第三章⑫ 楯 の献身と〈解放者〉。



…虫女は。



両腕の、巨大な蟹鋏を 無くし…。


…やはり無傷の、病的なまでに白い腕を晒し、構えも取らずに 姉の前に突っ立っている。



「………コイツって、何なの?」

激しい動悸を伴う困惑がアタシの全身を微かに震わせる。


……アタシは、見ていた。


姉が 狙撃する寸前…。


… 20数本もの細身の長槍が、ゴータミィの上半身各所を隈無く貫き通した。

多分、アタシの知らない形態に…ミナコが変化させた〈金剛杵〉だと…これは何となく、直感出来た…。


…直前に、何か叫んでたし。



でも…。

…アタシの目に 焼き付いている、信じられない あの光景…。


「………………………」

…それを思い出しながら、姉の狙撃で吹っ飛ばされたゴータミィを 側で見下ろすミナコの元へと歩き出した。


釣られた様に、姉達も向かい始める。


「………!?…」

先程まで、ゴータミィが立っていた場所には…バツ印の形で 蟹鋏が…虫女の、巨大化されたままの手甲が 深々と突き刺さっていた…。


そうだ…。

…あの時 見た事は、やっぱり現実なんだ。


そこに突き立つ、鈍く密かに佇むつがいの蟹鋏は…深く地に縫い留めていた、やはりテラテラと 蠢き輝る番の…。


…ゴータミィの両脛りょうずねを。




あの時…。


…ミナコが ゴータミィの上体を攻撃した際、ゴータミィは それに気付いていた様に思う…対応する素振りがあった。

でも 既に…虫女が、あの間合いを…ほぼ ゼロにしてしまっていて…。


…その時点で、虫女は。

ゴータミィの両足を、例の蟹鋏で いつの間にか封じてもいて…。

そして、恐るべきは…更に そこから 相手の股関節辺りに数度、素手…蛇の様な手型しゅけいの 不思議な貫手ぬきてを見舞い…………消えた。


そして、姿が 掻き消えると同時に ミナコの針鼠(仮)攻撃が決まり…その直後の 姉の狙撃によって、哀れ ゴータミィは、膝下のみを この場に残し…残りの上体は 激烈な衝撃を逃がせずに吹っ飛んでいったのだった。



「………ふう。…」

何か…思わず漏れ出てしまう溜息。


そんなアタシに…。

「…何度も言わせるな、愚妹よ」

少しイラ付いた様子の姉からの警告。


「…へ?…何?…」

「……戦闘中に 呆けるな、と言っている」

「…う、ぎぎ…」

いつもの厨二ポーズのまま…心底、皮肉な物言いをされると、コチラの怒りもいつもの七割増しになるのは 何故だろう?


そんな中…。

…手甲を取りに…例の〈脛〉に近付いた虫女は そこで両膝を着き、突き立った蟹鋏に腕を通した途端…。


「………な?!」



白い髪を ちょっと、艶かしい感じで掻き上げ…。


…美味しそうに。


犬食い………の、スタイルで…。



…〈ゴータミィの両脛〉を。


『昆虫のアゴ』みたいな口許の装甲を開放して…『喰らい』始めた…。


「……………姉さん…コレ、は…?…」

「む?…ああ、ふ。『天魔喰てんまはみの儀』だな」


「…『天魔喰』って…じゃ、じゃあ…ゴータミィって、黒服みたいに 偽神転生…〈偽性天ドッペルゲンガー〉化してたって訳?!」

「ふ。まあ、我の感触から言えば…ふむ。『喰らい過ぎ』…かな?…」


「………………………………は?…って、んう~~~♪…食中りかな?!」

今度は、アタシが○畑任○郎的なポーズで 姉に反撃である。


「……う。いや…だ、だからだな?…仮にも〈旧帝国〉の超技術で造られた〈対『災厄』用人造体〉には独自の永久機関が有り『摂食不要』なのだ…」

「………ふぅむ。ふむふむ…」


「……ううぅ…し、しかし、製造から5000年以上、こ奴は『世界災厄』の素となる多くの〈天魔種スライム〉を『喰らって来た』のだろう…」

「……………………ほ、ほほほおぉ…う。…んで?…」


「…………………言え、愚妹。我はこれでも世に名立たる〈西方大陸セプテンシア大学校〉の特任教導官として 教鞭を執る身だ。それも院生相手にだ…我にも教師の矜恃というモノがあるのだ。…さあ。……何処が分からん?…」

「……………ぜ、全…」


「『全部 分りません。済みません、胸ばかり大きくなって…その上、愚妹で 更にスミマセン!?』とかは許さんぞ?!」

「……え、いや…その……い、今は、胸とか関係無いんじゃ?……あと、愚妹言うな!」


「いつでも、何処でも〈愚妹道〉全開だな、愚妹よ?…で、何処が 腑に落ちぬ?」

「…んじゃ聞くけど。……何で『食べる』のよ?」


「……ほお。」

…ムカ。…何か、鼻で嗤われたし…。

「………『食べ物』じゃ無いなら、ワザワザ危険を冒して倒してから…『摂食して体内に入れる』必要ないじゃない?」


姉は…例の〈脛〉を食べ終わり、黄金こがね色の遺骸のみとなった物体を…。

…口型の装甲部に咥え、まるで…犬の様な四つん這いのまま 駆けて来た虫女から、受け取り…煌めくソレを見詰める。


「………………まあ、そうだな…」

そう 呟く様に返答する姉を…いつに無く不思議そうに、虫女は 見つめ返している。


「…愚妹よ」

多分、姉は…何かに 堪えられ無かったのだろう…。

…虫女から、急にアタシに視線を移した。


「……何よ?」


「………お前も見たから分かるだろうが…〈ロク〉の様な、従順かつ単独でも十分に〈降魔〉の任を遂行し得る 強力無比な個体に…」


「………………」



「…我の如き 冷酷な主人あるじを〈獄卒〉として、絶えず『二名一組ツーマンセル』の〈義務〉が課せられているのは…我が…」

その賢しきを、自他共に認められる姉…。


…そんな彼女の 探す様な、噛み締める様な独白を…アタシは 初めて聞いた。

「………………………」


ただ、黙って聞き続けるアタシから 目を逸らないまま…。

…姉は、虫女の頭を撫でながら…。


「……唯一…我が。…〈解放者〉だからだ」



今の 姉の有り様は…その何かを、覚悟した結果の未来なのだと…。

…そう アタシは、自らに言い聞かせた。

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