第三章⑬ アフロ〈親父〉とブランド〈妹〉。



…『白銀しらがねのマリモ』。




姉の、何とも表現しようの無い…無感情で複雑な表情での『独白』を聞いていると…。


…二ヶ月ほど前の あの時を思い出す。



言われた通り、姉を一人〈塔〉に 置いて帰ったあの日から 半月くらい経った昼頃…。

…冒険業者風の 一人の老人が…訪ねて来た。


その人物から受ける印象は、精悍な顔立ちにも拘わらず 何故か、とても…疲れた気配を醸す という 特異なモノだった…。


…顔や各所のしわの形成具合いや蓄えた髭の立派さから、かなりの高齢だという事は分かった。

しかし、総ミスリル銀製とは言え かなりの重装備を違和感なく身に付けているという、不思議な銀髪の石切鬼ドワーフの事が…アタシには 思い出された。


その 老ドワーフの言葉を信じるならば、冒険業者時代の…母の友人だったらしい…。


…とにかく、母の仏前で『手を合わせたい』という事だったので、取り敢えず家に入れた。


17年前の〈厄の大戦〉を共に戦った仲間で、その当時…。

…付き合っていたらしい。

流石にアタシでさえ、ここまで話を聞けば この老ドワーフが うちの家族にとって、どんな存在なのか…想像に、難くなかった…。


…それに 彼の髪は、年齢にそぐわない程 綺麗な銀髪で…そして、とても硬そうな髪質で…誰かにソックリでもあった。


そんな…疲れ果てた様子の彼は、焼香と祈りを亡き母に捧げると…他に何も語らず、多額の香典を仏前に残し 早々に帰って行ったのだった。


一応…。

…『ヒマワリに会って行かないのか?』と尋ねてみたけど…分かりきった、無言の辞意が返って来たのみであった。



アタシは…この事を、姉に告げていない。



ただ…まあ、色んな意味で『今更』で…。

…それに、かの老ドワーフも『常人ではなく』、立場というモノがあるだろう…とも考えた結果でもあった。



アタシは、一人 寂しそうに夕闇に去った『銀髪アフロ』…いや〈大英雄〉を、知っていた。


独自に編み出したとされる〈地系霊震〉の使い手であり、かつての〈大戦〉中に頭角を現した『戦士ギルド』の称号目録第一項に燦然と輝く最高称号…〈大戦士グレートウォーリア〉の歴代65代取得者…。

…北方大陸の妖精帝にして〈第二次異界大戦〉で活躍した大英雄の一角…〈地犀皇ベヒーモス〉ラズール、その人だった。



「………………………」

姉に対する隠し事、またはアタシなりの配慮と言えば、聞えは良いかも知れない…。


…だけど 、このままで良いとは 思っていないのも事実…。

…そんな 一種の背徳感を、胸に秘めている為か…アタシは誤魔化す様に 至極当然の問いを、姉に返そうとした途端…。


「………どうした? 愚妹よ。…何か、姉たる我に 隠し事か?」


ギクッ…?!

……え?! 何?! まさか、気付かれて…。


「………は。な…何言ってんのか サッパリ…」


……じ…自制するのよ?! アタシ !

が、頑張って自制しなくちゃ…!

…この趣味人の狡猾黒タヌキが 福衣着て歩いてる様な姉に対し自制が保てなければ…終わりよ…オワコンだよ!?

全て…アタシの、女勇者(公称。)としてのプライドも…キューティストな妹属性ブランドも、全部…一切合切…。


「時に愚妹よ。…この旅の間、貴様 結構…羽振りが良かったな…?」


ヒィ!?…な、何か、何か気付いてる!?


