第三章⑱ 剣姫と 女勇者。



届く!



いや、届く…か?!


「…でも。…届けええええええええええ !!!」

アタシは内心、外面よりも 遥かに焦りながら魔獣…〈轆轤〉に向かって駆け出そうとした。


それは勿論、彼女が、既に 動き始めていたからだった。



先程までは確かにあった 狼狽や混乱など 今はもう、まるで無かったかの様に いつもの沈着さと 巨体に見合わぬ速さで、コチラの〈せん〉を取りに来る…。

…〈蛇拳〉特有の歩法を用いながら、這い寄るみたいに…。


右腕に 螺旋状に絡み付かせた長小柄状にした〈金剛杵〉と 更に、それと右半身にまでにも纏わり付いて来た〈黒雷〉は…既に威力の臨界に達している。


しかし、アタシは…。


「…くうぅう!?」

そう、かつてのアタシには 自信が無かった…。

…足の速い敵に当てる自信も、そして…『命の遣り取り以外の闘い』への確信も…。


轆轤の大鋏を 辛うじて避けながらも 間合いを保ちつつ ある目的の為、アタシは 全速で後退しながらも、かつて同じ様な事態に陥った…。

…『アノ女』と初めて会った 過去あの時の事を、やはり 思い出す…。




もう、三年くらい前…になるのかな?


お師匠…剣の師であるラフレシア卿との訓練開始から 一月近く経った頃、姉とお師匠から 突然、〈九頭龍姫〉主催の武祭【建御雷たけみかづち杯】への出場を『強いられた』…。


…国家随一の重鎮にして、次期神皇が主催する事実上の天覧武術大会…そんな事に一切興味無い上に、国事や公儀に絶対的に関わりたくないアタシは 勿論、丁重にお断りした…。

…にも拘わらず、二名は 卑怯にも母を誑かして 動かし、結局 出場する羽目になった。

母さん…意外に、というか 流石『姉の実母』というか…。

…武器マニアであった母が…。


「どうしても、近くで~♪…世界有数の老舗『ヴェーダ&オリンポス工房』製の〈英雄具ヒロイックナンバーズ〉…母さん、見てみたいな~♪ ねえ? あーちゃ~ん! むふふ♡」


