第三章23 解放約定…その前。



絹との混合布なのか…ほんのり艶のある仕立ての良い、如何にも高価そうな 詰襟つめえりのある礼服。

全体的なデザインの印象としては、黒無地の軍服みたいだけど…徽章きしょう等の類いは無い。


そんな異様の青年が、皮肉そうに…アタシを 嗤う。



「アンタ、何で…?」

鈍色の縛めで 大地に繋ぎ止められたソイツに、物理的には見下ろす形で アタシは質す。


「あ?…ああ!? そうか。テメエは見た目通りの 察しの悪い系キャラだったな。は!」

と…姉とは別の意味で ムカつく事を、アタシの 胸の辺りと右肩を見、失笑を交えながら小馬鹿にして来る黒服。

何で アタシの周りには、こういった歯に衣着せぬ 遠慮のない手合いが多いんだろ?


相変わらずの 凶状じみた瞳と人相だけど、〈嵐塞郷〉で 初めて遭遇した際に発していた『強烈な』臓物臭はしない。


そんな事を考えながら…。

アタシは、何とは無しに 一歩退いてから黒服が仰向けに固縛されてる位置関係を俯瞰して考えた。


「…?。…〈水天〉の位?!」

って…そうか。

コイツって、仮にも〈天魔種スライム〉に憑依…じゃなくて寄生されてたから 水系の魔術特性が顕現してるんだ。

まあ、元々コイツが『水天の加護』を持っていただけかも知れないけど…。


…または。


「…あ!? やっぱテメエか! オレ様の〈剣〉を チョロ巻かしてやがったのは?! それが無かったせいで 酷え目に…!」

いきなり何か、色々がなり立てながら アタシの腰と顔を 睨み付けて来る。


対虫女戦で、血鉱石ブラッダイト製の甲冑を易々と貫いた…鈍色の小太刀。

異界で鍛えられた やはり血鉱石製の…そして 聖学の言語で〈アイアン〉と発するらしい、魔術の影響を頑なに拒絶する金属で出来た刀剣…。

…〈血刀ブラディア


昨夜のケンカの際、気絶していた黒服を囮で投げ付ける前に 小川の方に投げ捨てておいた代物だ。

姉の方を見ると、ただ コクリと頷き返され…。


「………もう。分かったわよ!…儀式がちゃんと終わったら返すわよ!」

微かとは言え、未だ『瘴気』を纏う〈天魔人ハーフスライム〉に 正直、得物を返したくはないけど…。

…はあ。…せっかく 取り上げたのに、ヤバいじゃん。


「ヘハハッ! 流石 尼サン! 少し見ない間に片腕無くしてる間抜けなウシチチと違って 察しが良いぜ!…ぎ?…ググゲ、ギィィヤアァァァアァァァ…って、オワ!?」

もはや 黒服名物とも言える悪口雑言に反応してか、拘束していた『縛』が 黒服の全身を握り潰すかという勢いで収縮し…。


ザシュ…ッ!!


「……で?…コレの、得物の銘は…何て言うのよ?…」

…アタシは 瞬時に黒服の後方 というか 頭上に移動し、逆手に持った小太刀を 天魔人の頭の直ぐ上にあたる地面に突き立て…。

…顔を覗き込みながら、優しく尋ねる。


「………『幽玄ゆうげん』。…と言いたい所だが…まあ、手前え如きに 嘘言ってもしゃあ無いしな…『夢現ゆめうつつ』、そいつの銘は『うつつ』…『白水現しろみずうつつ』だ…」

何故だか 言い難そうに、憂鬱そうに黒服男は言った。


「…で? アンタの名前は?」


「……………………」


「……虫女」

徐にアタシは、姉の後に控えてる女楯奴ヴリトラに合図を送る。


「…ウをい!………あ、『アタル』…アタルだ」


「ふうん。…変な名前」


「ああん!? 何だとぉコラぁ! ウシチ…ぅげ!?…ゴ、ゴワアァァ…」

…ポテッ。


アタシが 自らの腰に手を掛けながら、結局は『縛』で 気絶させられた異界の青年…その意外に端正な顔立ちを、暫し見下ろしていると…。


「…オリエンテーションは、もう良いか? あと…家でもないのに 男の顔に惚けるのも大概にしておけ、愚妹よ。ふ」

と、いつもの厨二ポーズをキメながら…何か ヤバい感じのイヤらしい笑みを浮かべつつ、言って来る。


「オリエンって…はああ?! バッカじゃないの!?…大体、男に惚けた事なんて 前世から無いし!」

そう言って 怒鳴り返しても、姉やその他 年長組のニヤニヤは止まない…。


「ふ。まあ良い。…とにかく お前も 陣に入れ」


「……分かってるわよ」

納得のいかない場の雰囲気を 振り切るように、アタシは早足で〈風天〉の位置に戻る。


「って…姉さんも入るの!? 四方陣じゃないの?!」

使役する悪食の式神…。

…『笑々鬼ニコニコオーガくんDX』の高い魔術抵抗性によって 姉は、式神を介した錬金術以外の魔術行使が一切 叶わない。


「…大丈夫なの?…」


「ふ。まあ、今回はゴータミィの肉体錬成から入らねばならんし、この面子で『塔』の…〈解放約定の儀〉を執り行える者が 我しか居らんからな。緊急事態だ、止むを得まい。…」


「…………………」


「ふ。愚妹は何も心配せず、練気を保つ事だけ考えているが良いわ。ゲンジ卿や、まあ…親父殿も 居るしな」

恐らく、かなり緊張した面持ちだったのだろう。

逆に、アタシを励ますみたいな事を言って来る姉。


そんな張り詰めた空気が 停滞するかに思われた その時…。


「オイ、お前ら! 俺様の女なんだから、分かってんな?!!」

…流石、最強の大英雄にして皇国軍名誉大将と言うべきか。

そんな、怒号にしか聞こえない激励を、彼の背後に控える二名の美人護衛さん達に 振り向きもせず放った。


「キャァ~ン♡ ゲンちゃん、頑張ってぇ!! ご飯作って待ってるわぁ~ん♡」

「も、勿論であります! ゲンジ様。心得ております!」

共に アタシと同じくAランク冒険業者とは思えぬ黄色い歓声を、ゲンジ卿に返す美女達。


「………………………………」

姉の実父…老ラウールにも 完全武装で屈強そうな五名のドワーフ戦士がいるけど、コチラは主従共に 巌の如き沈黙を保っている。


そして、本来 双樹神…光天や闇天の使い手が陣取る位置に座する 我が姉ヒマワリも また、控えし従僕に 小さな声で…。


「…後は良いな? ロク…お前が全部…」

…そう呟くのが 聞こえ。

忠実な女楯奴は 当然の如く、更に小さな声で…。


「…ハイ。…ご主人様ラージャ

…そう、答えるのみ。


「………ふ。…では、始めようか」

我が意を得たり…そんな愉快そうな、狂おしいような表情の姉が 開始を宣伝しつつ…。

…自らの、銀製の眼帯を毟り取った瞬間。


姉の袖や懐、裾より大量の…白銀の『何か』が飛び出し…。


「!?」



…五芒星を、半球形に取り囲んだのだった。

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