第三章⑭ 育たない〈尻〉と 〈藍色羅刹〉。



「…唯一の、解放者…」

確かに 姉は…そう言った。




アタシは ミナコの方に再び歩き出し、姉も虫女と共に また付いて来る。

横たわるゴータミィの側まで歩み寄り、ゴータミィの様子を伺う。


「……ぅ!?…」

…アタシは、その姿に戦きを隠せなかった。


「ほおお。これはこれは…」

アタシの横から、場違いな感嘆の声を上げたのは 言うまでもなく姉だった。


その…姉さえ驚嘆する 今のゴータミィの現状は、控えめに言っても…。

「…酷いわね」

としか言えない程の、悲惨な有り様だった。


「まあ。…可笑しいとは思っていたが、流石は〈旧帝国〉産と言った所かな?…あの至近距離からの14.5mm徹甲弾の狙撃を受ければ…普通は 粉々か、良くて 巨大な貫通孔を空けられ…『その場で』ブッ倒れるはずなのだが…」


自ら 蘊蓄を垂れ始め、解説する姉は…少し 興奮気味に、更に続ける。

「…かなりの距離を 吹っ飛んだとは言え、それは取りも直さず 着弾衝撃の全部は…『後方に流せなかった』という結論が、聖学的には得られる…」


「………う~んと。つまり…どういう事なの?」

…正直、姉が何を言っているのか 分からない件の意を、端的に伝える。


「……………ふ。さ、流石は愚妹。ガチだな…」

「…………」

何が どう『ガチ』なのかを、アタシは敢えて尋ね返すという愚を犯さず、金なる沈黙の姿勢を崩さない…。

…どうせ、数十倍の罵詈雑言が 自動小銃の様に繰り出されるに決まってるから…。


…そんな 別の意味で、無言かつ自重するアタシを『下から睥睨する』などという高等テクを苦も無く用いる スゴい姉は、続けた。

「…愚妹に 材料学や干渉力学を説明しても詮無い事だろう。所謂、これは〈発展型複合装甲〉…まあ、愚妹にも分かる様に簡単に言えば『剛柔素材の重ね着』というやつだ」


「…ば、バカにしなさんな!?…でも〈複合装甲〉って 確か、帝人の…〈聖騎士〉とかに使われてる〈禁止異界技術〉でしょ?!…何で 魔術王朝期に造られたゴータミィに…って、それより 取り締まる側の〈機構〉の、精鋭部隊員なミナコの知り合いが…って…あ」


ズパン…ン!!


「…ぅあ痛!?!」

早口で捲し立て始めた途端に、アタシのお尻を 姉が…超速で弾いたのだ。


「…うううぅ、っ…な、何で…つ?…ぅ、痛つ…」

…痛過ぎて…尻を抱えたまま 踞るアタシは、涙目で 非難の視線と舌鋒を ドSの姉に向けようとする、けど…。


「……!?」

そこには……いつの間にか 姉との会話中に居なくなっていた虫女が、不気味な何かを咥えて…。

…いつもの定位置(姉の背後。)に、 控えていた。


そして 虫女から…。

…どうやら、コレも狙撃時に吹っ飛んでたらしい…〈黄金の両腕〉を受け取りながら、姉は再び話し始める。


「……阿呆、逆だ。愚妹…」

「ア、アホ?!…ぐ。……じゃあ 逆とは どういう事かしら、お姉、様…?」

胸と違って、何故か育ってくれない…お尻を 擦りながら立ち上がるアタシは、姉による再度の痛撃に警戒しながら、尋ね返す。


すると、姉は…さも不思議そうに、先程 アタシのキューティーヒップにダイレクトスパンキングをカマした掌を見詰めながら…。

「…愚妹よ、貴様。…本当に尻だけは育たんな?…まるで、竹ひごの様に固…」


「…良イカラ。…颯々さっさト話セ」


「………お、お応ぅ!?……えーと。つまりだな…〈複合装甲〉は、旧帝国の初期から存在する超古代技術で、帝人の聖騎士共の基幹技術の大半は…旧帝国謹製技術の廉価流用版だ…」

……それなりに結婚願望のある 妙齢の女性に、下半身の話題は…『ダメ! 絶対!!』


そして、アタシは…。

「………そう。…帝国技術の廉価版、か…」

…皮肉げな嗤いが、ちょっとだけ 込み上げた。


「……そうだ。そして これが、旧帝国技術の最高傑作…その成れの果てだ」



そう言った姉が、改めて目を向ける先には…四肢を 強引にがれ…。

…かつ 着弾箇所なのか、胸部中央から 蜘蛛の巣状に衝撃痕が、ほぼ全面に走り回った状態の為 白くなり…。

…ミナコの 膝枕の上に横たわる、ゴータミィの哀れな姿が、そこには あった。


…ビキキ…キッ、パキキキ…。

ヒビ割れた ゴータミィの体表を象る 透明な何かが…不気味に蠢く。


『…ラ…らー、ジャ…どウシ、て……ナノで、すカ?…ド、ウシて、私を…置イイて…行カれタ、ノ です…カ?』

その…不気味な蠢動に合わせて、ゴータミィが ミナコに 問い掛けた。


ビクリ…と身体を震わせ、悄然と項垂れ…。


「………済まぬ。妾は…妾には…」

ただ、謝るばかりのミナコ。


そんな ミナコが見えているのか、ゴータミィは…。

『…アの、時…わ、私…ノ未来。…ハ、貴、女様に…委ネ…ママ、シシ…タ。……世、界ニ…アナ、タ様…だケ、ガ、〈解放…〉。救、ワレ、ナイナ…らば、…………封ジ、て…下さイ…』

…ただ、そう……懇願した。



…それに、今。

…〈解放者〉…って、言った?…。


アタシは、姉の方を振り返り…。


「…!?」

姉は、虫女に寄り添いながら…。


いつに無く 苦しそうに、憎む様に…護符を強く握り締め…。

…更には…血が滲む程に、唇までをも 噛み締めていた。



姉の その様子は…その青黒く染まった顔色は、まるで…〈羅刹〉だ。


そう…地獄の…。

罪深き亡者達を、憎むが如く 責め苛む…三千世界 最凶最悪の獄卒鬼モンスターロード…。


「……ちょ?! 大丈夫なの?…姉さ」

アタシは、堪らずに姉に近寄る…。



…しかし、姉は…アタシを。


アタシの接近を…片手を挙げ…かつ。

「…?!……ど、どうして…何で、よ?…」


アタシは、姉の…全てを拒絶する様な…無慈悲の眼光に竦み、動けなくなる。


その上 姉は…虫女を 前に立たせ、アタシの…妹の接近を、頑なに拒んだ。



「……何、でよ?…姉さん」

溢れ出すばかりの想いは、頭だけでなく身体中を駆け巡るばかり…届かない想いは、ただ 滂沱となって 溢れるだけだった。


姉が 何かに、失望したのは分かる…。

…けど、何なの?…また、アタシじゃ…止められない、の…?


「……………………………」




「…?…!」


その時、何故だろう…?


…虫女、いや…〈轆轤〉が アタシを、静かに見詰めている事に…気付いた。



そして、次の瞬間には…ミナコ達へ向かい。


異形の女楯奴隷は…躍り掛かったのだ…。




…『主である姉の命も、待たず』に…。

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