第四章⑫ 女勇者 vs. 白執事。



「お、お久しぶりです。 ヒ…」

神速を誇るヒマワリの護衛者 ロクロもギリギリ反応する程の、間合いの詰め方で接近し 赤面しながら敬礼をよこす 正に紅顔の少年〈勇者(公称。)〉


「…ヒヒ、ヒマワリ先輩の お蔭を持ちまして、何とか 何とか昇級出来ました!」


「ふっふ。君は相変わらず面白いな? だが 西大陸最高峰の冒険者に至るなど、運や才能だけでは 到底不可能事。 君の 弛まぬ研鑽の賜物であろう」

いつもの悪意など微塵も含まない 惜しみのない称賛を、長身の 若き〈勇者〉を仰ぎ見ながら 贈るヒマワリ。


「ありがとうございます! そこで 相談したい事があるのですが…?…」


「ん? 何かな」


「…あの、久しぶりに…。… 手、手合わせを…」


最上位ランクであるS級となった 若き〈勇者〉の、ささやかな復讐と 仄かな想いが叶うのか、そんな良いタイミングに水を差す者がいた。


「久しぶりね、〈勇者〉イグサス!」

瑠璃色髪の隻腕少女…。


…アユミだった。


「……えーと、あの…。…どちら様でしょうか?」

イグサスは、少し不機嫌に為りながらも アユミに問い返す。


「……な?! あ、アタシよ? 同世代最強の超〈女勇者スーパーヒロイン〉アユミさん…、…様よ!」


「噛んだか、愚妹よ…。…何処までも不憫、いや 不敏な。ふ」

空かさず、ヒマワリの侮蔑可愛がりが入る。


「うる、五月っ蠅いわよ、姉さん!」


「姉さんって、え…? …もしかして アユミちゃん、なの?」

勇者は戸惑い、そして まだ幼い美貌を曇らせながら アユミを見据えた。


「そ、その、姿は…?…」


「あ。コレ? いや、元々アタシ こういう髪色…」


「違うっ 腕、腕の方! それって どう見ても、肩関節から綺麗に無くなって見えるよ?!」

最高峰の冒険者たる〈勇者〉には 外套マント越しでも分かるらしく、彼はアユミの右肩を指して告げる。


「ああ、コッチね…。…ちょっと、術をしくじっちゃっただけよ」


「ヒマワリ先輩…。…どうして? 先輩なら…」

幼馴染の惨状を見ていられないのか、彼はアユミからヒマワリに 少し非難がましい視線を向ける。


「…はふうぅ。まあ、その…。…蒙昧なる我が愚妹が、愚妹なりに決めた事らしい」

重篤な頭痛でも患っているかのように、ヒマワリはぐったりと左手で頭を抱える。


「あ。ダメだからね、治しちゃ?……『願掛け』解けちゃうでしょ?」

年に不相応なふくらみを 隠すような素振りで、右肩を庇うアユミ。


「『願掛け』…?…それはどういう…」


「…って、そんんんな事より 勝負よ、イグサス=オルティネータ!〈真の勇者〉の称号を賭けて!!」

未だ納得しかね 食い下がろうとする、優しき少年勇者の言を遮って 自称〈女勇者〉は吠える。


「オ~ホッホッホッホッ。こおおんな やっとこA級の、それも少し見ない間に隻腕と成り果てる程度の 下等おで下賤な一般冒険者のお相手など、若様が為さる必要はございませんわ!」

と、先程まで勇者の背後に控えていた 白い女執事…。

…そう言う他ない、純白のタキシードを着こなした妙齢の 黒髪娘がしゃしゃり出でる。


「ツバキ…。…何処にでも出て来るわね『G』みたいに。いや、大体アンタだってアタシと同じA級じゃん!」


「ホホホ。あたくしが申し上げたいのは、その下品に突き出た胸部と貧相なヒップラインという変化球で 若様ににじり寄る泥棒猫に、これ以上近付くと その無様な片腕同様、奇妙に突き出た胸部を程好く削ぎ落す という、親切心からの警告ですわ。オ~ホホッ」

敵愾心…。

…凄まじいソレに 満ち満ちた言葉の羅列を『親切心』と言って憚らぬ、ツバキ嬢の豪胆さ。


「いや アンタなんか、お尻以外は姉さん並みにツルペタじゃん!? 言っちゃえば尻デカ女じゃん、アンタなんて…。…ハ! ソッチの方が、ヤバいでしょ…?」


「…ヲイ、愚妹。我は完全なペッタンでは…」


という、外野からの苦情など意にも介さず、口を開く度、互いの冷たい何かが 極限まで研ぎ澄まされて行く…。


「オホホ…。…貴女、今、あたくしに 最も言ってはならない事を言いましてよ?お分かりなのかしら? すぐに謝れば 許さない訳ではございませんわよ? 今なら片方の…。…乳房だけで」

と、極北の冷気もかくや という声音と コワい内容で、真夏の夜の高原を凍て付かせた。


天に二日 無く、地に二王 無しと言う。


「サッサと 掛かって来れば…?…それとも、その尻が重くて 動けないの、かしら?」

挑発以外の用途が無いであろうネタで、相手の口癖を敢えて用いて アユミは即答しる。


不倶戴天の敵同士は、相見えたのだ。


互いに並び立つを、決して良しとしない双璧の娘達。



引き絞られた弓弦ゆんずるのような、緊張……だが。


「ここまでだな…」

激発の矢が 互いに発せらる寸前で、銃を抜いたヒマワリが 制止を促す。


「「…え?」」


辺りを見回せば 、既にイグサスも 蒼き刃を魅せる両手持ちの長剣バスタードソードと巨大な歩兵盾ヒーターシールドを 隙無く構え…。

…先程まで、ニヤ付いて見ていた黒服の天魔少年も 双剣を出し、備えていた。



彼らが見詰める先には、小さな『月』が 浮かんでいた。



そして、その『月』は〈橙褐色の騎士〉……多くの〈銅喰い〉達を 従えていた。

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