第四章⑧ 返還期限と『蛮族の大南下』。



 いつの間にか、高台からの 騎兵砲撃による効力射が 止んでいた。



「ほれ。……これを着けておけ、愚妹」


 白き霧の中、声のした方から放り出された銀色の物体をダイレクトキャッチで受け取ったアユミは、手にしたモノを見ながら…。


「コレって……『防毒仕様』、だよね?」

…そう尋ねる。


「ふ、その通りだ。流石の愚妹も知識としては知っているようだな……ほら。さっさと被れ!」

 既に 装着済みなのだろう、尊大だが 妙にくぐもった感じの命令が 姉から返された。


「う、うん。でも……」

 隻腕にも関わらず、アユミは 渋々ながらの様子で…。

…だが、器用に マスクを被る。


「ん?」


「いや、重騎はともかくさ…。…〈騎士〉なんか本当に、出て来んの…?」


「…出て来ない、とは……!?。敵先鋒、来たぞ! 結界解けい!!」

懐から、いつもの巨大拳銃を取り出しながら ヒマワリが叫ぶ。


 程なく解かれ、拡散し始めた白濁を掻き分け 踊り掛かって来る、数体のマスクを装着した青鬼ゴブリン達。


「!?……ちょ」

 アユミの慌てたような声。


 それに構わず、ヒマワリは歩いて それらの方に近寄りつつ、二体を速射で屠り。


 残りに対しては…。

…体術で翻弄しながら援護を待つ、と思われた瞬間。


 一体の懐に入り 肩でそいつを突き上げ、相手の懐内で器用に体を反転させ…。


 ガオン!!…ン。


…驚いたそいつの 吸収缶に銃口を当て、引き金を引いた。



 しかし、真に驚くべき事実は それではなく…。


…第三射目の射撃線上に、残り二体の頭蓋までもが含まれていた事だろう。



「ちょっと、姉さん…」

 都合数秒間で速成された、五つの死体を眺めながらヒマワリに近付くアユミ。


 だが、アユミの問いと到着を待たず…。

…ヒマワリは先程と同じ手順の虐殺を、数度繰り返し。


 仲間が合った、そんな身も蓋もない迎撃に恐れを抱いたのだろう。

 いつの間にか 青鬼族と犬頭鬼コボルト族の先鋒隊は、引き揚げていた。


「………」


 胸元で拳を握りながら、ただ佇む 姉の横に来たアユミは…。


「あのねえ 姉さん…。…幾ら、虫女やスライム野郎が大半を陽動してくれるからって、指揮督戦と支援が隊長たる姉さんの、お役目でしょ?」

…溜息交じりに、再度 同じ問いを少し強めに 姉に向ける。


 ずっと固まったままなのでは、そう思える程 長い沈黙の後。


「……ああ。すまん」

 ゆっくり 息を吐くように呟いたヒマワリは、心配そうな妹の顔を見上げた。


「……ふううぅ…。…まあ 何だ、下衆な〈鈴生り〉共には 今みたいな恫喝や威嚇が効果的だからな。ふ」

 長い溜息の後、何かに気付いたように 慌てて厨二ポーズを取りつつ、ヒマワリは言い放つ。


「そう? まあ、今のはそれで良いとして……何かあったの? 〈銅喰いスカベンジャー〉達の襲撃から おかしいよ…」


「ふ。じゃあ、腹が減ったという事にしておこうか…」


「…んな訳」

 反論しようと身構えた、アユミの全身に力が漲った時…。


…ぐぎゅうるぅ♪…ぐるるるるる♪ ぐう♪…ぐう~~~~…♪…ぐう♪


「さて、愚妹の腹に巣食う獣が 暴れ出す前に…」

 ニヤニヤしながら、真っ赤になった妹の顔を眺めやり。


「…腹ごしらえだな?」

 黒き地獄の鬼は、黒い笑みを浮かべながら言った。





「……返還日?」


 アユミの疑問に合わせ揺らめく輝き。

 それにって、狭く 重苦しい土の壁が見え隠れする。


 大半を闇が占める……広い、地下壕。


 青鬼と犬頭鬼の混成部隊との戦闘の後、北東に200m程 移動した香草の茂みの中にある、小さな洞穴の先にあった広大な空間に アユミ達はいた。



「ああ。〈盗み地〉の……北部軍港及び〈超大陸憲章機構〉連盟軍 緊急展開部隊臨時駐屯地の、皇国への最終返還期限日だ。ふ」


「〈盗み地〉の返還期限日って、え?……まだ、居たのっ!?! ゴホッ エホッ…エハ…。…て、〈帝人〉の連中…」

 のべつ幕なし、口に放り込み続けていた 塩煎りエンドウを喉に詰まらせたのか、せながらも 唯一の手でお気に入りの『かぼす蜂蜜水』を流し込み、姉に問い返す。


「〈西方戦役〉の終結は17年前、だが…。…その後、完全掃討の為に各国軍駐屯が一年延長され、地下組織化した異界軍残党の討滅を終えたとされる一年後、各国は駐屯軍を引き払った…。…〈帝人領〉一国を除いて」


「……何で?…」


「…〈魔剣士RRダブルアール〉」


「え?…」


「…今から八年前。ここより更に 北側に、巨大な集落を築いて『しまっていた』青鬼・犬頭鬼による『蛮族大南下』が起こった…。…原因は 色々言われているが、本当の処は誰にも分らん。とにかく 当時……既に〈隕石喰い〉の大英雄として名を馳せていたラフレシア卿率いる傭兵団が 皇国政府の要請を受け、蛮族本拠を壊滅させた」


「……あの、さ。八年前って……もしかして、母さんと姉さんが焼け出された居留地って、この近くなの…?」

 余りに平坦な声と表情の 姉の語りを、半ば強引にアユミは 遮るように問い質す。



「……ああ、そうだ」


 ほんのり少し、皮肉気に隻眼を伏せながら黒き姉は 笑った。

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