第三章⑮ 魂魄合一と 覚醒の〈輪廻鎧〉。
「…え?…狂ったの?! とうとう…」
アタシは 敢えて、印象とは違う言を発する。
〈轆轤〉は 虫だか蛇 みたいな…相変わらずの奇妙な歩法で、ミナコ達…ゴータミィに接敵し、躍り掛かる素振りを見せた。
アタシも〈迅雷〉の発動はしている…けど、得物が無かった…。
…〈
見ると、姉が…。
…余程 驚いたのか、白銀の眼帯〈水瓶〉に 指を掛けたまま…。
「…あ。…ぬ?! …こ、こら!〈ロク〉!?…止め…」
いつに無く狼狽した感じで、先程までの羅刹の形相は失せ…ただ 自らの従僕に、制止を促すのみとなっている。
しかし 轆轤は、それらを振り切り…。
ト…ン…。
「…?!」
迎撃の為、既に立ち上り…極太の独鈷形態となった〈金剛杵〉を 展開しつつあったミナコ…。
…しかし、その側背に回り込み 轆轤は、手刀の腹で 彼女の…腰 辺りを軽く叩いた?…のだ。
途端に、中空で待機していた〈金剛杵〉達は ミナコが崩折れると同時に 全て、墜落…。
「
…それを見た アタシは。
既に 握り締めていた護符を、更に強く胸に抱き…姉を見る。
見覚えのある大型拳銃を…奇しくも アタシと同じ感じで 抱きつつ…。
…片方の手で眼帯を隠す様な、いつもの厨二スタイルでの 思案顔を装おい。
ただ…彼女らを ジッと、見詰めている。
迷わず、アタシは仙気を練りながら 頭の中だけで…。
『顕現せよ ! …我は、アユミ=シャチー=ブロッサメ ! 我は 汝との因縁を…受諾しよう ! 然らば 来たれ ! 来たらば 為せ !〈雷帝〉…』
…呪を 詠み上げ始める。
でも 勿論、その間も目前では…事態が進んで行く。
手足の無いゴータミィは簡単に、轆轤に組伏せられ…至近からの〈光天砲〉で抵抗しようとしていたが、虚しく全身が 激しく光るばかりだった。
恐らく、姉の狙撃による 身体前面の白化(ヒビ割れ)が成され…収束や 任意方向への偏光照準どころか 放射さえ、儘ならない状態なのだろう…。
ミナコが ゴータミィに被さりながら、腕だけで轆轤を押し遣り、遠避けようとしているけど…。
…点穴によって 下肢を無力化された非力なエルフ騎士には、ほぼ完全な魔術無効化能力を持つ デタラメな相手に抗う術は…残されてはいなかった。
ただ…。
「…?……」
…轆轤が、易々とミナコを引き剥がした際…ミナコの、桜色の甲冑が…全身から
「……?!…」
…何故?
ミナコが、命を落とした訳でも…
…そうだ。
今はそんな事より…優先すべき事柄があった。
『施設』でも、何度となく失敗して来た高難度古代魔術〈
その中でも、最高難度と謳われる アタシの様な生まれながらの〈天王呪持ち〉が…。
…今 それを、何の設備も無い 天下の大往来の真ん中で そして…。
…何故か、何の躊躇いも無かった。
「来たれ、億雷の天帝!…〈
アタシは、母から教えられていた カミナリ様の〈真名〉で…呪を結び終える。
『…餞別代わりだ。…どこまで 我を 従え続けられるか…まずは、試してやろう。…シャチーよ !!』
〈名無しの雷霊〉改め〈帝釈天〉が、少し嬉しそうに そう囁いた瞬間…。
凄まじい閃光と 轟雷が、アタシを撃ち…。
「………へ?」
気付くと、 アタシの全身には ミナコの、あの…全身甲冑が…。
…桜色の…
勿論、手には〈金剛杵〉が 握られていたのだけど…。
「…何、で?…確かに〈金剛杵〉は『喚んだ』けど…じゃなくて?!」
そう言って アタシは、思い出した目的の方を向き…それを見た。
「……!!…」
飛び散る体液など無かったけど…しかし 轆轤は、恍惚の気配を血震いの如く撒き散らしながら…。
…猛烈な勢いで、咀嚼していた。
白化し ひび割れ、自ら動く事さえ出来ない ゴータミィを…。
…無惨な残骸に…変えつつあった。
唇を…耳を喰らい、首筋を喰らって。
…それから、乳房を喰らい尽くし。
異常な程 分泌された、自らの唾液を 拭いもせず…遂には、その食欲とも…。
…情欲とも着かない、激しい衝動のまま。
