第三章21 所業無情の姉と皇帝の〈諸行無常〉。



「…レイナース?…ミナコが、あの…」



精霊魔術帝国 土偶王朝…その『初代にして永代』の〈魔法皇帝〉。

それ程 多くはない かの〈皇帝〉に関する文献には…。


『久遠の帝 レイナース。現象八天 全てを覇したる…唯一無二の〈魔法騎士〉なり…』

…そういう文言の記述がある、らしい。


直接 その古文書を目にした訳じゃないけど、冒険業者を含む一般に出回る定説も、旧帝都を擁し それ故に多くの古代魔術王朝研究の権威を輩出している皇国や…その『軍施設』での教養座学でさえも、そう教えられる。

そして、何より…絶滅したはずの古代ヒト族サピエンスにして、偉大なる精霊使い達の長。


「…〈世界師グロリアス〉…?」

アタシが戦き そう呟くのが精一杯な程、世間では 当然な認識なのだ。



「…ふふ…いつから気付いとった?」

力無く 姉に問い返す 伝説の〈魔法騎士〉…。


「ふん、貴様に感じた不審さなら 初めからだ。……確信したのは、まあ…ソレだな」

そう言って、ミナコに背負われた〈黄金遺骸〉を 戯けた感じに顎で指し示す。

まあ、目は一切 笑ってないけど…。


「………そうか。…まあ 当然かの?…〈彼奴〉めを追って『古巣』に戻っただけではなく、懐かしい気配に惹かれ……つい別口の、黒服の小僧と戦うお主らに 加勢してしもうたからのう…」

皮肉そうに呟きながら、遥か後ろで 鈍色の…虫女の胴巻き綱で 大岩に括り付けられた黒服男から 姉…そして最後に、アタシ?に視線を向けて来る ミナコ。


「……え?なn」

ミナコの言に 不審さを感じたアタシが問い返そうとした時…。


「ハッ! 貴様の下らん郷愁や妄言に、我 究極の愚妹を これ以上巻き込む愚劣さは、控えて貰おうか〈魔法騎士〉!」

姉は、殺気さえ孕む傲然さで ミナコを恫喝する。


「ちょっと? 姉さん?!」

堪り兼ねたアタシが、姉の肩に手を掛けた瞬間…。

…気配ごと 姉の姿が消え。


「疲れたでしょう?…」


失ったばかりの右腕から、声が…。

…ではなく、そこには 優しく微笑みながらも 低身長を…更に沈めた態勢の姉が居て…。


「…またぁ?!」

ここ数日来 何度目かの落胆と諦観を、かすれる声で 小さく吐き出すアタシ。


「…暫く、横に…」

…そう言い放つと同時に、アタシの脇腹を 掌で軽く ひっ叩いたのだった。


「ふひゃ…ぅッ?!」

横っ腹からヘソ下辺りに正体不明の、無音で冷たい虚無が貫いた…。


「…ア、〈反仙気アンティフォース〉?!

しま…ッ 」

皇国には、軍の佐官級以上にのみ教授が許される『天狗舞』なる 古伝組み打ち法があった。

その術法の内、魔術と言っても 基本 特異体質から来ているのか疑似錬金術とでも呼ぶべき怪しげな代物しか使えない姉の、対魔術・霊震戦闘の切り札…『天狗掌』。


森羅万象を構成する 心霊操法錬金学理論の概念上は、万能の素粒子 とされる…〈仙気フォース〉。

通常、目には視えない コレらが多い程 強く長く戦闘を継続出来…コレを練り、各上位精霊に与え 使役し続けなければならない霊震の精髄は、この質量に掛かっていると言って 差し支え無かった。


しかし、姉が用いる『天狗掌』なる業には 単なる運動力学的な威力の追究では説明不能の効果があった…。

…それは、皇国軍でのみ 古くから『合気』と称される秘力であり、一般に於いては『仙気の打ち消しアンティフォース』と呼ばれ、戦士・魔術師を問わない〈英雄殺し〉の秘術として絶大な効果を有する代物だった。

