第四章② 愛しきは…〈灰被りの騎士〉様。



………全て。

私の全てが、その御方のモノ…。



…私は その御方の為に、全てを為し。

全てを 平らげ、捧げる為に生きている。


〈我が君〉に尽くす事だけが、私の『存在意義』…。


…〈蛇〉共よりも 尚深く 息を吐き、眼を閉じながら 私は想う。

〈我が君〉との邂逅…かつての頃を。




〈前忌の厄〉…。

…または〈第九忌千年紀の厄:第二次異界大戦〉と呼ばれ、世界中を震撼せしめた未曾有の極大凶事。

未だ 世界中に、その傷痕が生々しく残っていた 新千年紀暦10年に、それは起こった。


北のとある寒村の離れにある、小さな居留地に夜の帳が下り、突如 なだれ込んで来た五〇名程の武装した男達に取り囲まれ、退路を断たれてしまった。


男達の一部が近付いて来るのを見た『彼女』が、視界を遮るように覆い被さってくる。

見えた限りでは 全員の装備が、揃っていた。

ただの野盗や傭兵の類いではない。


兵士…領兵、または 地方領軍兵と呼ばれる者達。


『彼女』の肩越しに 領兵達を更に見やり、目を見張る。

連中の装備は一様に、血塗れだった。


返り血。

仲間達の、未だ乾き切らない血。


結婚間近だったユージンとユキナ姉…。

…ガルフおじさん。

そして、モラ…彼女も もう、居ない。


兵達の目は、皆 血走っていて 狂人のそれと変わらない形相だった。

間違いなく 地方領軍兵だ。



『弾正式不文軍律』その一。…〈一銭斬り〉


他国の事情などは知らないが、国家正規軍である皇国連合侍衛軍では 非武装の民間人への暴行略奪は 罪状の大小に拘わらず軍法裁判抜きで即極刑だ。

これは、旧帝国期以前からあるとされる西大陸北方民族国家群の絶対的慣習だった。


つまり、この兵らは 北方民ではあっても正規軍ではないという事である。



箍の外れた、獣染みた眼光の領兵らの内 数名が近付いて来て…『亜麻色の髪の彼女』の肢体を好色な視線で舐め回す。

その獣達の中で一際大柄な(赤鬼族オーガか?)男が、『彼女』の美しい亜麻色の髪を掴み、力ずくで引っ立て 餓狼の群れの中心に投げ入れる。


その更に外側に展開している武装兵達から下卑た歓声が上がり、誰ともなく『彼女』の上に圧し掛かろうとする。


『彼女』から引き剥がされ 茫然としていた私も…十に満たない未熟者であっても、今後の凄惨な展開を 察知していた。


混迷を極める〈前忌の厄〉以降の西大陸では、通常運転の如く 多くの死体の傍で、人通りの少ない場所で、様々な物陰 等々で 行われる行為…嫌という程 目にして来た光景。

中には……年端もいかない女児が、何十もの男達の相手をさせられている場面にも 出くわした事があった…何度も。


私は、直ぐに立ち上がり『彼女』の元に向かおうとするが…。

…例の大男に見付かり、ブラックジャックの様な得物で 簡単にのされてしまい、元の場所に片手で投げ返された。


私は声の限りに、領兵達に、獣達に必死に懇願した…と、思う。

混乱の極みに達していたのだろう。

この辺りの記憶が 少し曖昧だ…。


『彼女』に乗り掛かった一人の男が、徐に軍装ズボンのベルトを 外し始めた。


そんな 切羽詰まった状況の中、周りを取り囲む領兵らの壁の隙間から 生臭さと焦げ臭さが漂って来た。

すると。程なく…餓狼達の円陣の一部が、突然 四散し…消滅したのだ。


瓦解した 円陣の合間から飛び込んで来た 颶風を纏いし灰色の影は、今まさに事に及ぼうとしていた男と隊長格の赤鬼を始め 円陣内の数名を、瞬時に…10㎤ 程度のブロック体に解体され…。

…剰え、宙に浮いた元男達だったモノが 破裂したように瞬時に燃え上がり、本来『彼女』の上にブチ撒けられるはずだった生命残渣は 重力落下を経験する事無く細かな灰になり、遺骨すら残さず 風と共に消えた。


〈あの御方〉は…我が君は 暗灰色の全身鎧に身を包まれ、その胸部装甲には『蒼き五芒星に八咫烏』の部隊章があった。

それは、同じく総務院内務局お抱えの実働部隊である内国治安軍とは別格にして、第一級の軍機とされ 徹底した秘匿管理を施された皇国最強の秘密部隊…。

…『特別工作大隊』、通称 『特工』と呼ばれたモノ達の一員である証だった。


お手になされる得物は、蒼き硬化オリハルコン製の刀身を有する国宝の大脇差…かつての旧帝国末期に かの英雄女皇 菊莉が用い…。

…皇国建国後には、迷宮商業都市〈嵐塞郷〉の特務太守家に代々伝えられているはずの代物であり、所謂〈英雄具ヒロイックナンバーズ〉の一つだった。

伝え聞く、その伝説的武具の俗称は…。


…〈靑大将ゼネラル サファイア〉。


斬り捨てた全てを 灰になさる為、血油は一切付いておらず…拭い去る手間も必要無し!

何て スマートで、エコな必殺技なのでしょう!

パーフェクト!!


まあ、鬼神も裸足で逃げ出すような 鮮やかな圧殺劇と格の違いを、まざまざと見せ付けられた 残り30名強の武装領兵らは、当然の事ながら戦意喪失し、武器を放り出し 各々バラバラに 逃げ始めていた。


そんな敗残兵には 全くご興味がお在りで無いのか、『亜麻色髪の彼女』と私の元に〈我が君〉が…尊いお御足を運ばれ、近付いて来られた。

そして、〈灰色の騎士様〉は…私の顔を。


当時、ある事情で『亜麻色』に髪色を染め抜いていた『母上』に抱え上げられていた 私の瞳を、暫くの間 ジッと覗き込まれるという僥倖に浴する栄誉を、お与えになられたのである。


結局……愛しき かの〈灰塗れの騎士様〉は、そのまま 名乗りも為さらず 残党の追撃に向かわれ、部下や同僚の方々に連れ添って貰い 皇都に入る事が出来たが、それっきり〈あのお方〉とは お会いする事が…出来なかった。


それから 一年後。

私は、皇立〈西大陸大学校〉幼等部特待生資格を得…。



…その特待資格と引き換えに 皇国侍衛軍士官学校幼年科に滑り込み、ダブル入学を果たしたのだった。

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