第三章⑰ 黒雷の〈業〉と〈利生成就剣〉。



アタシは、救いたかったのかも知れない…。



…もしかしたら。

ただの好奇心から『知りたかっただけ』なのかも知れない。


ソレの『重さ』を…。

…『ソレらの重さ』が及ぼす〈強さ〉と、その因となった 心の〈歪み〉を。



〈罪〉と呼ばれる縛めに囚われた、哀れな彼女の心の残滓を…救いたかった。





ラスカリア=ラフレシア卿…。


それを…教えてくれたのは、あの女性ひとだった。



世間一般では、皇国北方に一領に匹敵する巨大な集落を形成していた青鬼ゴブリン部族の潰滅という武勲により〈黒雷の女傭兵〉や〈魔剣士RRダブルアール〉という異名で 広く知られる当代きっての 有名な女傑だった。

しかし、彼女が有名なのは 単なる ご当地英雄エリアヒーローとして『強いから』というだけではなく…。


…18年前の〈第二次異界大戦〉での目覚ましい活躍により、〈厄の大英雄〉の一星に列せられた程の女剣鬼であり。

恐らくは、大戦時に『獄門』から流星雨のように侵入し、飛来する〈ヴィマナ〉と呼ばれる天駆ける異界船を 黒き〈雷系霊震〉で撃ち落としたという逸話から付けられた〈隕石喰いメテオイーター〉という二つ名が、世界で最も通りが良いかも知れない… そんな世界的な著名人でもある半薬叉ハーフエルフの『黒き漂泊者』…それが 彼女だった。


そんな 凄まじい来歴を有する女剣鬼と面識を得られ、かつ 偶々 お互いが〈雷系霊震〉の使い手であるという 更なる偶然から、アタシは彼女から〈剣〉を教わったのだ。


亡き母 銀杏とも懇意の仲だった…のは当たり前で、姉ヒマワリの実父と思われる大英雄の一星である〈地犀皇〉ラウール老と母が冒険者仲間だったのなら、剣鬼と母が友人であっても何ら不思議は無かった。


とにかく 当時、姉が運営する とある組織での戦闘訓練や鉄火場で…その、〈銃器〉の扱い『非常に 芳しからず』の『誤認』…を招いていたアタシは〈魔剣士RRダブルアール〉に、剣術の師事を 請う事となった。



『あの時』と同じ 悲しそうな声で、全身黒尽くめの 女剣鬼は 言った…。


『貴女には 勇気が…覚悟が 有りますか? …因果の速きは 光陰のそれに勝ります。…剣の軽さと、罪の重さは比例し…その因果による罪業は 咎人の魂に喰い込み、生涯蝕み…逃れる事 能わず。……それでも貴女は、私の〈剣〉を、〈業〉を受けてくれますか…?』


当時は勿論、今のアタシでさえ結局…本当は、彼女が何を伝えたかったのか 理解出来ていないのかも知れない。

でも アタシは…彼女の〈剣〉を継ぐと、決めたのだ…。

…恐らく、彼女が 背負ったであろう〈罪業〉を知る為に。


それから 毎日、彼女から〈剣〉を学んだ。



彼女から〈剣〉を学ぶに当り 悟った事が一つあった。

それは〈流儀や流派〉や〈口伝〉の存在意義だ。


〈剣〉は元より、他の戦闘技術も そうかも知れないけど…技の修得や実践での効果の高さに必要なのは『想像力』と『創造性』だ。

どんなに 優れた師に、優れた技を教授されても…『自ら考え、改良』出来なければ〈技〉は 『何時如何なる場合でも発揮出来る』真性にして必殺の〈地力スキル〉とは、絶対に成り得ない。