と、何度もせがむから…仕方無く、だった。



武祭は、皇都中央区街の中心 普段は冒険者ギルドが管理し、各戦闘職ギルドが間借している『皇立 大練武場』で 三日間の日程で行われた。



「…本気で来て下さいね? 最初から…」


大英雄の一星 手ずからに手解きを受けていたアタシは 当然、二日目の準々決勝まで〈霊震〉を使わずに進出し、優勝候補の一角に数えられる程 有名になっていた。


そして、アタシの前には…。

…灰色の戦闘服に紅い合銀製胸甲を身に纏い、鬼女の仮面ランダマスクを被った『アノ女』が…。

…馬鹿みたいに長い、艶めく黒髪を風に解かせながら立っていた。


そして『アノ女』は、満員御礼の大練武場の 歓声の中、仮面によって くぐもった声にも拘わらず良く通る声で 更に語り掛けて来る。


「…アユミさん。…あ、そう呼ばせて頂きますよ?」


「………」


沈黙しているアタシに 続けて 気安く語り掛けて来る『アノ女』は…。


「ふふ。そんなに緊張されないで?…ただ、本気を出して下さいね? で ないと…」

…笑いながら、大会運営から支給された魔術強化済の青銅製 片手剣ブロードソードのみを抜き放ち…。


「…死にますよ?」


「……………」

アタシは、覚悟してこの場に立ったはずだった…。

…でも…歯の根が、合わない程の緊張?…いや、恐怖を感じていた。



…バケモノ。


この世に、こんな…常軌を逸して先鋭化された仙気…剣気とでも呼ぶべき血生臭い気配を放つ者が 師以外に存在するとは、当時のアタシには 及ぶべくも無かった。


通常、ただ身体周辺にわだかまっているか、強い仙気を持つ者でも精々せいぜい 立ち上る様子で放散されるのは 見た試しはあった…けど。

離れた相手の…つまり コチラの、全身の急所という急所に纏わり付いて来るような 超攻撃的な仙気など、聞いた事も無かったのだから…。


それでも アタシは、恐怖の為か いつの間にか抜いていた片手剣を構え直し、打ち掛けてしまっていた…しかし。


「…〈霊震〉を使っても良いのですよ? うふふ」

余裕綽々に鍔元で受け、何が楽しいのか 笑いながら簡単に往なされた為、無様に態を崩されたアタシは 苦し紛れに円形の歩兵盾を『アノ女』の顔面目掛けて叩き付けた。


だけど 勿論、そんな不利な態勢で放った小手先の抵抗が 中るはずも無く…当然の如く、あっさり躱され 間合いを取られてしまう。


「…………………うぅ…」

〈霊震〉は…〈迅雷功〉は、既に使用している。

『アノ女』の速力が、異常なのだ…。


…噂には聞いていたけど、本当なのだと思い知らされた。


大呪グランカース…〈天脚スカンディア〉。


…何の魔術的強化も受けずに、生身でアタシの〈迅雷功〉より速いなんて。


こうなったら、まだ完全じゃないけど〈白象結界〉で 足を留めさせないと…。

…そう思った矢先。



…タン!


まるで、アタシの機先を制する様に『アノ女』は足を踏み鳴らし…。


「…〈難陀ナンダ〉よ。出なさい」


「…⁉」


…直後に『アノ女』の影が 蒼く燃えながら膨れ上がり、赤黒い腹を見せた首のみの姿をした一頭の巨大な…〈黒龍ブラックドラゴン〉が現れていた。



唖然として、巨龍の首を見上げるアタシに…。


「〈白い象〉も良いですが、私としては…〈黒き象〉を見てみたいのですが?」


…然も愉快そうに、魅惑的な身体を揺すりながら問い掛けて来る『アノ女』は…英雄だ。

アタシの大嫌いな、最強の剣聖。


そうだ…。


…〈厄〉の大英雄最強と謳われた〈火系霊震:鳳凰剣〉の使い手を師に持ち…その師をも超えたと言われる かの救国の英雄皇太女…。

…〈九頭龍の剣姫アナンタ〉事、天道=A=アマクサ…この武祭の主催者だ。


何で、主催者にして次期神皇のアンタが ! …と、叫びたくなるのを我慢して アタシは闘った。


全力で…。


巨大な、魔龍と…。



…母の為に、母の願いを叶える為に。






あの頃…あの時から、始めた。



あの敗北で アタシは …何かを学び、知る為に始めたのだ。


止め処もなく溢れ 降り積もる過去への後悔は、今でも色んなモノと一緒に、アタシの中で 燻り続けている…。



…あの双眸にもあった。


師匠と同じ 《業》が…『濁り』が。



今なら 様々な事が少しずつだけど理解出来る。

あの時の…仮面の奥から覗く『アノ女』の、澄んだ青きを湛える輝きの中にもあったのだ。


一見すると 煌めくばかりの湖面の底に、後悔という名の『澱』が、悲哀という名の『濁り』が…確かにあった。



拭えない…。


…母さんや他者ひとの『願い』などに縋っていては、いつまで経っても。



「アタシは…『アノ女』の前に 再び立つの ! そして必ず拭って、笑ってやるの ! だから…来なさい ! 」

そう叫びながら、アタシは街道脇の小川に頭からダイブする。


程無くして、その川の中程で顔を出したアタシは、膝上まで 水に浸かっていた。


「……?」

いきなり喚き出し かつ明ら様な挑発をしながら、終いには戦闘に不利な場所に自ら飛び込んだアタシを 不思議そうに見詰める魔獣…〈轆轤〉。


何より彼女は、アタシの『右腕』が気になるようだ。


多少 待ってから…再度、構えを取りつつ 息を整え…。

…まだ…〈黒雷〉は、臨界を保っ…。


「…!?」

…突然、昏かった上空が 更に冥くなり。


気付いたアタシは…腰に差していた〈あるモノ〉を口に咥え、墜ちて来た鈍色の巨体の為すがままに…。



…川底に、押し潰されたのだった。

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