第五章① 天魔種の必要性と 赤い肌の男。



「……ユージン?」



胸部を貫かれ 絶叫し続ける、若いヒト型のホモ族の男女には 見覚えがあった。


それは かつて、この村の外れにあった 難民居留地にいた仲の良い男女と、瓜二つだった。

あの夜、確かに彼らは……。




『天魔種の対抗者』とも呼ばれる その存在は…。

…元は、森の精霊、ただ その一種に過ぎなかったという。

多くの英雄……いや、厳密には 多くの〈勇者〉と呼ばれる真の鬼才達を輩出した 狩猟民族らの、畏怖と原始的な信仰が具現化したモノだったとされる。


森の深淵。

その豊かで昏き闇がかももたらす、恐怖と恩恵の象徴。

古代陸棲生物達 全ての支配者にして守護神。


〈勇者の一族〉と呼ばれる森や砂漠、草原や山奥に暮らす薬叉エルフ石切鬼ドワーフと一部の角無しナンデルト族以外の、『天魔症』罹患率の異常な高さが顕著なのは 偉大なる双子神〈光闇の双樹〉…。

…その加護や それらへの信仰の有無、濃淡等によるとの報告内容を 皇国神祁院からの回覧文書か何かで 見た覚えがあった。


それには…。

『既に、農耕系民族として多様な神霊と文化、社会性等々を有した 皇国を始め 他の大陸国家群に於いて、『天魔症』の発症リスク低減は 事実上【不可能】と考えられ……』

…という 何の救いも鋭意も感じられない結論が、記されているだけだった。


考えずとも、当然の帰結だった。

祖先達は、そして 我々も『間引き』を……自らは勿論 近親者、隣人の死や 殺害を、食料を始めとする『資源確保の為』と言って容認する事が、出来なかった。


我々は それを、社会規範上の犯罪行為……『殺人』と規定してしまった。


食物連鎖の底辺で苦悶と絶滅、種の保存本能から来るその恐怖から 我々は『生まれ出た全てが平等で価値ある者』という どこからか持ち込まれた錯覚に縋った。


本来、生命として引き受けるべき苦難や痛痒を遠ざけてしまった。

作ってはならない『例外』……歪みを産み、内包する道を種族として選択したのだった。

原罪とも言える歪みや矛盾を内包したまま、我々は生存圏拡大を開始してしまった、複雑化の一途を辿る原罪社会とも呼ぶべきそれは、原罪を内包するが故に分化複雑化する度に『例外』と歪みを産み、許容する怪物と化した。


ただ、その怪物は呪うばかりの祟り神でなかった。


一時の疑似解決、猶予期間の延長、社会的文化的経済的決算行為…。


…多国間の総力戦〈世界大戦〉という『大幅間引き』を。

大量の生贄の供出たる恩寵を、我々に齎した……。


その辺をうろつく犯罪者や狂戦士らなど 可愛らしいとさえ思える程、我々は既に狂っていた。



でも、絶対に戻れない…。


…もう十分 狂った この頭でも、狩猟民族には戻れないし 戻る積りもサラサラ無い。

その位は、理解は 出来る。


社会の歪みから 我々が発する濃密で豊かな強欲によって発生し、また 我々の肉体さえ喰らい乗っ取る〈天魔種〉という存在は、我々の築く社会の巨大さに比例して強靭化してゆく。

この定理を崩せる方程式を、未来の鬼才が開発する幸運を切に願うのみ。

つまり、我々 強欲なる農耕民と天魔の因果は 当分 切れそうに無い、という事だ。


社会の歪みを修正する為、時に犯罪や戦争による『間引き』を引き起こす戦災神たる天魔共とは、取り合えず 気長に付き合っていくしかない。

一方、古代に於いて適切な『間引き』等によって 結果的に天魔共を駆逐していた古き森の王、太古の鬼神ゴッドオーガ……〈夜叉の王ヴァンパイアロード〉。


その末裔たる端正で無機質な女性顔は、姉の…。

…あの夜、確かに死んだはずの ダークエルフの顔をしていた。

ヒト型の鬼族……いや、森を起源とする全ての陸棲生命体に、根源的な恐怖を齎す底冷えを催すような、それでいて郷愁にも似た 存在感。



確かに死んだ姉が 笑みさえ浮かべながら、やはり あの夜に死んだはずの…。


「…ユキ、ナ 姉……?」


…|擦れながらも 自然と口から したたり垂れた その名前に、目の前に広がるその事実関係に 私は戦慄を覚える。


姉のような顔をした〈女夜叉〉は 軽々と腕を振り、知り合いに似た男女の胸から 腕を引き抜いた。

紫色の液体に滑る心臓が〈女夜叉〉の手の中で、脈打っている。


〈女夜叉〉の 愉悦に満ちた表情、その下半分が 割れ…。

…毒虫のような おぞましい口元が 露わになった瞬間、おもむろに 二つの心臓を貪り喰らい。


「うふふフふふふふふフふふふフふふフふフフフハハハッ♪ アアアッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァ…!!…ありがとう、エサの 皆サマ♡ ソシテ…」

そう 謝辞と共に哄笑を上げながら、赤銅色の肌をした男の姿に変化へんげした姉は、私に…。


「…本当ニ アリガトウ。我ガ愚妹よ!!!」



…心底蔑むように、だが 慈しむように 嗤ったのだった。

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