技には〈業〉があった。


相手を打ち倒し、殺害した経験が…。


本来、道場剣術からでは決して得られない破壊と殺戮の『極意』が…〈業〉が、そこにはあった。

その『破戒の極意』とも言うべきモノを礎に 練り上げられる技には〈業〉以外の何物も、無かった。


それら『極意』が、特定の継承者に〈業〉の重きと共に『口伝』によって伝えられるのは…自明だった。

そして〈流儀や流派〉の意義も これに起因するのかも知れない。


数代、数十代と連綿する〈流儀や流派〉は、破戒の真理に限り無く近付いたであろう流祖や開祖達の〈業〉を償う為…世の人々の安寧に尽くす為に存在するのかも知れない。


師である彼女が『覚悟が有るか?』と、アタシに問い質した真意も これらへの認識に対するモノだったのだろう。



ただ…一年もの間 師事したアタシに 彼女は、剣の型や技術的なモノは教えてくれたけど、とうとう〈業らしい業〉は 最後まで〈口伝〉してはくれなかった…。

…一つの〈業〉を、除いて。



その名は…。


「…〈歓喜天ガネーシャ〉」

アタシは、師から継いだ〈業の産物〉の名を呟く…。


…懐かしくも 真夏の湿った 生温い風が、北部三叉を包み込んでいた『瘴気』を吹き散らした。

何らかの環境の変化を感じたのか、怯んだ様子になる魔獣…虫女〈轆轤〉。


先程から急激に暗くなりつつあった夏空を、徐に見上げる…。

…先の呼び掛けに応えて アタシと轆轤の頭上に、緑錆あおさび色の暗雲が立ち込めていた。


何かに怯えながらもアタシの方に、にじり寄りつつある轆轤に注意を戻し…。

「…虫女。お師匠と同じく哀れなる清廉者よ…自らを許せぬ永遠とわの咎人よ…」


ギュガガ‼ ギャィン‼…‼…。



呼び掛けたアタシに、両脇から大鋏…。

…そして、正面から尻尾の先端…元頭蓋と脊柱骨だった刺針部が飛来していた。


勿論 、予め〈帝釈天インドラ〉に任せてあった〈金剛杵ヴァジュラ〉による自動迎撃で、大鋏による攻撃は 空中で止められ…。

…正面からの尾針は、銘〈預言者の永月〉の腹でアタシ自身が防いでいた。


そして、総ミスリル銀製の大獅子尾刀を放り出し…。

…瞬時に、右碗部に集合させていた〈金剛杵〉の一群を、元々 轆轤の頭部があった現 魔獣の顎部に、散弾銃の如く浴びせ掛ける。


「…ギィャ?! ぁ?…カ、カミナ…ㇼァアィひ⁈ ゥ、まァタ…ビリビリィぃィ?!痛いいアアぎいヤアアァ!?!…」

轆轤は、先頃までの様な 頭の中に直接語り掛けて来る『念話』でなく、尻尾の先端と化した元頭部の辺りから絶叫を、肉声を発しながら引っ繰り返り…例の如く、悶え始めた。


余程 混乱が酷いのか、魔獣の体躯に慣れていないのか…いつものスキの無い 彼女の戦闘スタイルからは考えられないミスがあった。


鋏と尻尾の同時攻撃…。

…一見効率よい攻撃に思えるけど、常軌を逸した魔獣の身体能力とは言え やはり、そうでは無いらしく。

かなり大きく、体勢を崩していたのだ。



アタシは、改めて彼女に向き直り…。

皇国軍伝統武道術の一つである『虚拳』の型を、半身で構えながら 彼女に語り掛ける。

「…ホント哀れね、アンタ。……そう言えば、言ってたわね アンタ…?…〈解放者〉になって欲しいって…」



腰溜めに構えた拳に…いや、右腕全体に 青錆あおさび色の火花を散らす〈黒い稲妻〉を纏い付かせながら、アタシは彼女に…宣言する。

「… 姉さんみたいな ご主人様とかには為れない…けど、イイわよ。アタシは〈大慈の女勇者〉として、アンタの〈業〉を…」


「…な⁈…おい。まさか愚妹 、貴様 ?!…」

これからアタシが、ヤろうとしている何かに気付いた姉が声を荒げて来るが…。


…もう、遅い。



上空に待機させていた〈薄暗い緑色の雷雲型上級精霊:歓喜天〉の旋回具合を、確認してから…。


「…無上なる群衆の主よ!…無智の障壁を、無悟の迷いを! 突破せしめ給え!」

…詠唱を終え、一度 息を吸い。



利生りしょう!…成就剣じょうじゅけん !! 」


吸った息の全てを一瞬で吐きつつ〈ごう〉を受け入れ…渾身の術法を 発動したのだった。




その直後、昏い青緑色の閃光が…周囲を圧し、全てを塗り潰したのだった…。

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