第三章⑲ 大慈の リスク。
「…!?」
突如 頭上に現れた魔獣の腹が、凄まじい速さで眼前に墜ちて来る。
勿論 支えたり、況してや弾き飛ばすなど出来るような態勢でも タイミングでも無い。
アタシは、川に飛び込んだ際 見付け 口に咥えておいた『鈍色の小太刀』の刃先を…。
…勢いのまま圧し掛かって来る 巨体の胸部(腹部?)正中線にある継目に定めたまま…為すがままに…押し倒される。
瞬間。
透明に澄んだ 周囲の水達全てが、青錆色に染まった。
師、曰く。
『死にますよ。…これを…この〈
でも 師は…あの人は…『使うな』とは、言わなかった。
分かっていた…。
…あの人の瞳は『あの時』確かに、求めていた。
〈アノ女〉も…そして…。
…そう。
使うべきだった『あの時』 に、アタシは使わなかった…。
…いや、使い熟せなかった。
弱かった…。
そして 多分…強過ぎたんだ『他者への依存』が…。
…そのせいで、気付くべき『声』さえ気付けなかった。
その後悔だけが、いつまでも
『シャチーよ、我が愛しき半身よ。やはり使うのか? 〈
今では 当たり前のように聞く事が出来る声が、遥か彼方で燻る遠雷みたいに〈彼〉は尋ねて来る。
ええ、診たいんでしょ?
アタシの力を…。
…アタシの…〈大慈〉の覚悟を。
薄い紫色に染め抜かれた 水の中…。
「…ギャわハア! ひィぃァアアァ♡…アアアアアアアァ! ナ何?!♡ 入っテ、来ル?! … イ、嫌…じゃ、ナイいィいイィ♡モッとオォ♡!? 拭、テ…罪を、ぎヒィ?!……?!…」
轆轤の…彼女の狂い咲くような悦ぶ声が、水底まで聞こえて来る。
彼女の〈求め〉に応じ アタシは、自重で かの魔獣の装甲を易々と突き通した『小太刀』の柄を握り…引き斬る !
「…?!、♡?! … ッ!?!……?!…」
声に為らない 愉悦の絶叫と、視界を圧する紫血を無視して…大きく裂けた彼女の
…〈
悲鳴にも似たアタシの願いに〈彼〉は直ぐさま呼応し…。
…魔獣の巨躯が 瞬時に爆散。
その勢いで ブリキの兵隊みたいに川縁に投げ出された彼女を追って、アタシも同じ川縁に立つ。
既に、元の人型に戻っている装甲…。
…それに、中の肉体は〈大悲〉の
凄まじい〈業〉の報い…。
…これ程までに、頑なに〈死〉を許さない〈業〉とは、何…?
…戦くように 胸の護符を握り締めながら、その様子を見下ろすアタシは、土手の上から こちらに降りて来る 姉の姿を認める。
「…愚妹よ。既に決着は成った! さあ、それを…その〈黒き雷法〉を、我に! 我に引き渡せ !!」
慌てた様子の姉が、珍しく…本当に久しぶりに、アタシの顔を直視しながら 語り掛けて来る。
「姉さん…」
「お前の、献身的かつ懸命な働きで かの〈人形〉に溜め込まれた数千年分もの天魔共を喰らったロクも、元に戻った !」
「………」
いつに無く 狼狽えた姉の姿にアタシは少し…怒りを覚える。
恐らく 姉もアタシと同じく、後悔しているのだろう…ただ。
「ロクの主人は、我だ…故にその〈業〉は我が 我一人が、拭うのが自明の理 !」
「まさか、姉さんが〈塔〉から連れて来た子…壁役が こんな〈業〉を、孕んでるなんて…」
「…ソ、ソレについては…後で幾らでも謝る ! だから…」
そう言いながら 近付いて来る姉の袖口からは…白銀に蠢く式神の顔?が、コチラを覗いている…。
…いや、アタシの右腕を…かな?
「…何故だ ?! 何故 お前まで! アユミまで背負わねばならん ?! こんな事をさせる為に ラフレシア殿に引き合わせた訳じゃ…」
『あの時』…。
…あの武祭 以来…母と姉は、ラフレシア様と疎遠になった。
アタシは それが、心苦しかった…。
母と姉は、アタシを ラフレシア卿に師事させた事を、心底 悔やんでいた。
でも…。
…『姉妹達』とアタシを救い、母と姉に引き合わせくれ…その上〈大慈〉の成就に不可欠な〈業〉を、継がせてもくれた師ラフレシア卿には 感謝しか無い…。
…姉から轆轤に 視線を移したアタシは、徐に黒雷犇めく右腕を構え…。
「お、お前は!? お前は『あの時』…何を失ったか覚えておらんのかあああっ?!!」
震え、青褪めた声で…姉が必死に がなり立てて来る。
勿論、止める気は無い…。
…ここが正念場だ。
アタシは、どうしても試さなければ為らなかった…。
…術法の完成を、行使の覚悟を。
そして…命の、可能性を。
『あの人』の…彼女らの〈悲願〉を…。
…〈業〉を拭い去るのが、アタシの〈大願〉。
それらを〈成就〉させるだけの価値が、アタシの命に宿っているのかを…試さなければ!
これで死ぬようなら、それまで…多分、誰も救えない。
「見てて、姉さん。……ありがと」
血は、水よりも濃し…なんて、誰が言ったんだろう。
「ロクも…母上や我も、お前には他人だろっ!? 何で?! …あ、『あの時』お前は!…こ、子供が…」
『姉妹達』と離され、この世の何処にも居場所が無いと思い込んでた 自らを無価値と断ずる哀れな家畜少女にも…。
…他生の縁ってモノが あったのか。
アタシは、母と姉から 生きる為に必要な糧を…血よりも濃い〈何か〉を、教えて貰った。
うん、アタシは結構 幸せ者かも知れない。
「…止め」
姉の制止を 敢えて笑顔で無視して、轆轤に〈黒き雷〉を…解放する。
禁忌級の、呪法の失敗…。
…未熟で不覚悟なアタシは、色んな意味で『あの時』失敗した。
確かに『大切なモノ』を…奪われてしまった。
新たな縁を…〈業〉を継ぐ者を…。
…託すべき未来の可能性を。
『他人を呪わば穴二つ』。
いや、まさか『願い』にも『墓穴』が用意されているなんて…ね。
まあ、強い思いや方法には
「………………」
…そうだ。
あの時、アタシは…
…子供を、授かれない身体に…。
…失ったのだ、『子宮』を。
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