るとばかり思っていた。
三年もの間、正気と狂気の危うい
だが、当時 すでに屍のように痩せ細っていた母が 即座に快諾し、その時から紫眼の少女は 我が家の家人となった。
何かに とても怯えているその少女は、しかし 非常に珍しい能力を、有していた。
有史以前より この世界に存在する、魔術…。
…世界師ら亡き後の現代に於いても、光天闇天の現存二天魔術は一般の者達さえ生活レベルで 容易に使用している。
生まれてからこの方、一切の魔術行使が叶わなかった私にとってソレら全般は 奇跡の御業そのものだったが、この少女が有する才能は更に 一般には流通し得ない程の特殊過ぎる代物だった…。
…〈霊震功術〉。
勇者に次ぐ先天性戦闘術適応能力者群〈英雄〉……それらの前置的存在として出現する『英雄候補者』らが「必ず身に帯びる」のが常態とされる、やはり先天性の特殊戦闘術。
『失われし現象系六天魔術』と称され、より直接的に物理現象に干渉する強力無比な古代魔術を行使する 現代では余りに希少な術法……そして、その中でも歴代の世界師以外 まともに扱えた者が 連れて来た本人たるラフレシア卿以外 殆どいないと伝えられる〈雷天〉を、この少女は 容易く行使出来たのだ。
この事実を始めて知った私は、彼女に二つの点で 興味を抱いた。
一つは 単なる『研究対象』として。
もう一つは、そんな特殊で強力な才能を有している彼女……愚妹たるアユミ=S=ブロッサメが 何故、あれ程 他者に怯え…。
…そして、何を そんなに……『恐れているのか?』に。
私は 程なくして知る事になった…。
…〈大慈〉の呪いと、その呪縛の強力さを。
大いなる畏怖と、後悔と共に。
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