でも その事実を認識した時には、ミナコから借り受けた桜色の全身甲冑があの時と同じく解け…。


…目の前には、為す術も無い。

横倒しの世界が、北部三叉が、そして 解けた甲冑を銀色式神に拾わせ、アタシに優しく微笑む姉の姿が広がった。


「…暫く 横に、なってなさい…」

余りに優しく…でも 強く、姉が諭して来た為 アタシは何も言えずに(まあ、呼吸以外 何も出来ないが…)、その後ろ姿を悄然と見上げる他無かった。


怖い…。


「……………」

アタシにとって、この世で『姉が優しい』以上の恐怖など…あり得ない。



「…さて。…八天魔術の二天を同時に かつ英雄級の威力で使用したり、〈皇帝〉を僭称したり、〈塔〉の事情に詳しかったり あまつさえ…ソレから『主人ラージャ』呼ばわり…八ッ。出会った当初から、異常な事が多過ぎだ! コレ程のヒントで気付かぬ者など我が愚妹くらいのモノだ! まあ 隠す気が 貴様にあったのかは知れんが…それは良い」

姉は おもむろに、ミナコとの話を再開する。


「…………………………」

アタシが感じる漠然とした不安を、感じているのか、ミナコは無言で姉を見詰めている。



ガシャシャ、カラッ…ンッ!!。


「!?」


川縁の森に 唐突に響いたのは、ミナコ達の目の前に 姉が…桜色の残骸を放って転がった音…。


「…〈諸行無常〉だ。…貴様は、一度はソレから『約定』から逃げたのだろう。だが、戻って来たな? この大陸に…。何の因果か、逃げたままでは居られなくなったのだろう。ならば果たせ…今此処で。〈魔法騎士〉…いや、ミナコよ。…ソレの、ただソレだけの為だけの〈皇帝ラージャ〉に、戻れ」

姉は 揺るがぬ口調で、淡々と ただ厳かに告げる。


「…じ、じゃが、また 今回の様に…あ、あの…『あの時』の、様にっ!…妾の力では 止められぬ !」

まるで迷子のように俯き、立ち竦むミナコ。


「だから〈諸行無常〉なのだ。…貴様だけでは止められんのなら…我々が駆け付けて、止めてやる、『拭って』やるわ。ふっ!」


「…我々って…ぁ!?…あ。声が、出る」

カラダは まだ動かせないけど…。


いつもの厨二ポーズを決める姉の後ろには、やはり いつものように 虫女…〈轆轤〉が、いつの間にか復活して、陰気に佇んでいた。


「我々って 勿論、アタシも入ってるのよねっ?!」


「まあ。…〈大慈〉などという、大層な妄言や〈黒雷〉を今後用いぬというなら、考えても良かろう。ふ」

横倒しの ままのアタシを、あり得ない位に首を傾げながら かつ哀れそうに見下ろしながら、姉は言って来る。


「……当ったり前じゃん?! 姉さんに 嘘なんか、ヤバいじゃん ! …ねえ?虫女!」

いつもと同様の、ムカつく姉の態度には目を瞑り…また 相変わらず横倒しのまま、アタシは困った様子で姉とアタシを見直す女楯奴に話を振りつつ 誤魔化した。


「ホオ。愚妹のクセに生意気にも、我が下僕を調略とは…少しの間に マア、賢しげに成り上がったモノだな?…少しだけだが」

言いながら ヒマワリは、懐から 例の…ゴツい六角棍メイスを取り出した。


「…アハン?…あらあら、エエ。イト賢き神なる姉上様の…オ陰様デ…」

まだまだ、横倒しのままだけど…。


…それでも アタシは〈黒き王〉などに、女勇者たる矜持までをも 譲ったりはしない。

既に 仙気の循環は為り〈帝釈天インドラ〉との交感も復活しているアタシは、〈金剛杵ヴァジュラ〉を再び浮揚させ てから左手に握り直し…。


「来いヤァ、バカ姉ェ! いつまでも天下人と! 唯我独尊してられるとか思ってんなヨ? コルアァ!」

…と やっぱり横倒しのまま、野盗風な ちょっぴり下品な感じの 挑発をカマしてみる。




「………おい、お主ら。…まさか、またなのか!?…止せ アユミ?! そんな体調と態勢では戦闘どころか、喧嘩でさえ…」

耳が痛くなりそうな、心底呆れたミナコの仲裁が聞こえる。


そして…。



「………はああああああ。フフ、分かった!分かった! ゴータミィとの『約定』…改めて更新するとしよう」

色んな意味で観念した〈自由皇帝〉陛下がは、いつもの快活さで、蒼く美し過ぎる髪をかき揚げ そう宣われたのだった。

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