第三章⑯ 最辺境の…〈最恐の妖物〉。
〈
世界…【デザイア6】の 西に位置する厄災の大陸。
この大陸の更に西側…最西端に在する〈天道連合皇国〉は、大陸は元より世界文化の終着点の一つであった。
様々な文明、観念、慣習、技術…そして、噂話などを含む『情報』が最終的に流れ着き、多くはそのまま知られる事無く摩滅し、あるモノは 変容し土着の何かと混じり合い 定着する。
〈皇国〉とは…否、物流や情報に於ける流刑地たる『辺境』とは、何処も概ね…そんな感じだろう。
しかし…そんな、多くの情報が 日々流れ着き 集約され続けている『集積地』に、15年以上暮らして来たアタシも 目前の脅威にして…驚異的な存在に関する予備知識は、全く無かった。
…ギャリュ、ㇼン‼
踊り掛かって来たソレを…アタシは いつの間にか長巻状(大薙刀)に変化していた〈金剛杵〉で、難無く往なす。
そう ソレは、何処からどう見ても…頚が。
『取れている』?…。
……いや…違う。
これは…「…!?。取れ掛けてるんじゃ…ない」
彼女のソレが…両肩の、間から…。
…ブラ下がりながら…アタシを、見ている。
凄まじい量の、紫色の出血に彩られた 金属の様な光沢を発する…。
…鈍色の、脊柱骨。
見られている。
それによって 辛うじて胴体と繋がれ…逆さに下がった頭部からの視線に。
暗い、輪廻鎧の目出し
《何…で?……許サ…レ、ナ…! もウ、嫌…許シ…下サイ。……!。…貴女ハ…私ヲ…》
気管も、肺とも 完全に断絶されているはずの 彼女の声が…。
…深い後悔と 儚い願いの言葉が、周囲に不気味に響き渡る。
その哀願と共に流れ出る…紫色の体液が 地面に溜まる程に『瘴気』が濃くなって行き…。
…もう、恐怖や吐き気さえ麻痺してしまう程となっていた。
『…シャチーよ、もう視るな…視えても 救えぬぞ…』
改めて 雷霊〈帝釈〉が、再び…諦観とも警告ともつかない言葉を 発する。
それを受けてアタシは、彼女の…〈轆轤〉の その悍ましくも 哀れな姿に魅入られながらも…。
…長巻状だった〈金剛杵〉に、更なる変化を要求する。
そして、彼女を見つめつつ 姉に告げる。
「…倒す、けど。…良いのよね?…姉さん」
「…ふん。…愚妹が言う様になったものだ。まあ ヤれるものなら、アレを救える積りなら…ヤって見るが良かろう〈
姉は、黒く 不敵な失笑を貼り付けたまま持っていた大型拳銃を、懐に仕舞った。
「…ふう。…ええ、ヤるわ!」
溜息の後、そう言って…アタシは〈預言者の永月〉を 新たに構え直し、それから…。
「ヤれ…〈
既に、求めに応じて分離変化していた〈金剛杵〉を…かつて 轆轤なる変態女だった〈魔獣〉に、霰の如く降り浴びせる。
…グギュガ! ガガガ、ガンガ…ガギュギン…ィ、イイン!!!
「…ゥアあ⁉ カ、カミナ…リ アァイたァイ…ァアィひ! ビリビリ痛い♪ィぃィ?!♡ギィャ?! ぁ?…アァ♡アアアいアアアアァ!?!…」
「…な⁉」
相変わらず 悦楽とも痛みとも付かない、狂おしく響き渡る〈魔獣の咆哮〉さえ 小事と思える事態に、アタシは密かに慄然とする。
〈金剛杵〉…雷撃を帯びた無数の刃を受けた〈魔獣〉の体躯が、更に巨大化して…。
…いや、四肢が 先程までより明らかに伸びていた。
圧倒的な巨躯に見合った膂力と機動力…。
…一部の強力な特殊能力を有する種族を除けば 、対〈魔獣〉戦 の恐ろしさは この二つである。
だから アタシは…手足へのダメージを企図して、対象の四肢でも継戦維持に特に影響ある急所…。
…肩や肘、膝、股等の関節部に集中的な打撃を、開戦と同時に放ったのだ…けど。
かの甘き〈麝香〉が、懐かしく思える…。
《…私、ヲ…》
…魂が肉体から遊離してしまうかと錯覚する程に 極大化した『瘴気』…。
《…〈解放〉で来、ル?…わ、私ノ…
…その酷い臭いに交じり、仄白い幻燈を持つ〈鈍色の魔獣〉の呟きが聞こえて来る。
『…聞くな シャチー…』
〈帝釈〉が、毎度の警告を告げて来るけど…。
…アタシは別段〈魔獣〉の声だけに、意識を捉われている訳ではない。
かつては 軍の実験動物、そして今は 上級の討伐系冒険者として培って来た経験と、それに基づく冷静さというモノがアタシにもある。
輪廻鎧の効果だろうけど…。
…確かに、無理矢理 引き離され…止めど無く紫血が溢れ続ける各関節部に当てたのだ。
それなのに、完全な四肢の分断どころか…。
…〈魔獣〉の手足と首は 更なる伸長を見せ、 出血が止まる程 『透明な腱』が『筋肉』と呼べる位に隆起し、張り出した鈍色の装甲同士が部分的にとは言え、胴と四肢を繋げるに至っていた。
それに、結果はそれだけでは無かった…。
…伝説の妖物〈轆轤首〉の様に伸びていた、首…いや、『頭部』と肋骨…それと脊柱が完全に…。
………胴体から、引き抜かれ…。
…共に 巨大化していた尻尾の先端部として取り込まれていた。
ソレの姿は、一般的には 只の…『巨大な蠍型の
「…………………………………」
黙り込み 考え込むアタシを、更なる沈黙で見詰める姉の視線を ヒシヒシと感じる。
だから アタシは、更に考える…。
…たぶん これから試されるのだろう〈大慈の女勇者〉としての資質を、この異質過ぎる〈魔獣〉との戦い方を…思考しなければ為らない。
コレとの戦い方は 他のソレらとは…。
「…ふう…。…違う、という事なのね?…」
そう、一人呟く アタシに…。
《…ぅ…アナ、貴女…は〈解放者〉、ニ…アタ、シノ…!?…ラ、ジャ、に…》
口蓋を、完全に塞がれた状態の〈彼女〉が…。
…恐らく混濁し切った意識で…祈る様に囁く声が、意外に近くに聞こえる。
そして…案外 心地好い、真夏の風がアタシの全身を強く 嬲り始めたのだった。
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