第四章③ 天夜叉の女王と 黒き羅刹王。



……濃紺の漆黒の中、なめるように 艶めく巨大な白い月が 中空に浮かんで……見える。



夢の続きか、戦闘音が…。


「……寒。…………!?」


真夏の夜とは思えぬ 冷気と悪寒によって 急激に覚醒したヒマワリは、宵闇の中 彼女を覗き込んでいた『白い月』…。

…朧に映える白銀製の球 目掛けて、掌底を打ち出す。

だが その『白い月』は、寝起きの無理な体勢から放たれた攻撃を ヒラリ…と躱し、何度かの側転とバク宙を行なった後、10m程 離れた地面に 優雅に着地した。


それを狙っていた様に、直ぐさま 護衛者である女楯奴ロクロが 巨大化させた両腕手甲の鋏で、攻撃を仕掛ける。


しかし、頭部全てを『月』の様な紋様を記された球形の仮面に包んだ襲撃者は、仮面から白銀の…。


タキュ、ンンン! タタタャタン! ャキュキュ… !!


…自動小銃を取り出し、素早く距離を取りながら 女楯奴に銃弾を バラ撒き始める。


それによって 女楯奴の足が、止まっている。


その様子を見た ヒマワリは、絶句する。

普段から 凄まじいスピードと体術からなる突進力と超速の接敵能力を誇り、先日 干戈を交えた ゴータミィの〈光天砲〉による威力砲撃を 至近で受けてさえ止まらなかった 女楯奴の足が…。


…完全に、止まってしまっていた。



だが 粗忽者の愚妹の様に、絶句ばかりしては 居られない。

ヒマワリは 側面に回り込みながら、即座に懐から 大口径自動拳銃…『ピナーカHC』を取り出し、〈月〉に近付きながら 女楯奴の支援射撃を開始する。


周辺からの戦闘音と、愚妹たるアユミの裂帛の絶叫が…未だ 響いて来る。


優しさを……何らかの使命感を拗らせて 隻腕と成り果てた愚かな妹…。

…この世に ただ一人残された、家族。


何やら『橙褐色の金属鎧』の集団と、場違いに艶かしい紫装束の 数名を…。

…やはり先日来に ペット替りに引き入れた〈天魔人の少年〉と共に、相手にしているみたいだ。

そんな、女勇者を自称する イタ可愛い妹の援護に向かいたいのは山々だったが…。


…白銀の仮面以外、ほぼ 夜陰と同化していると言える〈月〉は、片方の闇を仮面に突っ込み …。


…ギャキュン! ギャギ、ャギャギャギャキュキュンンン… !!


…もう一丁の小銃を取り出し、ヒマワリに向け、乱射して来る。

勿論、ヒマワリの護衛者たる女楯奴が 銃弾を、悦びながら遮るが……銃弾を浴びる毎に、動きが緩慢になっていた。


つまる所、どうやら〈闇を纏いし 月の使者〉の如き襲撃者は、 ヒマワリに用があるらしく…。

…簡単には、アユミの支援には行かせて貰えそうに無いようだ。


毒物や麻痺等を受け付けない、という…元々が かなりの特異体質と、強靭な理性を兼ね備えた戦闘者であったろう 女楯奴ロクロ…そんな彼女が『動けない』様になる要因に、ヒマワリは心当たりが 無いではなかった。


無いでは、ないが…。


「……あり得ん。…しかし…」

そう、ヒマワリは 独りごちりながら 互いの銃弾が、互いの身体に一切届かず…霧散している状況を 更に凝視しつつ考え…認める。


……〈超古の天銀〉…または。


「…は。〈行者の灰〉か」

そう言いながら黒く 酷薄そうに笑った彼女は、一旦 銃撃を止め…。

…ロクロの陰に潜み、女楯奴に砲火を集中させてから 唐突に〈月〉へ向かって疾駆した。

当然、ヒマワリに 一方の銃口を向ける〈月〉。


そこで、ヒマワリとは逆方向から女楯奴が回り込もうと動き出し、かつ同時に『鐵の腰綱グレイプニル』の先端を〈月〉の胴体部に放つ。

多少の動揺はあったが、胴を覆う闇…漆黒の外套の背後から迫り出した 赤黒い枯れ枝と、白銀製の花びらが展開された巨大な〈白蓮の盾〉に阻まれ、残りも弾かれた。


その瞬間…。

…〈月〉への近似となっていたヒマワリは、既に手にしていた同じく銀色に煌めく巨大な六角棍メイスを振りかぶり、〈月〉本体を 袈裟懸けに殴り付けた。


全く ダメージを与えた感触が無い…それに。


「……どういう、事だ?」

痺れ、戦慄わななく掌を握り込みながら……小さな胸に蟠る疑義を ゆっくり、静かに吐露するヒマワリの形相は…。

…かつて、一度だけ見せた憤怒の証。


青黒い顔色の獄卒鬼…〈羅刹〉のモノだった。



一方、優に3mを超える 巨大な蝙蝠の翼で上空に逃れ、黒雲に隠れていた満月を背にした 先程まで〈月〉だった襲撃者は…。

…ヒマワリの、恐ろしげな証や気配の顕現を見ても動じる処か…とても、嬉しそうに。


「アハハヒハハハハ! アアァアアハハハ…はあああ。……本当に 久しぶりね、ヒマワリ?…うふふ」

…嗤い、それから 凍えそうに冷酷な声で…彼女の名を読んだ。


「…なるほど。……夜叉種ヴァンパイア、か…それも 飛翔可能な上位種…〈天夜叉〉とはな………モラ」

彼女なりに得心が入ったのか、ヒマワリも その夜叉の名を読ぶ。


遥かな上空で ただ微笑む、長く黒き髪と…異質な瞳(白目が緑、黒目が灰色。)を有する〈天夜叉〉を見上げた彼女は、嘯く…。



「……何故。…何故、生きているのですか?…………姉上」

…夜叉の冷気に充てられたか、震える声で。




……ここは 共和制反乱と奴隷解放運動 勃発の地。


くだんの儀式を終えた、冒険者パーティ『曇天の王国』一行は…。

…〈皇帝〉を始めとする 連団メンバーらと別れ、北部三叉から 東に30㎞程の所にある宿場街に至る暗い森を抜ける街道にいた。


その宿場街の北側には かつて難民居留地があり、そして その居留地では…かの反乱と運動の発端とされる…。




…〈灰教狩り〉が、あったという。

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