第四章⑤ 限定統帥権…辞表と 昇進。



「……またね。ヒマワリ」



不敵な微笑みを…。


…立派な剣歯を蠱惑な口元に浮かべながら そう告げ、望月の藍色より昏い翼で飛び去った女夜叉。


ヒマワリと呼ばれた少女は、首元に掛かった護符袋を握りしめ…。

…ただ、残りの掌で顔を覆い…。


…小刻みに肩を、震わすばかりだった。







いつになく消耗し 消沈した様子の姉を見た隻腕の少女…アユミは、内心動揺しながらも 互いの無事の確認と、知り合ったばかりの〈紫の虹蛇〉隊員…『紅四号』を紹介した。


当然、任務中の『紅四号』隊員は 通号以外は一切語ろうとしない。



そんな隊員に、ヒマワリが 突然…。


「『封鎖』以外の御用…思し召し、だったのだろう?」

…とだけ尋ねた。


コクリ……と黙ったまま、少なく頷いて応じる隊員。


「へ?…ええ!? 何の事?」

アユミは不思議そうに、姉であるヒマワリに聞き返す。


「ふん。何の事と来たか……片腕を捥がれても、愚妹の愚妹さ…もとい 愚昧さは些かも衰えんと見える…ふ」

わざわざ立ち上がり、蔑みの碧眼で妹を見下ろしながら…厨二ポーズを決める隻眼の姉。


「ソレさ。…言い直す必要あるの?ねえ? ただ『グマイ』って言いたいだけでしょ!?」

ムッとしながら、立ち上がる妹勇者。


「へッ。またか、テメエら…。仲良過ぎだろ?」

心底 ウンザリしたような、黒い学ラン少年の声が非難がましく嘲る。



「「…ハアアアッ?! ナニイッテンダ、このスライム野郎は!!」」



姉妹の、その怒号…。

…見事な疑義と、怒気のハーモニーに怯えた周囲200mの昏い森から 結構な数の野鳥が飛び去った。



偶然による共同作業。



「「「「「……………………………………………………」」」」」



白け尽くした、酸素不足で希薄な大気。



そんな、姦しさの後の気まずい…パーティ『曇天の王国』五名の沈黙は、永遠に続くかに思われた。


しかし、流石というべきか…。


「……はああ。本当に気付いてなかったのか、愚妹よ?」

パーティのリーダーたるヒマワリが、ロクロがかいた胡坐に腰掛け直しながら アユミを見詰める。


「…?……だから 一体、何なのよ?」


「…先日の……例の〈人形〉との戦闘だ。お前はあれを、どう評価している?」

ヒマワリは、アユミの失われた右肩を見ながら問い掛ける。


「え?! いやまあ、そこそこ大変だったけど…結構、良い勉強にはなったかな?…とって、何よ?! 皆のその態度はっ!!」



事情を知るはずのない『紅四号』隊員はともかく。



腕組みしながら、近くの樹木に身体を預けていた天魔の少年は唖然とした表情で固まり…。


…問い質した本人であるヒマワリは、厨二ポーズのまま 沈痛な面持ちで天を仰ぎ。

だが…。


…何がツボだったのか分からないが、女楯奴隷だけが 肩を小刻みに揺すっていた。


普段、苦痛にしか興味を示さないかに思えた 憐れむ事しか出来ない己の護衛者の、意外な反応を見たヒマワリは…。


「…ふ。〈大慈〉か……まあ 我が愚妹の愚妹っぷりも、そこまで行くと病気とか呪いとかを超えて いっそ清々しいな…なあ、ロク?」


「……それ。褒めてないよね?全然…」

アユミが、ぶう垂れる。


ただ『紅四号』隊員は…。

…声を出さずに笑う、不気味なロクロを凝視するばかりだった。



不服そうな妹の様子を盗み見てから、小さな溜息を吐いた後 続ける。


「…まあ、我が愚妹の お大尽な主観はともかく。あの北部三叉での戦闘の…その規模って言うのは、軍の…兵器戦術局の内局軍史館で閲覧した資料の中で、唯一見合う打撃火力規模は……九頭龍姫が召喚したとされる八首の黒帝龍ブラックエルダー級か、もしくは…十八年前の〈厄の大戦〉まで遡ってしまわければ、比較対象を見付けられない…」


「………へ!? それって…」

淡々とした調子で語られた重大な内容に、アユミは慄く。


「実際、奇妙な状況だと思っていたのだ…。幾ら 皇国の生命線である南部重用の国策時期とは言え、皇国北部の経済やインフラ復興、臣民の安全保障等 国権上の義務を放棄してはいないのだからな。ましてや皇国経済の大動脈…天下の大往来、二〇〇号幹線での大火力魔術戦闘だぞ? 3㎞毎にあった関所や詰め所やらから 本来、最低でも三個中隊規模の憲兵共が出張って来るはずなんだ…」


「………えと…つまり、ミナコの…護衛者の皆さん達が…」


「そうだ。かの〈皇帝〉が監視者無しで 自由に動き回っていられたのは、皇国側に 親父殿達が…特にゲンジ卿が根回ししていたのだろう。考えてみれば、幾ら皇国将官位を有するゲンジ卿が供連れとは言え、〈大英雄〉級…つまり、師団級とか兵団級の戦力が一度に三名以上、ミナカタ要塞か皇都の海軍港経由でも 国内に入った時点で、軍のマークが付くだろうしな…」


「………え、え~と…封鎖って…」

姉に捲くし立てられ、理解が追い付き兼ねた様子のアユミ。


「………結論を言うと…あれだけの規模の騒動が起きたにも拘わらず、通り掛かりの旅人も来なければ 野次馬が来ないのも変だったし、何より……昔から色々とキナ臭い、この北部に〈八咫〉ではなく 陛下直属の〈紫〉という物騒さだ…」

ヒマワリは、そう述べながら…『紅四号』を睨め上げる。


そこで一同の注目は 当然、件の隊員に向けられる。


「………流石は、若干一二歳で『賢者号』を取得された天才錬金銃兵、ですか…」

初めて まともに喋った『紅四号』は、更に…。


「…しかし…陛下より 限定統帥権を賜る我々が、佐官とは言え 貴方の要請に従い 任務内容を伝えるとでも? 特務中佐殿…」


「…ああ?…いや、我の階級は『少佐』で…かつ、既に退役して…」


「当然ですが……受理されていませんよ。貴方の辞表」


「な?!…」


「…というより、特務士官として中佐に昇進です。おめでとう」



「「な!?…何だってええええええ!!」」



優しき望月の加護の元、姉妹の疑問と感嘆符が 響き渡るのだった。

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