轆轤の関心が、下腹へと…。
悲痛なまでに 泣き叫び、懇願し…更には罵倒するミナコの絶叫が…。
…止んだ…突然に。
「…………?…」
唐突に…突如として、北部三叉に 死者の如き静寂が 舞い降りていた。
轆轤による咀嚼音は…元からそれ程の騒音では、無い…。
…単に ミナコの発する声、それだけが失われただけだった。
しかし 間違いなく…先程まで 北部三叉 一帯に漂っていた気配が、変化していた。
いや、増したのだ…。
…この一帯を包む、要素が…。
…これに…アタシは覚えがある。
物体化したかの様な、強烈な 臓物臭…『
そんな、毒沼の底の様な濃密な『瘴気』…その、更に渦巻く奥底から…ソレは、見ていた…。
有り得ない角度に…頭を反らし、頚を捻り…。
…こちらを 見ていた。
…いや。
「アタシ…?…を」
不謹慎だと、分かってはいた…けれど…。
…アタシは、目の前に存在する ソレを目にする度…アタシは、思うのだ…。
…強く、そして以前…アタシの中に居る〈帝釈〉が指摘した通りなのだ…。
…『ああは為りたくない。為らなくて、本当に良かった』
これが アタシの、偽らざる本心。
アタシは 何て…『浅ましい』のだろう…。
…流石は 元とは言え、家畜同然の孤児奴隷…『醜く、卑しい』者だと、自己嫌悪を禁じ得ない。
でも…それでもアタシは 今『ホッとしている』…。
清廉なソレ…彼女みたいでは、駄目だ。
これを…『卑屈や懦弱』を、認めたくないそれを認め…。
それを…『嫌悪出来る自分』を、愛せなければ…。
…〈大悲〉に呑まれるのだ。
アタシは、彼女みたいな〈真なる英雄〉には為らない…為らずに済む 何かを、この旅で得たのかも知れない。
先程から、全く動かない 姉の方を見る…。
…しかし 銃を構えたのみで、他には何も変化が無い。
仕方無く アタシは、彼女に…〈轆轤〉に正対する。
すると 何故か、少しだけ身体を揺すり…。
…傾げた頚を、更に傾げた。
程無くして、更に『瘴気』が増し…。
「…っ! …ィひ! 痛い!?…私は♡?!。アアァ♡ナ…何で?許されなイ…嫌ギャ! 痛い♪ィぃィ?!♡…許されテナイいィひィぃはなラナイ?!… ゥアアアァイタイァアアァ♡アアアアアアアァ!! … じゃ、ィ?!♡…!?……」
その、睦言の様な怨み言や…懺悔の言葉を、吐き出し続ける 彼女の…〈轆轤〉の身体は『異常な変態』を遂げていた。
例の巨大蟹鋏は、更に大きく鋭くなり…。
彼女の全身…特に胴体を隈無く覆っていた〈蠍の脚〉が 全て解放され、やはり巨大化し昆虫のそれ同様の蠢き具合いだった。
しかし、それは武具の変形という類いのモノで…『異常な変態』の内訳には 入れるべき特殊性は無かった。
「………………………」
言葉を失いながらも アタシは、彼女の状態を観察する。
下肢以外の
良く見ると…。
「…………!?…」
…両肩の、関節が…『切り離され』…。
…そこには、『金属質な骨格』…と、光を透過させる『筋』が見え…。
ドス黒い『赤紫色の血』が、止め処なく溢れ出ていた。
『シャチーよ。余り…妖物を 凝視するな。喰われるぞ〈
…と〈帝釈〉が 警告して来る。
「うん、分かってる。…けど…」
アタシは言い淀みながらも、コチラをずっと見詰め続けて来る彼女から…視線を逸らせない。
異様などという 生易しい形容では表現不能な、紛う事無き…『禍々しき異形』。
他の、多くの〈
これが…彼女が『自らを許し、そして 愛する為』に、彼女なりに選択した〈地獄〉…。
『…?!…シャチー、来るぞ !! 』
居たたまれない感情を抱きながら、彼女を見詰め続けるアタシに…また〈帝釈〉から、警告とも 檄とも取れる鋭い言が 飛ぶ。
噛み付く積りなのか〈轆轤〉の、頚が…。
「…ぅ、く…ヤバっ!」
…どう考えても。
そして。どう観ても…。
「…え?!」
彼女の首が…伸びてる様にしか見えなかった。
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