姉は 既に、先程までの一種消沈とも言える状態から脱していた…。


「…母上の…看病の際、大陸有数の治癒術師らを 片っ端から連れて来て、無駄な散財をしていた貴様が 何故…」

厨二スタイルの…指の合間から覗く 姉の碧眼が、妖しくも鋭く煌めく。


「…………………………」


…ダララ…ダラダラ…。


………そ、早朝とは言え…夏の快晴の下、だからだろう…。

…何だか、とても冷たい液体が背中や脇を滝の様に滑降する感覚が止まらない…。

しかし、自制は重要だ。

この不利な状況下での、感覚的な対応は更なる悲劇を招く可能性大である。


アタシを見詰める姉の妖瞳は既に…キューティストなブランド妹に対するソレではなく、窮鼠を甚振いたぶる…ね、猫のソレの様な 酷薄なる進化を遂げている。

「…そんな〈愚妹道〉を極めつつある 無計画の権化たる愚妹が、何故…『旧帝』金貨を三枚と同じく旧帝白金貨を17枚も所持している」


「…!?」

アタシは、思わず お財布に伸びそうになる手を…双樹神(精神)系魔術への対抗錬気以上の集中的自制で、辛うじて押し止める。


「………な、何言ってるの…姉さん。あはは。…へ、ヘソクリだよ? そう…ヘソクリ!? 母さんの! す、スゴいよね?…あんな処に、炊事場の天窓の処なんて…」


「………ふ。語るに落ちたな。…母上がこんな大金持っているはずが無いのは元より…勝手に財布の中身を確認された 愚妹たる貴様が、その分不相応な牛乳を震わせて怒り狂わんなどあり得んわ!!」


「…うぎ、ぎ……ま、まあ とにかく…このお金は 長姉にして、家長の姉さんに返しておくわよ、勿論。…怒りに胸は、あんまし関係無いと思わなくもないけどさ…」

…そう、ブー垂れながらも…少しホッとしたアタシは 自制を解き、お財布に手を伸ばそうとするが…。


「……要らん、そんな金は。…愚妹が持っているが良い」

「……へ?! あ…イヤ、イヤいやイヤ!?」

正直、自他共に認められる女勇者のアタシにとって冗談事ではない…。

…亡き母への香典とは言え、あくまで姉の実父が置いてった お金なんか使えない。


「…その財布の状態からして、貴様…金と白金に全く手を付けておらぬ様だが、いと憐れな自称女勇者殿に、この際 言っておくぞ…」

「……ぐ。………な、何よ?」


「…皇国を嘗めるな。…他の大陸や一部の旅上手なら ともかく…『西大陸』の、それも『皇国内』を旅する者が、石化、毒や麻痺用の治癒備品を揃えておらんなど あり得ん事実だ…況してや愚妹とは言え、唯一の家族である貴様が…」

「…う!?……で、でも高いしさ、今は…」


「だから、その金で買えと言っている。幾ら皇国があらかた買い占めているとは言え、それだけ有れば…どうせ、胸にしか滋養は行かんだろうが、まあ 貴様の好きな『豆』を たらふく買い込んでも充分、お釣りが来るだろう」

「……で、でも…パーティーの共有金額持ち寄りは、多い方が良いでしょ?!」


「愚妹よ。貴様、本当に胸ばかり栄養過多なのか?」

「…うく、ぅ。…な、何よ?」


「……病勝ちな母上と、日々 肥大化するばかりの愚妹の乳を…養って来たのは、誰だ?」

「………………………あ。」

……そ、そうだった。

アタシ…つい一年前まで『食えない冒険業者』だった…って、乳 言うな。


「はああああ。…とにかく〈黒き王〉たる我に、そんな金など要らん。…豆購入にするなり、貧乳にする為の外科治療費にするなり…好きに使えば良い」

心底、呆れた様な 疲れた様な溜息を吐きながら、一腐ひとくさり 嫌味を述べる姉。


「な?!……多少 大きくなったからって…ワザワザお金出してまで、小さくする訳ないでしょ!?」

「まあ、何だ。…愚妹たる貴様が、気に病む様な事じゃ…ない♪」

そう言って姉は、アタシのお尻を叩いて…。


べチン!

「……あ、痛!…ちょ、痛つつ…」



「さて。アチラも…我と〈ロク〉の関係と、大して事情は変わらぬ様だ…」

姉は、再び…虫女の頭を撫でながら、ゴータミィの側に 立ち尽くしているミナコの方を右目だけで追いながら…そう、呟いたのだった。

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