第四章⑭ 北の妖精郷から来た 中年戦士。



〈両断〉の……または〈兜割り〉のギル=デガイン、32歳。


皇都居住権を有する 西方大陸セプテンシア冒険者組合天道連合皇国支部登録のBプラス級討伐冒険者であり…。

…皇都に、妻子を住まわせている。



北方大陸ノーベンブルン南部のドワーフ自治領内に含まれる広域丘陵地帯にある、絵に描いたような寒村の出身である彼が 西方大陸に渡って来たのは、13歳の時だった。


あの〈厄〉に於いて、〈西方戦役〉と呼ばれる奇天烈かつ 色んな意味で後味の悪い『グダグダな戦争』の際、〈超大陸憲章機構〉連盟軍 緊急展開部隊の次に早期駐屯を開始した北方大陸特別派遣軍の内、かの〈地犀皇ベフィーモス〉ラズール率いるドワーフ自治領義勇独立混成旅団の軍属としての 来西、だった。

そんな経緯で皇国に来た彼は、戦役中の奇妙な混乱の最中に軍属居留地から任意に 離脱….

…つまりは、軍からの逃亡者となった。


海上移動の手段を持たず、また皇国の北部と中央部の境界に展開する世界最強と称される皇国正規軍主力の警戒網を突破出来るはずもない彼は、当然の事ながら居留地から脱走した後、西に向かった。

勿論、こちらにも他大陸から集まった〈憲章機構〉連盟軍 緊急展開部隊を警戒監視する皇国の各部隊が蠢いていたが、故郷でのドワーフ達との交流で得た知識を利用して 鉱夫通用路を見付ける幸運を得た。


それによって、彼は警戒網に引っ掛かる事なく 当時 広大な古代都市遺跡兼 商業都市として隆盛を誇っていた〈嵐塞郷〉の地下迷宮に至り、命からがら地上に登り着き……まだ健在だった頃の 西方大陸冒険者組合支部に登録したのだった。

因みに、崩落前の凶悪な往年期だった世界有数の 大迷宮の復路突破である。

その単独行の過酷さは、筆舌に尽くし難いものだったのだろう……だからだろうか。

通常、初期登録時は Fランクからのスタートとなる所だが、数度の能力判定による認定妥当受託位階はDランクとなり、異例の出世頭となった。


それから15年以上も最凶と称される西大陸で冒険者を続け、荒事に慣れ切った猛者である 彼に取っても、ソレのヤり様は……常軌を逸する代物だった。


だが 生涯で初めて目にする、という訳ではなかった。



北大陸南岸に面した丘陵地帯…。

…その麓にある寒村と言っても、すぐ南側には暖かな海流の海があり、そのお蔭で 他の地域に比べて 数段 温暖で地も肥え、かつ漁も出来るという、恵まれた農村だった。

そんな、静かで豊かな小さな農村で 七人兄妹の三男として薩摩芋や男爵芋、各種豆類の栽培で生計を立てる 両親を手伝いながら、何の危機感も無く 彼は育った。

でも、それは当然の事だった…。


…大体、千年の周期で起きるとされる〈厄〉千年忌戦争勃発予測年まで、まだ幾何いくばくかの猶予があると言われていたし、何より 幾ら豊かな土地柄とは言え 莫大な農夫の作業量に忙殺され、いつ来るとも知れぬ脅威に思いを致す余裕など無かったのだから。


突然、異界の獣兵ウェアビーストに襲われた際には勿論、武器はあっても武道の心得がない農夫達に、抵抗する術など無かった。

迎撃に出た 自警団や両親、二番目の兄までも 殺され、全ての村民が立て籠る 古い石造りの砦で 彼は…。


『このままでは、一時間もせずに全滅する…』

…そう覚悟した。


しかし その時、砦の外から獣兵達の異様な絶叫が響いた。

この時 初めて、彼は アレを見た。


鈍色の昆虫、のような何か…。

…ではない、見た事も無い不思議な光沢を発する金属で出来た 全身鎧姿の戦士だった。

……〈計都ケイトゥ〉。


悠久の時代より そう呼称され、北大陸中を闊歩していると言われるアレは 更なる特徴として『首無し』である事で 有名な、鈍色の狂戦士だった。



そんな 激動の少年時代を少し懐かしく想い出しながら、現在の彼が目にした状況に思いを致す。

かつてのアレ〈計都ケイトゥ〉に良く似た ソレは、初め…。


…主人であろう 皇国でそこそこ有名で小賢しそうな 銀髪隻眼の小娘を片腕で引っ抱え、凄まじい脚力で疾走しながら 〈銅喰い〉共を数体ほど蹴散らしつつ、奥で静かに佇んだまま ただ滞空しているばかりだった銀色の球体に迫った。

空中で微動だにしない その銀の球を 隻眼娘は銀の自動小銃で強襲した その瞬間、銀の球体は消失。

まだ年若い感じの女薬叉エルフの端正な顔が現れ……蠱惑的に歪んだ。


そこから、黒髪黒衣にして赤翼の女エルフと隻眼ドワーフ娘の 際限なき銃弾の応酬が始まり…。

…鈍色のソレは、隻眼の主を背後から襲おうと群がる〈銅喰い〉共の前に立ちはだかり、戦い始めた。


自己保存を起因とする、自己防衛としての戦闘。

本来、目的と合致しない 意図しない遭遇戦では、希少かつ貴重な防衛対象でも伴っていない限り、その戦術は 自らの命を優先する形で展開される。

しかし、ソレの戦い方は 一般的な兵士どころか殆どの生命体とは明らかに違った…。

…違い過ぎた。


アレも使用していた腰綱〈明王縛グレイプニル〉……本来、防御用と思しき それを、広範囲に展開する事で 進行を阻害し、敵の意識を自らに向けさせるのみに留まらず、わざわざ敵に全身を喰い付かせる事で 更なる標的となった途端、ソレの反撃が始まった。


ジョギン、ン…!!


不意に巨大化した手甲を、複数の刃を有する鋏に変化させたのだと認識した時には、〈魔銅〉製武器さえ通さない 橙褐色の強靭な外殻に覆われた頸部を 紙のように斬り飛ばし、その斬り飛ばされた〈銅喰い〉の頭部を……片端から全て、喰らった。


そんな所も、アレに……かつて憧れ、遂に為れなかった〈楯奴隷〉に。



非常によく似ていると、彼は思った。


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