第四章① 地獄の楯…『天魔喰の嗜み』。



『…貴様は 我に、何を供する?』



虹色に爆ぜる 黄金の…無数の飛沫しぶき達が、視える。

しかし、全てを圧倒するが如き その綺羅星らを、絶え間無く量産するソレ自体は…。


…静かだ。


とても静かなソレは、仄暗く『照らす』無限の白銀…。

…今も、広がり続ける 石灰の銀河。



〈超古の天銀〉。


太古と呼ばれる古代魔術王朝期。

その世界帝国の支配者であった〈天帝〉レイナースと、他二名の世界師らが密かに研究したとされる 超々希少物質…。

…いや、現象体とでも呼ぶべき摩訶不思議な『何か』の仮名称だ。


密かな研究だった故か、彼女らが遺した文献は非常に乏しく…完全な解読は困難とされ、現在に至るという。

ただ、その文献に於いて 判明した事実…いや、解釈のいくつかは 真しやかに揺蕩い 世間の片隅に 沈着しては いた。


錬金術を含む あらゆる魔術的アプローチは基より、一般には〈聖学〉と呼ばれる異界の学問…〈科学〉による 如何なる分析も受け付けない。

完全な『正体不明Unknown体』だった。


敢えて『似ているモノ』を上げるならば…。…光学的な外観は、ミスリル銀流動体に『似ている』。

魔術等 霊的干渉に関しては〈アイアン〉だろうか…一般には血鉱石ブラッダイトと呼ばれる異界由来の超希少鉱物に『似ていた』。

あくまで『似ているだけ』だ。


ミスリルは、薄い青白い光は発するが…決して、虹色とも黄金とも着かぬ派手な発光を『常時』撒き散らしたりしない…。

…そして 何より、非魔術性金属である血鉱石は 魔術は弾き、または霧散させるが仙気フォースは透過する。


しかし、アレは……違う。


違うのだ…。




あるじ達を飲み込んだ 眩く輝き流動する金属球…その 冷たい輝きを放つ半球を 目前に控えながらも、彼女は気付いていた。

彼女が それを意識した時には既に…。


…自らが纏う鈍色の手甲は『とうの片刃』を擁する大鋏と化している。


他の七名も、各々 銀の半球を背に得物を抜いている。

だが、彼女に取って それらはどうでも良い些事だ。

主達が生き…そして『想い』を遂げられれば、それ以外は全てどうでも良い。


そう。…全て、頂く。


これから迫るだろう危機…怒涛の如く 押し寄せるだろう『アレら』の始末を、他の護衛者達に譲る気など…。



他の者達とは 逆に、彼女は 半球の方のみを視たまま…。


ジュチュ…!


…突如、背後の深い森から飛び出して来た 粘りのある『液状の何か』の中央を、振り向きもせず 彼女は…歪な大鋏で 無造作に、貫き抉る。


真夏の密林より飛来した 奇妙な粘体から手甲を引き抜き…。

…内向きの刃を備えた手指で 器用に捻り潰し、ソレから溢れる『赤き滋養』を まるで 沐浴の如く鈍色の全身に浴びせ掛けながら、徐に 顔に近付けたソレを…。


…〈脳髄〉にしか見えない ソレを。


咀嚼し、嚥下する…。



開いた顎部のフェイスガード…その奥に、『赤き滋養』塗れの口元が、震え 歪むのが見て取れる。


……彼女は 声も無く、嗤った。


…震えながらも…確かに、嗤っていた。

まるで 狂おしい程の 愉悦に、耐えるように…。


…一見 それは、情欲の残り香に 見えない事もない。

情事の後に 雄を喰らった蟷螂の…女の顔に。


だが それは、直ぐに消え失せる。


雄性体との行為と『滋養』に満足し、しかし

癒されない渇き…その、狂った〈何か〉を嚥下と同時に自覚する。

いや、もっと濃厚な『滋養』が欲しくなる…更なる『瘴気けがれ』が。


自らの全てが 爛れ 溶け合い 気化する程の巨大な利己…〈煩脳〉。


だから 彼女は、求めなければならない。

より豊潤な滋養を…。

…彼女が望む〈悲願の大海〉。


『白き坩堝』と呼ばれる〈何か〉に至る為、ヒマワリの〈楯〉たる彼女には 更なる貪欲さが求めらるのだろう。



一連のそれを見た 他の護衛者達は、慄然とした面持ちで凍りついている。



…無い。


他の連中に譲るなんて、あり得ない。



主が発した言の通り、全て…。


「…あは、ふ。…ウフふ。私が、全部 わタシが…平らゲ、マ ス。…わ、私ノ全、てヲ『主様ラージャニ…捧ゲ、マス…♡」


『赤き滋養』の鐵臭さを圧倒する、強烈な甘い香り…。

…この『麝香臭』が 充溢する瞬間だけ、彼女は 安息を得る。



そう。自らの罪業を…。

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