第四章⑩ 延滞理由の レアメタルと〈真の勇者〉。



「……でもさ…」

一切の光が届かない ゆるりと下る静かな暗黒空間に、隻腕少女の声が吸い込まれて行く。



「…何だ、いつもノンキな愚妹よ? ふ」


「ぐ……か、買わないからね?ケンカなんか……絶対に」

噛んで含ませるように 必死に自らに言い聞かす、震えるアユミの声。


「へっ」

泡沫が弾けるが如くの、天魔の嗤い。


「……帝人軍が 強引にココに居付く理由って、何なの?」

少年スライムの黒い失笑を帯電しながらも無視し、アユミは黒き厨二姉に尋ねた。


「ミスリルと その仲間達だ…。…あと、そちらに行くと 地中から永遠に帰って来れなくなるが、良いのか? ふ」


「………………は? え、え?! こ、コッチ?!」

更に下り気味な通路に向かいつつあったアユミは、慌てて急な登り通路に復帰する。


「ふ。 厳密には、西方大陸北部縦断龍脈沿線予測埋蔵希少資源大鉱脈群だ」


「……んと。……え~と…。…ミスリル銀がタップリ採れるって事?」


「思い切り省略しおって…。…まあ、そうだ。 だが ミスリル鉱脈だけじゃない。旧帝国時代からの通貨単位『マニ』の鋳造主材である〈魔銅〉の産出量は世界一だ。 また それに付随して、やはり貴重な触媒や 時には高硬度結晶の無機オリハルコンが産出される事もある」


「へえ。妖精自治区以外でも、オリハルコンって 採れるんだー?」


「ふ。相変わらず底無しにおめでたいな 勇者女は。ああ、あと たまに、極々たまあにだが…。…そのオリハルコンの中に奇妙な金属片が混じっているらしい。その市場価値の相場は、旧帝国製精錬金相場の…。…500倍、とも聞かれるな」


「五ひゃ、500?!……も、もしかして コノ辺りにも埋まってたりして、たりして?!」


「どうどう。まあ落ち着けみどりミルク……もとい、愚妹よ。ふ」


「誰が 美味しいミルクタンクだ、コラ!?!」


「そこまでは言っとらんが…。…まあまあ、とにかく落ち着け。 じゃないと、掛け値無しに命に関わるぞ? ほら!? そんな安易に ここらの壁に手を掛けるな!」


「い?!……何、ナニッ?!」


石切鬼ドワーフや希少金属の扱いを生業にしている一部の者なら、一定の耐性があるとされていて そこまで気にする必要は無いが……通常、魔術系の希少金属群は親魔術性でも非魔術性の物でも 仙気を喰われるし、その循環等を狂わせる…」


「…あ」


「今頃 気付くな、粗忽者…。…能天気な愚妹脳に不釣り合いな英雄具ヒロイックナンバーズ……〈金剛杵ヴァジュラ〉や〈神亀王クールマ〉は元より、普段 お前が使いたがらん〈預言者の永月ラマディーン〉などは効果が顕著だから、その恐ろしさは……使用者のお前が一番理解しているだろう?」


「う、うん…。…分かった」


「そうか。 なら努めて、気を荒げるなよ? 良いな? 愚妹を極めし ミルクタンクよ」


「はあああんだと、コラッ?! ケンカか、ケンカ売ってんのか?! 上等だ、買ったらあああああ!!!」

一瞬だが、網膜が焼けるほどの帯電……いや、放電により 狭い通路の前後数10mが真っ白に染まった。


「おいおい。そんな精神を荒ぶらせたら、アッという間に仙気を喰われるぞ。〈迅雷功ウシ〉発動時のように 白雷角の神気が出てるが…。…気付いてるか?」

まるで古い伝説の女勇者〈与えし者スラビィ〉のような姿。


「ひい!?……ふ、ふううううう。ひっひっふううぅ。ひっひふうぅ、ひひふうぅ…。ぅひっふうううううううぅ…。…ウウッシ!」

極めて独特な呼吸法で 自らの精神を、アユミは安定化させ 闇の静寂が戻る。


「何故、ラマーズ法なんだ…。………まあ、この坑道を抜けるまでは、せいぜい気を付ける事だ 愚妹よ。そこら中の微細粉塵や土中の鉱物らが お前の精気と正気の全てを吸い上げようと、狙っている…。…それを 肝に銘じよ。ふ」


「……分かってるわよ」


そして、見透せない運命を迫るような 急坂な暗闇が終わり…。

…先頭のアユミが木製の扉を開けた。



「ヒ…。…ヒマワリ先輩…?」

戦くような、そして 耳元で囁くような 不思議な響きの 若い男性の誰何すいかが、アユミの鼓膜をくすぐった。


「…あ、アンタ達。何で…?!」

アユミは 苦々しそうに、吐き捨てる。


声を掛けて来た まだ幼い感じの金髪長身優男は 有名な、西方大陸全域で とても有名な……冒険者だった。


ミスリル銀と 蒼きオリハルコンが、分団ふんだんに使用された 贅沢な騎士鎧ナイトアーマー一式を、一分の隙無く 着こなす 明らかに討伐系。


「久しぶりだな〈貴公子〉。いや、今は……〈勇者〉殿か」

珍しく、他者への悪意無く応える ヒマワリ。


「なあ?…。…〈勇者〉イグサス殿」



目映く、懐かしそうに 黒き王は 勇者の名を呼んだ。

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